ミリオンハートをわたしにください


※現パロ、社会人


わたしはしがないOLだ。会社でもぱっとしない存在で、毎日なんとなく仕事して、満員電車に揉まれて帰宅する日々を送っていた。任せてもらえる仕事だってそんなに責任のないものばっかりで、まあ、別にバリキャリになりたいわけじゃないから全然いいんだけど、とにかく平凡で何の変哲もない毎日だ、ということ。

昔から、何をやっても"普通"だった。勉強も、運動も、友達付き合いも、恋愛も、ファッションだって。可もなく不可もなく、という言葉が、こんなにもすべてにおいて似合う人間なんてわたしくらいだと、悲しくも心底そう思う。全部なんとなくで、全部本気にはなれなかった。ちなみにお約束のように、本気出せばもっとやれるし、とは常々思っていた。それ言うひとは、結局本気出さないんだけどね。

ただ、聞いてほしいのはここからなんですけど、今のわたしには本気になれるものがある。うーん、ものというか、人?


「ただいまー、急に雨に降られてたいへ「…………っっぜんいつくん!!!!!!!!!!」」


そう、人。世間一般で言う"彼氏"という存在なんだけど、わたしはその、彼氏の、我妻善逸くんのことが、好きで好きで好きで好きで…感覚的には毎日命を落としていて、心臓が100億個あっても足りない。今、大きな叫び声とともにわたしはまた絶命してしまった。なんでだと思う?善逸くんがびしょ濡れで帰ってきたの!ヤダ、外雨降ってたの!?迎えにいってあげればよかった!でもでも、雨に濡れた金色の髪がぺっとりとおでこに張り付いてセクシーだし、Yシャツがほんのり透けていてやっぱりセクシーだし、長い睫毛には雨粒が乗っていて………えええええ、セクシーすぎない!?そんな姿で外歩いてたの!?格好よすぎて、すれ違った通行人が50人くらいは失神したのでは…

「おい、声に出てる」
「はっ!善逸くん、おかえり!今タオル持ってくるから!!」

呆れかえったようなその顔すら大好きすぎて、ぎゅっと胸が締め付けられて苦い顔をしてしまった。脱衣所に走ってバスタオルを手渡すと、靴を脱いでリビングへと移動しながらわしわしと濡れた髪を拭う善逸くん。骨張った大きい手もさ、格好いいな…

わたしは甲斐甲斐しい奥さんのように、善逸くんのバッグを受け取って、我ながらだらしない笑みを浮かべながらキッチンへと舞い戻る。今日は早めに仕事が終わったので、平日だけどちょっと気合いを入れて夕飯を作ってみていた。善逸くんは本当にやさしいからね、わたしが何を作っても美味しいって食べてくれるの。ただ、わたしがそのたび嬉しさのあまり声にならない悲鳴を上げるもんだから、毎回呆れたような顔もさせてしまうんだけどね。あの、呆れた顔、正直好きなんだよね。

「なんか、いいにおい」
「うん…! 今日はね、はやめに仕事が終わったから…鮭のムニエルとやらを…」
「まーたおしゃれなやつに手出したのねぇ」
「お、おしゃれ!?そうかな!?うふふ…」
「…大体なんでも美味しいからさ、別になんだっていいんだけどね、俺は」

そう言って善逸くんはカウンターキッチン越しにわたしの頭を撫でた。まるで飼い主が、待てをできた犬を褒めるときみたいに、こう、わしゃわしゃと。ああ!もう!そういうことさらっとやるの、善逸くんの悪いくせ!いや、悪くない、悪くないよ、大好きなんだ。大好きなんだけど、料理してるのにコンロじゃなくわたしが燃えてしまう!!!!

「…また心の声、声になってるよ」
「え…あ、あ、だ、だって善逸くんがあ、わたしを殺しにかかって…」
「縁起でもないこと言うなバカ」
「はあ…っ…バカって言われるのもだいすき…」

おたまを持って恍惚とするわたしを、また呆れ返った善逸くんの琥珀色の瞳が見つめている。ツンデレなんだから。


善逸くんは、会社の取引先の人だった。わたしは先述の通り、本当にしがないOLなので、お茶出しをしていただけなんだけど、彼はうちの会社に来るたびにわたしに話しかけてくれて。始めはなんでこんな地味なわたしなんかに?物好きな人だなあとしか思っていなかったのだけど、そのうち、善逸くんと話すのが楽しみになってしまって、彼が来るとわかっている日はちょっとだけおしゃれをするようになった。そのたび、彼は些細な変化にも気づいてくれて、わたしはそれが嬉しくて、いつしか自然と身なりに気を遣うようになっていって。本当かどうか知らないが、社内でちょっとした噂も立っていたらしい。自分で言うのはすごくアレなんだけど、最近かわいくなった、みたいなやつ。

でもわたしのおしゃれはすべて善逸くんのためだったので、そんな噂はどうでもよかったというのが本音。なんだか飲み会とかに誘われることも多くなっていたけど、全部鬱陶しいな、と思っていた。

好きだと伝えてくれたのは、彼だった。善逸くんが会社に来る回数が減っていって、とうとうもう来る必要がなくなるよ、というときに、ご飯でもどう?って誘ってくれたんだよねえ。それだけでわたしは天にも昇る心地だったのに、その日に告白されてしまって、比喩とかじゃなくてひっくり返ってしまったよねえ!!

