スノー・ドロップ《2》

 暖かいそれを撫でて、「何で……」と思わず疑問を口にしていた。
「何でって、俺は買うもん無いからな。それに女なら冷えたら辛いだろ」
 寒い日が続いているのにマフラーも何もしていないからついでだと言う。見ている分も寒いらしい。
 でもとシンが困った顔をする。
 ジンがいる。ラグナだっている。自分だけがこんな物を貰うのは不公平ではと、気まずい気持ちになる。
「いいんだよ、ヤロー共は。それとも、タダで貰うのが気まずいならお礼のチューでもいただこうか」
 シンの白い頬を掬いケイスが顔を寄せる。何を言われたかよく解らなかったシンは反応に遅れてしまったが、代わりに横合いからラグナが目にも止まらぬ早さで殴ってきた。調子に乗るなと、鉄拳制裁。
「シン、気にすんな。貰っとけ」
「う、うん……」
 ラグナ兄弟のどつき合いは見慣れているが、人から物を貰う事に抵抗があるシンはまだ首の物に落ち着けなかった。
 けれど返そうにも気にするなと言われたりして受け取ってもらえそうにないし、しつこく言えばケイスに言われた事を本当にされそうなので、これ以上の愚図りも許されそうにない。
「兄様……」
 痛いと殴られた頬を押さえているケイスの袖を引く。「まだ何か?」と見下ろしてくる赤い目を見上げる。
「あ…、その……、兄様……ありが…と……」
 言いながら、駄目だと解っていても頭が徐々に下へと伏せてしまう。
 照れが入って少し拙さのある礼をしてしまって、余計に恥ずかしさが募る。
 やましい気持ちがこもっているものなら突っ返す事は容易だった。しかし、ふざけているがケイスに下心なんてないのは解っている。解っているから、無下には出来ない。
 損得関係無しに世話を焼いてもらうのは後ろめたさがあるが、本当は嬉しかったりする。甘え気質が強いからだ。
 その気持ちを抑えようとしても、幼い頃からの付き合いがあるケイスには見透かされている気がして、顔を合わせているのが恥ずかしくなってしまうのだ。
 上手く礼も言えない自分を恥じながら、旋毛が見えてしまう程に伏せってしまったシンの頭を、思わずケイスは撫でていた。よく言えましたと褒めているかのようで端からは気まずいが、ケイスは一片もそんな気はない。
 胸元で固く握り込まれている手が、シンの努力を伝えている。
「どういたしまして」
 シンなりの懸命なお礼に、にこりとケイスは勤受する。
「そんないい子に、プレゼント」
 言うや、夜色のロングコートのポケットから薄緑の紙を取り出す。
 福引きの補助券が、四枚。
「お前、まさかそれ貰う為に買い物行ってきたのか?」
 呆れ顔のラグナの質問におうと答える。
「一枚あったんだろ」
「だからって四枚分とか……」
「まあな。確か捨てた分は……二十枚はあった気がするからな」
「やめてくれ……」
 聞きたくないと言葉を塞ぐ。たとえ補助券一枚が五百円の買い物で貰える手頃な価格設定でも、形として知るには辛いものがある。
「ほら、シン。やってこいよ」
 補助券を押しつけられるが、それは無理とシンも押し返す。
「兄様がしてきなよ」
 ケイスの買い物で得たものなのだから、ケイスがやるのは当然の理であろう。そこまでしてもらわなくていいし、そもそも、あのガラガラを回したい訳でもない。
 押し問答のような遣り取りに不毛さが交じる。
 見ていたラグナの不安そうな目や、ジンの早くしろという催促の目にケイスの痺れも切れる。
「じゃあ一緒に回すか」
「へ? え? きゃあっ!?」
 肩を押さえられ、くるんと身体を反転させられる。踏み留まろうにも後ろから無遠慮にぐいぐいと押され、抵抗など虚しく抽選器の前にまで連れていかれる。
「おやおや。先程とはまた違った可愛い彼女さんがきましたねえ」
 先程まで福引きをしていた二人とは雰囲気が異なる二人に、係員がおやおやと下世話な笑みをもらす。
 係員にケイスは言う。
「どうよ。可愛いだろ」
「兄様っ!!」
 自慢げに見せびらかすケイスにからかうなと怒るシン。茶化されて返す言葉が選りに選ってそれかと、眉根を寄せてしまう。
 身内以外に好意的でないシンは、面識のない人間との交流を極端に嫌がる。面倒臭い奴に絡まれる前にさっさと済ませてしまえと急いた調子で抽選器の柄を握ると、その手に大きな手が重なる。
「へいへい、回すぞー」
 一緒に、とは言葉のままで、シンの手を握り込んだままぐるんぐるんと小気味良い音を立てて箱を回転させる。
 小豆を洗うような軽快な音が流れる。しかしケイスが上げ下げの折に妙なリズムをつけて回す所為か、中々玉は出てこない。
 鳴り続ける音に回しすぎではと懸念していたら、コツーンッ、と玉が転がり出た。 ずっと後ろで見ていたラグナとジンも、思わず色を確認しにくる。

