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2章・1





「ここに街を作りましょう。誰にも傷つけられず、誰も傷つけることのない、私達の街を」





「忙しいので、用件は手短にお願いします」

 優羽眞はそう話す間も手を止めなかった。カルテらしき書類に流暢な筆記体で書き付けながら、一瞥だけくれる。

「……では率直に。この街の住民の中に、指名手配されている方がいますね」

 それも1人や2人ではない。徒紫乃は苦々しい顔をして、優羽眞を見る。薄い笑みを崩すことなく、やはり手は止めない。徒紫乃の傍らのアルニコは無表情だった。

「よくわかりましたね。偽名を使って頂いて、希望する方には整形手術もしたのですが」
「声は、変えられないでしょう」

 事前調査で、ペンドラゴン側から受け取った資料の中に、声のデータが数人分入っていた。100パーセントとはいかないが、徒紫乃なら聞き分ける事ができる。口調までも苦々しく、徒紫乃は続けた。

「……先生、あなたのやった事は犯罪です」

 100パーセントではない。つまりかまをかけたようなものだ。優羽眞がしらを切るなら、否定するなら、証拠はない。少なくとも彼が今言った指名手配犯の逃亡幇助のような真似、否、幇助そのものは、今の時点では一切の証拠がなかった。これでは自白ではないか。しかし優羽眞は、手を止めてペンを置き、それでも微笑んでいた。

「今現在、ユートピアに、指名手配犯を捕まえなければならない、そんな法律はありません」
「……国際法があります」
「その国際法に、地図にない土地が発見され、そこに先住民がいた場合、先住民の法律を尊重する、そういう条文がありましたよね。先住民か否かの審査には最低三年かけなければならない。違いますか?」

 優羽眞は微笑みにあざけるような色を加えた。

「付け加えておけば、三年あればほとんどの方が時効ですよ――たかだかその程度の犯罪でも指名手配されるのが、先祖がえりなんですけどね。さらに言えば冤罪も数件ありますよ?」

 それは一方では事実なのだろう。指名手配の定義は国ごと、街ごとに違うが、慣例として連続大量殺人やテロ、そういった重犯罪人が対象になる。その事にはアガット・イア側だとて気付いてはいたが、犯罪者は、犯罪者だ。
 話は変わりますが、と優羽眞は、言い募ろうとした徒紫乃たちに首を傾げてみせた。

「先祖がえりが成年に達する確率、ご存知ですか?」

 それがあんまりにも唐突だったから徒紫乃は口をつぐんだ。優羽眞は語る。

「あんまり信頼の置ける統計ではありませんでしたが、それでも調査によればたったの20%だそうですよ。5人に1人です。
……私達に、先祖がえり1人に罪を償えと言うなら、まず貴方がたが、4人の先祖がえりを成人までに死なせた、いいえ、殺した罪を償うべきでしょう」 

 両手を広げて微笑みかける。徒紫乃は既視感を覚えた。そうだ、と思い出す。できの悪い生徒に呆れた時の仕草だ。

「正直に言いましょうか。ユートピア住民の少なくとも四割、何らかの犯罪歴があります。そしてもう四割は、何らかの犯罪に巻き込まれた経験を持ちます」

 貴方のご友人はどうでしょうね。優羽眞は婉然とした様子で、小さく呟いた。それが聞こえた徒紫乃は唇を噛む。アルニコは険しい顔をして、徒紫乃をちらりと気にかけた。優羽眞が講義でもしているかのような、よどみない口振りで左手をあげる。

「何をもって犯罪としますか。何をもって罰を与えますか。秩序を保つ為でしたら、まず先祖がえりを虐げる事を是とする秩序を正して下さい。抑止力の為でしたら、先祖がえりたちを、罪を犯さなければ生きていかれないほどに追い込んだ、貴方がたがまず罰されるべきだ。
貴方がたは、退治しようとした狼に仲間が食い殺されたとして、その狼を裁判所に連れて行きますか?
償うという行為は対等でこそ成り立つものです。まず私達をヒト扱いなさる所からはじめてはいかがですか? 都合の悪い時だけ常識を盾にして、獣のほうが真っ当に生きてますよ」

 人間のそれではない左手を、見せつけるように掲げた。それは肩より上にはあがらず、不自然なかたちに震えている。
 口調を厳しいものに変えて、優羽眞は腰掛けたまま詰め寄った。

「それに、今手配されている方々を引き渡して、彼等の人権が守られる保証は? 裁判官が差別主義者で、不当な判決を受けないという保証は? 刑務官ならばどうです? 先祖がえりを理由に、刑務所でリンチを受けた事例が、いくつあるかご存知ですか? 罪は罰せられるべき、大いに結構。ですがその罰が正当なものではない限り、私達は、私は、抗います」

 淡々とした語り口ではあったが、そこかしこに怒りが滲んでいて、徒紫乃は余計に何も言えなくなった。物言いたげなアルニコを制して、優羽眞を見る。彼はやはり、変わらず、微笑んでいた。

「貴方がたはご存知ですか。殴られ蹴られた時に口の中に広がる味を。他に食べるものがなく食べた虫の味を。店先から盗んで得た果物の味を。自分では、どうしようもできない事で、責められて流す涙の味を」

 優羽眞が軽く手を二回叩いた。徒紫乃はまた思い出す。これは、講義をおしまいにする時の癖だ。

「ヒトとしての尊厳だけでは飽きたらず、私達から安住の地までも奪うおつもりで?」





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