「ぜんいつくん」
「鮭、おいしいね、ん、なに?」
「んふふ、ありがとう!!あのねえ、ずっと聞きたかったんだけど、なんで出会ったときからわたしにたくさん話しかけてくれたの?」

付き合って、まだ1年ほど。一緒に住んでいるわけではなくて、お互い一人暮らしだから半同棲状態。ずっと聞きたかったけど、聞けていなかったことを、出来上がったムニエルを頬張りながらなんとなく聞いてみた。善逸くんの食べてる姿も大好きなんだよなあ。一口がおっきいからほっぺがまんまるに膨らんでね!かわいいの!

「んー…お前はね」
「うんうん、今日もおめめがまんまるだね」
「なんか、人生つまんねえなーって音がめちゃくちゃ聞こえて」
「あらら、…唇もぷるぷるでいいなあ、リップとか使ってるの!?」
「なんとなく、俺が話しかけたら笑ってくれないかなって」
「え!やさしい!!わたしぜんいつくんの鎖骨も大好き!!!!」
「黙って聞きなさいよ」

わたしがあまりにうるさいもんだから、両頬を片手でぶにっと挟まれてしまった。わあ、突然のスキンシップ、どきどきしちゃうな…

「最初は本当にただの興味本位というか、そんな感じだったんだけど」
「…」
「…急に黙るのね」
「…!!」
「…だけど、なんか、行くたびにどんどんかわいくなっていくから」
「…!!!!」
「それに音も、ちょっとずつ変わっていって、俺が行くと嬉しい音させてて」
「………!!??」
「…たまたまさ、会話が耳に入ったの。なまえの会社の人が、お前を可愛いって言ってるやつ」
「えっ!!」
「それ聞いたらなんかさあ…かわいくしたの俺だぞ、って思って」
「あ!!!!無理無理!!それは反則だよ善逸くん!!」
「なんだよ、聞いたのなまえだろ」

善逸くんはちょっと照れていた。白米をもぐもぐと頬張りながら、気まずそうに目を泳がせて。赤い顔も耳もかわいいよ…

それにしても、善逸くんの言葉が嬉しすぎて、照れくさすぎて、わたしは今またきっと天へ召されてしまった。わたしとしては、生まれて初めてこんなに人を好きになれて、しかもなんだかかわいく?も、ちょっと、なれちゃって、善逸くんと出会わなかったらと思うとこわくてこわくて震えちゃうくらいなのに。もう、幸せすぎるからね、いつ死んでもいいって、わりと本気で毎日思ってる。

「なんかうれしすぎてだめだ!そんな裏話があったなんてさ!わたし、明日くらいにはしんじゃうのかもしれないよね!」
「前から言ってるけど、死ぬとか容易く言うのやめろって」
「じょ、冗談だよお…わたしそのくらい幸せなんだよ、善逸くん」
「…わかってるけど。本当に死なれたら俺が困るの」
「ねえ!!そういうところだからね!?」

噴火しそうな勢いで椅子から立ち上がり抗議するわたしの手首を、呆れた顔をした善逸くんが掴んだ。突然のことに驚いて、ひっくり返った声を上げてしまう。そんなわたしに「落ち着け」と声をかけた善逸くんは、なぜだか彼のほうが落ち着きを求めるようにして、大きく深呼吸していた。箸を箸置きに預けると、琥珀色の瞳は真剣な眼差しで、わたしのことをまじろぎもせずに見つめる。それだけで肩を縮こめてしまったのだけれど、「なまえ」と名前を呼ばれて、さらにびくりと震えてしまった。

え、し、心臓が口からまろび出てしまう!!

「…多分また噴火させちゃうと思うんだけど」
「ハ、ハイ!?え、な、なんでしょうか…」

思わずわたしも箸を手放して、ごくりと生唾を呑む。

「そろそろさ、…一緒に、住むっていうのはどう」
「え…」
「いや、半同棲だといろいろ面倒でしょ?服とか、日用品とか…なまえにいつも来てもらうのも申し訳ないし、そろそろ付き合って1年経つし」
「………」
「…将来のこととか考えてもさ、そろそろいいと思うんだよな」
「………」
「…泣いてんの?」

泣くよ!泣くでしょう!そりゃあ!!!!

善逸くんのその言葉をきっかけに、わたしは大きな声を上げて赤子のようにわんわん泣いた。だって、こんなしあわせは本当にあるのかというくらいに、とてつもなく嬉しかった。なんでもなくてちっぽけな人間だったわたしをここまで成長させてくれて、それだけじゃなくて好きだと言ってくれて、将来のことまで考えてくれるの?やっぱり善逸くんは神か何かなのだろうか。わたしは彼に導かれて、毎日天国へ連れて行かれる運命なのだろうか。善逸くんに連れられて死ねるならば本望でしかない!