 ころころと落とされた力の名残を引いて転がる色は――青みのかかった、白。

「あん? 白か」
「外れ、だね……」
 ケイスは然程興味が無さそうに言うが、シンの声は少しばかり落ち込みの色が滲んでいた。
 ラグナやジンは当たりを引き、ケイスに至っては態々買い物をしてきてまで補助券を用意してくれたのに、碌でもない結果が出てしまった。申し訳なさと寂寥感が胸を埋める。
 シンの様子が翳ってラグナが慰めの言葉をかけようとするが、咄嗟に思いつけず、困り顔で白い頭を掻く。
 ジンが残念だったなと言うと、ケイスが期待するものじゃないと返すが、それが余計に棘となってシンの心に刺さる。自分とじゃなかったら当たりが出ていたのではと、下らない妄想をしてしまう。
 罪悪感から思わず「ごめんね」と口にしそうになった時、玉を見た係員の細められていた目が見開かれる。
「こっ……、このスノーホワイトは!!」
 身を仰け反らす程の驚きを見せる係員だが、見ている側には意味が解らない。
「は? 白じゃねえの?」
「え? 白じゃね?」
「これは白ではないのか?」
「外れの白でしょ?」
 つっこむように呟かずにはいられない。
 困惑している当の二人に、係員はベルが壊れんばかりに強く打ち鳴らした。いつもよりも明らかに多めのベルの賛歌だろうが、耳が痛い程に煩いので迷惑だ。
「大当たりぃぃぃぃ!! 裏特賞!! 裏特賞が出ましたー!!」
 裏、という言葉を聞いて四人は眉をひそめる。裏と付けるくらいなのだから景品のリストには書かれていないのだが、何か良からぬものではと、係員の持ち合わす胡散臭さがそんな連想をさせてしまう。
 係員は身につけている緑のエプロンのポケットに手を差し入れる。探る手は早く、少しの時間でケイス達に差し出した。
 そっと差し出されたのは白地の封筒。ケイスがシンに受け取るよう言う。
 表は花や波の紋が節々に彩られているが、宛名は無い。裏返して見ると、右端の隅に水色と青の階調を使い、形を崩しながらも達筆な『雪』という文字が印字されていた。
 これは、と訊ねる前に係員が答える。
「それは旅館への招待券で、一組二名様です。経営理念が絡んで旅館自体が宣伝をしていないんですよ。ま、秘湯ってやつです。泊まるには予約必須で、しかも数に限りがある。な・の・で、マニア垂涎と言われる程レアなんですよ、ソレ。うちでは二枚しか扱っていません」
 封筒を手で示し、是非ともご利用くださいと係員が勧める。
 封筒を開けると、中には用紙に旅館の写真に名前と招待出来る人数、そして雪の結晶のイラストが散らされただけのシンプルなチケットが入っていた。
 だが、チケットは二枚入っていて、怪訝な顔になる。
 普通は一枚だけではと訊ねると、係員が唇に人差し指をそえ、内緒ですと告げる。
「そちらは本来分けているのですが、大サービスです。珍しいものを見させていただきましたからね」
 珍しいもの、と言われて何の事かと首を傾げる各々。自分達が双子だからという事でなら、理由としてはよく聞くので理解はするが。ただ、目の前の男はそんなものを珍しがるとは思いにくい。
 何がとラグナが訊くと、係員はラグナ兄弟とジン兄妹を見比べてにこりと笑う。
「双子と双子のカップルを見るのは初めてなんですよね」
「――違います」
 即座にラグナが否定したが遅く、ジンが満面の笑みでラグナに抱きついていた。
「ほら! やっぱり僕たちお似合いだよ兄さん!!」
「あー! あー! 聞こえなーい聞こえなーい!!」
 頬を赤らめキラキラと瞳を輝かせるジンから逃れるべく、ラグナは目を背け耳を押さえ声を張って掻き消そうとする。
 公で珍妙な事を叫び回るラグナとジンをケイスは賑やかな奴らと笑っていたが、シンは恨めしそうに彼らを睨んでいた。
 嫉妬と憤怒を孕ませた緑眼の鋭さ。けれど眉間に厳しさはない。どちらかといえば、口元が悔しそうに歪められている。
 彼女が持つ鋭利とした美しさを形作る目つきが、尖りを与えていた。典型的な、表情で誤解をさせるタイプだ。彼女の抱えるものは憎悪や嫌悪というより、憧憬と羨望に近かった。
 無言で苛立ちを険に滲ませていたら、ケイスがシンの肩を叩いた。ハッとして、引き結んでいた唇を解く。
「レアだってよ」
 少し高い位置からケイスが手元を覗き込み、ゆったりとした調子でシンに言う。
「やったじゃん。俺たちが当てたんだぜ」
 二人の手柄だ、とケイスが喜ぶ。
 言われて、手元の封筒を見つめて、息をつく。
 本来なら物が当たった方が解りやすくて嬉しかった。だから旅行なんて面倒臭いと思いかけていたが、身内に喜んでくれる人がいるなら無駄ではない。
 思わぬ形で役に立てたシンは嬉しげに目元を細める。
 そんなシンを見て、横合いから係員が言う。
「貴女もお似合いですよ」
 福引きの事など当に気が逸れていた為、係員からの突然の言葉に虚を衝かれた様子でシンは驚く。
「なっ、何がだ……」
 声をかけるなと思っても、つい訊ね返してしまったのは好奇心。
 係員は答える。
「何がって、ネックウォーマーが」
 ケイスがシンに与えた首の物を指す。
 後ろで聞いていたケイスは「当たり前だ」と胸を張っている。
「…………」
 ――イラッ、
 とシンの頭の中に灯った火は、瞬く間に手足を動かす原動力へとなっていった。
 抱きついたり抱きつかれたりと騒いでいた男共のおふざけは、突如響いた「ギョエヘー!」の悲鳴で一先ずの終わりを告げた。


《終》
 




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