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終章



 ふ、と館長が笑んだ気配がした。

『オーケイ、只今からアガット・イアは全面的に全力をもって、ユートピアの自立を支援する。さーて、ペンドラゴンの小倅』
「……何ですか」

 にやにやとした表情で固定された召喚獣は、よりその笑みを深めたように見える。小首をかしげる仕草とともに、優羽眞の方に向き直った。

『どーする心算だ』
「どうにかします。天下のアガット・イアの支援があるのでしょう? 当座は法整備ですかね、やらかした皆さんはきっちり罰させて頂きますよ。私も含め。専門家を何人かお貸し下さい」
『貸してはやるけど、やっていけんの? 法整備に限った話じゃねェけどよ。自立支援だぜ、ユートピアを植民地にはするつもりねェよ。利益がないし』
「貴女がたがやらかした国際法違反を黙っておきます」
『それだけ?』

 利益がない。というのは、端的にユートピアの現状を示した言葉でもあった。潰すことにも取り込むことにも利益はない。それを自覚していただけに優羽眞は言葉に詰まる。法的にいくら整備されようと、その後、経済的に価値がなければやっていけない。今現在のやり方では、直に潰れてしまうだろう。
 それをにやつきながら見ていた召喚獣、ひいては館長は『時に、』と声を上げた。

『この街、魔法生物の気配がねェな』
「……えぇ、ですがそれが?」
『調査は?』
「いいえ。そこまで手は」

 厳密に言えば、いない訳ではない。湧き水の中には水の精、土中にはノームの類が息づいているし、海棲系の魔法生物ならば潜れば姿をたまに見かける。ただいないと言っていいほどまでにその気配が希薄なのだ。絶対的な数が少ないのである。それに違和感を覚えつつも、開拓に伴い土地が荒れ魔法生物が減る事はままある事だし、もしかしたら磁場の関係もあるのかもしれないと、取り立てて調査する事はしなかった。

『通信できねェのも、おそらくはって所か』
「だから何なのです」
『いやァ? ところで小僧、この近海に、かなり大規模な魔法金属……おそらくミスリル魔法銀の鉱脈がありそうなんだが、詳しく知らない?』
「っ!?」

 魔法金属とは。
 そのまますなわち魔力を宿した金属の事である。魔法書の装飾や魔法補助具に使用され、希少価値が高く、その中でもミスリル魔法銀は最高級品とされ、通常の金の十倍近い値が付くこともある。ちなみにアガット・イア司書バッジにも使用されている。あのバッジ、実は結構値が張る代物なのである。

『いやーこれだけ純度高いのはじめて見たかもなァ。魔法生物もそりゃそっちに釣られるわ』
「……館長殿」
『うん?』
「採掘に成功したら優先取引させて頂きます」
『いいのか?』
「ええ。これから援助して頂きますので、きっちりご恩はお返ししますよ」

 割合に和やかな会話に思われたが、後にアガット・イア司書隊のメンバーは「狸の化かし合いをはじめて生で見た」と語った。召喚獣と優羽眞の間に冷たい風が吹く。『詳しくはまた直接な』「えぇえぇ、お会いできる時を楽しみにしています」。空気はやけに朗らかに冷えていた。

 問題は山と積まれている。ユートピアにとってもアガット・イアにとっても、特にユートピアの前には、長く険しい道が立ちふさがっていることだろう。それでも朝日は白い町並みを明るく染め上げ、起き出したヒトビトの活気が、そこかしこに満ち始める。

『ところでテメェら、事後処理済んだらちゃっちゃと戻って来いよ。何日任務延期してんだ。テメェらのデスクは書類で埋まってると思え』

 悲鳴をあげるもの、頭を抱えるもの、ひとしく太陽は照らしていく。


 これからさき、彼らが、ユートピアがどうなっていくのか。
 これは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。






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