神様、ありがとう、ありがとう…



*



「…はあ…うれしすぎて、さっきの言葉でごはん何杯でもいけちゃうな…」
「…まあ、喜んでくれるだろうとは思ったけど、あんなに泣かれるとはねえ」

涙でぐしゃぐしゃになりながら残りの食事を終えたわたしは、お風呂に入ってすっきりした気持ちで善逸くんとテレビを見ていた。善逸くんの膝の間に座って、うしろから抱きしめてもらいながら。善逸くんもお風呂に入ったから、石鹸のいいにおいがして、あったかくて。ああ、幸せで、溶けちゃいそうだな。溶けちゃいそうなのにさ、一緒に住んだら、あわよくば毎日こういうことできるんでしょ? うーん…やっぱりわたし…

「また死んでもいいとか思ってるだろ」
「あ!え!な、なんで…」
「ばか。心音が異常なんだよ。こんなのこれから毎日するのに」
「う!! …ま、毎日、してくれるの?」
「…言っとくけどなあ。こうするのが好きなの、お前だけじゃないからな」
「…ちょ、ぜ、ぜんいつくん」
「なまえのに、いつもかき消されちゃうけど」

お腹にまわされた善逸くんの手に、ぎゅっと力が入る。わたしはこんなにいつもぎゃあぎゃあ騒ぐくせに、こういう本気の甘い空気、みたいなのがとっても恥ずかしくて、嬉しくて幸せなのに逃げ腰になってしまう。彼はそれをわかっているので、突然静かになるわたしに、ほんのちょっと嬉しそうな声音で言った。

「俺だってなまえのこと大好きなんだよ」

ほっぺに柔らかい感触と、ちゅ、という小さなリップ音。

頭のてっぺんから湯気を出して顔を真っ赤にするわたしを、見えないけど善逸くんはきっとにやにやしながら見てる。うう!恥ずかしい!恥ずかしくて死ぬ…!善逸くんのことを褒めて褒めて褒めちぎることはなんの恥じらいもためらいもなくできるのに…!!

何も言えずにいると、耳のすぐうしろで「こっち向いて」という声がする。わあ、どうしよう。今わたしの顔は、熟れた林檎よりも真っ赤だと思う。こんなことで真っ赤になるなんて初心すぎてまた呆れられちゃうかもしれない、いや、その、善逸くんの呆れ顔は大好きなんだけどね!?
自問自答を繰り広げながら体の向きを変えて善逸くんと向かい合うと、びっくりするほどに穏やかでやさしい顔をしていた。

「ね、わかった?俺もなまえのこと大好きなの」
「…う、あ、は、はい」
「…ほんとかわいいね、こうすると静かになるの」
「あ、も、もうやめて善逸くん」
「やだ。かわいい」
「……っ…やっぱりだめしんじゃう!!!!!!」

善逸くんの手が、腰あたりをさわさわし始める。死ぬとか言うなって言われたけど、むりだよ、こんなの。あー、…えっと、死……蒸発しちゃうよ。ばかみたいなことしか考えられないわたしをよそに、彼の手はどんどん上へとのぼっていく。相変わらずやさしくて、当然、ものすごく格好いい顔をした善逸くんは、そのぷるぷるの唇をわたしのそれに重ねて、また「好きだよ」と言った。至近距離で見つめ合って、もう一度唇を重ねて、啄むようにキスをしてくれて。くすぐったくて、幸せで、恥ずかしいけどそれだけでもうとっても気持ちよくて、わたしがわたしでなくなるみたいだ、と思った。

でも、本当にその通りで、わたしは善逸くんと出会ってから、わたしじゃなくなった。もちろん、とびきりいい意味で。唇に感じる彼の熱が、彼の全部がわたしを変えてくれたんだと思うと、じわっとあったかいものが胸の中で広がって、キスをしながらまた泣いてしまった。

「…どした?やだ?」
「やっ…じゃない……ぜんいつくんが、すきすぎるので…」
「なにもう煽りすぎ」
「あ、煽!?そういうのじゃなくて!!」
「今日はそういう気分なの?なまえのえっち」
「…!!!!」

声にしたかった「殺す気か!!!!」というわたしの叫びは空気に触れることはなく、彼の咥内に呑み込まれてしまうことになる。恥ずかしいけど、善逸くんとこうするのが、わたしだってきらいなわけがない。むしろ、す、好きですし、本当に幸せだと思うんだ。

ちっぽけなわたしを、少しだけちっぽけじゃないわたしにしてくれた善逸くんに、わたしはどうしたって、何度だって、恋焦がれてしまうんだろうな。


そうしてわたしは、彼のあたたかくてやさしい手に、唇に、たくさん愛されながら、やっぱりまたときめきすぎて、何度も何度も生死の境を彷徨うことになってしまうのですが…

その話はちょっと恥ずかしいので、善逸くんとわたしだけのひみつにします。



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