(堀宮)堀→宮石←吉



「堀さん、別れてほしい」

耳の奥に心臓があるみたいにどくんどくんと聞こえ、宮村の言葉を理解する隙も無くうんと頷いた。その時の宮村の顔が忘れられない。夢に出て来る程に網膜に焼き付いて離れないのだ。

「おはよう」

翌朝、あれは夢なんじゃないかと期待を持ちながら学校につけば吉川が朝鏡で見た私の顔にそっくりな顔で登校してきた。ぱちん、と目が覚める音がする。昨日の事は夢じゃない、彼とは別れてしまった。吉川も同じだ。私を見て笑顔を崩す。

「…おはよう」

何とか笑顔を作って答えると吉川は鞄を机に置いて消えた。私もそうした。屋上に行こうと思った。別に飛び降り自殺をしたいとかそんな理由は無い。ただ、存分に泣ける場所だと思った。階段を一気に駆け上がると息が苦しくなった。

「……ユキ…?」

彼女がいる事を予想していなかった訳では無い。居たら居たで良いと思っていた。ただ彼女が居たのは屋上の扉の前だった。泣いている訳では無く、呆然と屋上の扉の間から屋上を見ていた。四分の一程しか開いていない扉を私も覗く。

「石川くん、好きだよ」

彼を見付けた。愛おしそうに笑い、私も聞いた事が無い甘ったるい声で愛を囁いていた。彼の目の前に居る親友に。

「好きだ、大好きなんだ、本当に」

彼は、宮村は石川の手を掬い取ってその手のこうにキスを落とす。その行為に石川は一歩後ずさる。私からは見えない石川の顔に何故か焦りに似た心を感じる。

「愛してるよ」

宮村の本心から言っている言葉を浴びて石川はギリッと手に爪を立てていた。それに気付いた宮村はその手も掬い取る。幸せそうな顔で、石川の手にキスする。思わず吉川に目隠しした。堪えられないと思った。手におさまらず、腕に肘にとキスをする宮村に石川はびくっと一々肩を震わせて耳を赤く染めた。まるで、いやまるでじゃない、恋人同士だ。
予鈴のチャイムが鳴る。その音を聞いた宮村は最後に石川の首に手を這わせ、恐らく唇にキスをした。

「また後でね」

スルリと石川を離した宮村はこちらに向かって来る。吉川の腕を引っ張り掃除用具入れの影に隠れた。宮村の足音が遠くなった所で吉川が私の腕を弱く引っ張った。

「宮村と、話しあるから」

急ぎ足で階段を乱暴に降りる音を止めず、閉じられた屋上の扉に手を掛けた。風のせいで開きにくくなっている扉を蹴り開け、今だそこに居た石川を見た。

「堀、か」

居た事を知っていたのか、別段慌てた風でも無く振り返る石川の耳はまだ赤かった。

「風強いからスカートめくれるぞ」
「ごめん、見てた」
「…うん」

だよな、と首の後ろをかく石川に近付く。ばさばさと服が風で揺れる。石川も私に近付く。

「昨日宮村と別れたの」
「知ってる」
「吉川と別れたのね」
「ああ」
「宮村の事、好きなの」

狡い、と思った。彼女をふってまで宮村に愛されている石川に、私の聞き方に、居ると分かっていながら愛を囁いた宮村に。

「好きなの」
「……。ずっと前から、多分お前らが付き合う前から」
「…宮村もよ。石川が…、私が恋愛感情と自覚する前から」
「うん」

ぼたぼたと涙が溢れてきた。堪らず下を見た。きっと石川は宮村の好きと愛全てに俺もだと答えているのだろう。涙を拭いながら石川を見れば石川も泣いていた。私みたいにぼたぼたと涙を流して泣いていた。不覚にも綺麗だと思ってしまった。

「ねぇ、宮村の事好きなの?」
「……」
「言って、石川から聞けば諦められる気がするから」

嘘だった。諦め切れる訳が無い。きっと聞いてしまったら私は石川を八つ当たりの的にし、嫉妬で心を焼くのだろう。だけど、分かっていても石川はきっと言うのだ。優しいから、私の燻っている気持ちを発散させるために。なんて優しい残酷。
石川は意を決した様に口を開いて、涙を流しながら綺麗に笑う。

「ああ、愛してるよ」

勝てる気が到底しなかった。
でもきっとあの宮村の安心した様な幸せな様な困った様な苦しそうな顔を見たときから石川には勝てないと分かっていた。






何故と歎く女神






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堀さんと吉川さんがかわいそうな話
宮村くんは一発殴られてくるんでしょうね
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