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平和の街『ユートピア』



 万聖祭を目前に控え、街は日々カラフルに染め上げられていく。吹きすさぶ寒風も、ヒトビトの熱気にかないはしない。図書館前広場では、各々仮装を済ませた司書達が和やかな空気のもと談笑していた。仮装して家を回る子ども達を見守るべく、万聖祭当日、司書達は総出で駆り出される。なぜ彼らもまた仮装するのかと言うと、子ども達に楽しんでもらえるように、というもっともらしい盾を被った、単なる館長の趣味だ。今日はその、衣装合わせの日であったのだ。

「変じゃないかな……」
「似合う似合う」
「何で10月にこんな寒々しい服を……」
「諦めて下さいよ」
「あたしのランタンどこー?」
「この年で仮装しなきゃいけない意味がわからない」
「なんで女性のスカートがあんなに長いんですか!ミニスカにして下さい!断固抗議します!」

 などと、各人が好き勝手思い思いの言葉を口にしていたから、広場はそれは酷い騒ぎであった。そんな中、誰かの小さな声がした。

「ねぇ、あれ何?」

 指さしたのは誰の手だったか。1人だった手はいつの間にか数人の手に、その場にいた全員の視線がそれに揃う。
 上空遙か彼方。空と同化するような青い色の龍が雲を裂き、西北西からアガット・イアへ、まっしぐらに宙を駆けている。小さな点に過ぎなかったそれは見る間に大きくなり、尋常ではない速度だと知れた。目のいい亜人がようやくその背にまたがる人間の影が視認できた頃、ヒトビトの間から声がした。

「あれは……リンドドレイクです!」

 声を上げたのは魔法生物を専門に研究している柚上だった。興奮してうわずった声で続ける。

「海龍リンドヴルムの亜種で、水属性魔法生物の中でも希少種中の希少種ですよ……!生存が確認されている個体は北蒼海に二匹、ペンドラゴンと桃郷、東大陸に一匹ずつ、その全てが聖霊だって噂の、とても強力な!」

 言葉にすることで現実感を得ているような柚上の様子につられて、ざわめきが大きくなる。やがて図書館の屋上に降り立った時、それは頂点に達した。




平和の街『ユートピア』篇
――序章――




「しばらくぶりだなァ、ペンドラゴンの小倅」

 リンドドレイクの背より降り立った青年――ペンドラゴン駅駅長・アラスターは、図書館の屋上にて市長であるフィズ、そして館長たる枝折に頭を下げた。

「お久しぶりです。お二人ともおかわりないようで」
「ああ。じゃあ用件、聞こうか」

 枝折が尊大とも取れる態度で首を傾げる。アラスターは懐より一枚の親書を取り出した。龍を象った紋、ペンドラゴンの封蝋が施されたそれは、いくつかの街の長の名が書き連ねてあった。それを見咎めフィズは眉根を寄せる。

「……先祖返りが、次々と行方不明になっている件、ですね」
「ええ」

 ペンドラゴン家のリンドドレイクが、アガット・イアを訪れる時すなわち、助力を求める時だ。数百年前に交わされた密約は、実際の所、ペンドラゴンとアガット・イアの長い歴史の中でも、片手で事足りる回数しか実行されてないが、よもや自分の代で出してしまうとは、とアラスターはどこか苦々しい思いで傍らに佇む龍を見上げた。そうしてフィズと枝折、双方に相対する。

「端的に申し上げます。行方不明者がいる場所がわかりました。アガット・イアの司書隊の方々にはそこの調査をお願いしたいんです」
「……司書の仕事じゃあ、ねェよなァ」

 枝折の言葉に、アラスターは途端、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 異種族の血が混じっている場合、ごくごく稀に、長い世代を経て、その性質が顕れる事がある。先天的な場合もあれば、ある程度成長してから、突然異種族の特徴が体に顕れだすこともある。詳しいメカニズムは一切不明。そんな先祖返り達が、1ヶ月ほど前から忽然と姿を消す事件が相次いでいた。1ヶ月も続き、大事にならなかったのは、ひとえに先祖返り達が差別の対象になりがちだというその一点故に過ぎない。2つ以上の姿が混ざり合ったようなその姿は、異形とも呼べる容貌に落ち着く事も多く、排斥、あるいは、崇拝の対象にもなりうる。
 だからこそ、大事になるのが遅れた。絶対数が少ないというのもある。人種のるつぼアガット・イアですら、人口の0コンマ以下いくつ小数点を数えるかわからない程度の割合だ。その幾人かは行方不明者に含まれていない。だからアガット・イアでは、上層部程度にしか知られていない話なのだ。枝折は明らかな嘲笑を頬に貼り付けた。

「今までに消えた先祖返りは一カ所に集まっていると受け取って構わないんだな?」
「……ええ」
「勝手にいなくなるならむしろ有り難かったが、一カ所に集まられて団結されたりなんぞすれば厄介だ。何せ今まで迫害してた相手だ。先祖返りは、多種族の特徴を併せ持つから優秀になりやすいしな。たしかマスターズブック所持者も何人かそうで、行方知れずなんだろう?復讐が怖ェ。で、自分のところで調査したくても、先祖返りに好感を持ってない連中が黙ってない。そこで目をつけたのが、清廉潔白差別のないアガット・イア――そんな所か」
「……館長」

 弾劾する口調の枝折に、フィズが制するように声をかけた。枝折は不愉快さを隠そうともしない。アラスターは相変わらず苦い顔だが、やがてあきらめたように首肯の頷きをひとつ返した。

「――胸糞悪ィ」

 枝折の冷たい声にアラスターが目を伏せる。

「……そこに集まっている先祖返りは、大陸全土で確認されている人数の、過半数を超えています。これからもっと増えるでしょう。脅迫や集団催眠の可能性もあります。名目は、マスターズブック所持者の保護か、視察という事でどうでしょう」
「視察……ですか?」

 どうにも不似合いだと思われる単語に、フィズが疑問を投げかける。アラスターは小さく頷いて、親書の他にもうひとつ、分厚い封筒を取り出した。枝折が目配せをし、フィズがそれを受け取る。

「詳しくはそちらに。中央大陸南東部の、絶海の孤島です。その『街』の名前は――」

 アラスターは息を吐いて目を閉じる。

「ユートピア、と言うそうです」

 そりゃァ随分皮肉が効いた名前だ、そう、枝折は嘲るように吐き捨てた。




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