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3章・1



 いまだ夜の闇も深く、時刻は3時の半ばを過ぎた頃。走るアガット・イアの面々は、誰一人欠けてはいないが、さすがに非戦闘班員などは疲労の色が見えかくれしている。

「あそこで少し休みましょう」

 刻雨が指さしたのは工事現場らしい幕のかかった一角だ。新しい街らしくそこかしこで未完成な街並みを見せている。ある程度は追っ手を引き離したようで、怒号は遠い。面々は刻雨の言葉に頷いた。
 幕の内側に入り込む。しんがりのアルニコが警戒しながら幕を下ろした。そのまま外の様子を見ていたアルニコが、大丈夫そうです、と声をかければ、揃ってほっと息をつく。

「……あまり状況はよくないですね」

 警戒を続けながら、アルニコは呟いた。いざという時の脱走経路を確認しつつ、刻雨が答える。

「ですね、増援がいるみたいです」
「今は統制がとれてないからなんとか撒けてますが……数にものを言わせられると辛くなりそうです」
「向こうの目的がわからない事にはどうしようもありませんよ」

 誰か適当に捕まえて吐かせますかね、となかなかに物騒な事をのたまって刻雨は肩を竦めた。実際の所それは不可能に近い。捕獲、というのは体力を使うし、反撃される危険、逃げ出されて居場所を知らされる危険、そもそも罠だという危険、そういったものがつきまとう。非戦闘員がいる今余計な事をすべきでない、というのが共通の見解だ。
 荒い息を整えてあたりを伺う。幸い通り一つ向こうを探しているようで、近くに気配はない。しかし。

「――! なにか来ます、逃げる準備を」

 束の間の休息を邪魔するように、追っ手とは反対側から騒ぎが聞こえた。刻雨の声に総員立ち上がり、音を立てないように隠れ、逃げられるよう身構える。騒ぎはどんどん近づいてきていた。いつの間にか追っ手が二手にわかれていたのだろうか。その予想が外れている事を知らせたのは、幕をからげて走り込んできた影の姿を認めた時だ。

「なっ…!? 貴方がたが、どうしてここに!」

 優羽眞だった。どうしてここに、そう言いたいのはアガット・イアの面々とて同じだ。肩で息をする彼は紳士然とした普段の態度らしからぬ舌打ちをして、あの脳筋連中め、と吐き捨てる。

「単刀直入にききます、自警団に追われていますね?」

 一行の代表であるノエルが頷く。

「はい。……優羽眞、さんも」
「ええ、アガット・イアの連中に何を話した、とね」
「……あなたは、何をご存知なんです、か?」
「運が良ければ、これから」

 不可解な言葉を返した優羽眞に不審げな目が集まる中、彼は来た方向を気にしていた。彼も追っ手はかろうじて撒いたらしいが、聞こえる怒号は近い。

「もし知っていても今はお話し出来ません。逃げるのが先決でしょう。……この通りを西に行けば、シェルターがあります。外から攻められた時のためのものでしたが、この鍵を使えば入れます」
「……失礼だが、信用できるんですか」

 ノエルが鍵を受け取る前に、ザラメが言う。優羽眞は首を逸らして憤然と答えた。

「貴方がたを害する事は本意ではありません。信用するしないは貴方がたの判断にお任せするより他ありませんが、時間はないとだけお伝えしておきましょう」

 罵声がさっきより近く、聞こえる。優羽眞は顔を上げて外に向かった。

「私が引きつけておきます、さっさとお逃げ下さい」
「っ、先生は!」

 徒紫乃の慌てた声に優羽眞が皮肉げな笑みで返す。

「貴方の師匠はそれほどやわな男ではありません。私は腐ってもこの街の住民です。万一捕まってもまだマシでしょうし、というか、捕まりません。さっさと行きなさい」

 唇を噛んだ徒紫乃に今度こそ背を向けて優羽眞は、誰からも止められないうちに幕から出て行った。最期に小さく、「……全ての先祖がえりが貴方がたに敵対しているとは、思わないで下さい」と、どこか頼りない調子で小さく言い残して、騒擾の中聞こえなくなる。
 わずか、沈黙がおりる。

「…………行きましょう」

 小さく拳を握ったノエルが、確かな様子で西を見た。





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