スノー・ドロップ《1》


「マジ寒い。マジ冬とか滅びろよ」
「日本の美しき春夏秋冬に暴言を吐くか」
「美しいとか、んな事ぁどうでもいい。俺は快適に、優雅に、楽しく過ごせればいい」
「馬鹿か……」
 煩悩丸出しの物言いにラグナは呆れ果てる。
 弟のケイスは冬になる度文句を連ねる。一体いくつになるまでそんな事を言うつもりなのか。
 全くと溜め息をついていたら、その溜め息の意味に気付いているケイスが言葉を返す。
「兄貴なんざ夏になる度文句を吐き散らすくせになー」
 ぐさり。痛い所を突かれる。
 同じ顔の兄弟だが、ケイスは冬が苦手でラグナは夏が苦手だ。
 心当たりがありすぎて言葉に詰まるが、それでも兄の威厳を守る為言い返す言葉を探した――が、兄弟の間に立っていた細身の兄妹がラグナより先に喋り出してしまった。
「そうだね。毎年どころか毎日『暑いんだよクソが!』て喚いてるね」
「夏なんざ“見る”に限るんだよって、中々詩的な事を言ってたねー」
「テメェらー!!」
 先程のケイスと似た事を言っているのを取り上げられ、黙らせようと両脇で自分より低い位置にある頭を拘束する。
「ちょっとラグナッ、転ける、転けるから!」
 ぎりぎりと万力のように締められたり、大きな身体に重さをかけられたりでふらつく足取りに女のシンが抗議するが、その反対は全く逆だった。
「兄さん、そんな大胆な……」
 ポッと顔を赤らめ、圧迫してくる事に文句を唱えるどころかラグナに抱きつきにいく男のジン。想像とは違う反応においやめろとラグナは青褪めた。
「いいんだよ兄さん! 僕らの愛を他の奴らに見せつければいいじゃない!」
「いつ俺がお前と愛を育んだ!!?」
「なっ……! 貴様っ、それは私への当てつけか!?」
「やめーい!!」
 余計な事を言うや否や、またそれを原因に口争いを始めようとする兄妹にラグナが怒鳴る。
 わちゃわちゃと固まって騒ぐラグナ達を見ててケイスが唇を尖らせる。
「いいなあ〜。俺にも抱きしめさせろよー。寒いんだぞー」
 寒がりは自分なのに、自分を置いていちゃつくのは許せんと言う。
 くいくい、と手を胸へ引いて金髪の美男美女に飛び込んでこいよと示唆する。
「僕は兄さんがいるから」
「兄様、下心が丸見えです」
 自分に招いたのに、兄妹はラグナにぎゅっと抱きついてしまった。
「いいのかー。兄貴だって男だからー。今その瞬間も頭の中はモザイクがかかってるかも……」
「そりゃテメェだ!!」
 ふざけるなと怒鳴るが、殴りたくても兄妹に腕を塞がれているので自由な足を使って蹴ろうとする。けれどもサイドに人がいる訳なので切れなどある筈もなく、ケイスにはあっさりと躱されてしまうのだが。
 へらへらと笑う弟に追撃しようとしたが、不意に耳に届いた音に四人はつられて首を向けた。
 『ガランガラン』と街中に響く、低くもどこか耳に煩い高さを持つベルの音。
 煉瓦通りのアーケードに似合わぬ白い幕のテントに、中年層をメインに人が群がり賑やかしている。
 人で催し物は隠れていたが、ベルに続いて聞こえるざらざらした独特の音で何があるか察しはついた。
「福引きか」
 その時の偶然を競う抽選器である。買い物ついでに貰える補助券を集めて活かし、少なくはない夢と期待を背負って出される結果に一喜一憂を興ずる遊戯の一種だ。
「あのがらがら回るやつって何て言うんだろ」
「ありゃ『ガラガラ』や『ガラポン』ていうんだ。まあ、抽選器っていうのが妥当だな」
 シンの疑問にケイスが答える。
「“福引”ってのが昔は占いみたいなもんで、餅を二人で持って引っ張って千切んだ。その形で一年の良し悪しを見るんだと」
 ケイスの雑学にへえと感心する。
「じゃあ兄さん、正月は僕とお餅を引っ張ろうね。ポッキーゲームみたいに」
「いや伸びるなら熱いんじゃねえか。つうかしねえから」
 腕に抱きつくジンをそっと引き剥がしやんわりと断りを入れる。
 占いなどに一切合切の興味が無いラグナはそもそもどう千切れたら運が良いか悪いか解りはしない。それで運を試すなら、コンビニで貰う割り箸が綺麗に割れるかで試せばいいと思う。
「景品は何があるんだろ?」
 シンはじっと目を凝らして垂れ幕に貼られているリストを見ようとして、代わりにケイスが目を細める。
「一等、ドラム式洗濯乾燥機。二等、ロボット掃除機。三等、セラミックヒーター。四等、加湿器又は空気清浄機。五等、蟹5kg。特賞は42型ハイビジョンテレビか」
「へえ。張り切ってんじゃねえか」
 商店街の催し物なのにと言うが、ラグナ達が住む街は交通の便は盛んで、駅を中心に私立の学校が程好く集まっている。
 バスにも電車にも困らない地域に加え、アーケードから離れた土地には景観地区もあって人が観光にやって来たりする。
 ラグナ達からすれば観光に来るほどのものかと思っているが、無いものが珍しい、羨ましいという人達には眩しく映るようだ。
 そんな都合が重なって、学校と観光の出入り口となっているアーケードは人に困る事がない。尤も、そのアーケードに残ろうとするにも、経営側なりに幾多の工夫と苦労が要る訳だが。
 当たりらしい当たりは聞こえず、残念そうに項垂れる客に次こそはと励ましの言葉を送る係員達をぼんやりと眺めていたら、ラグナが思い出した様子でジャケットのポケットをまさぐり出す。
「そういやあ、補助券らしいのがあった気が……。お、あった。六枚」
 財布から薄緑色の補助券を取り出してジン達に見せる。見覚えのある紙にああと気付いて二人も同様に財布を確認した。
「僕は二枚」
「私、三枚」
「全部捨てた」
「オイ……」
 一番買い物をする男がどうしてそう勿体無い事をすると眼差しで責める。ケイスからすれば、レシートを捨てるついでなだけだが。
「一回五枚だから、二回だな」
 列に加わり、誰がやるかと確認すると、率先してシンとケイスが辞退した。抽選は残ったラグナとジンでやる事になる。
「お前やんなくていいのか?」
「いいよ、興味無いし。それよりも良いの引いてよラグナ」
「当たってくれんなら三等がいいな〜。家にあんの古いからよう」
「じゃあ僕が三等を当てて兄さんにプレゼントするよ!」
「お、おう……。任せるわ」
 ラグナの役に立とうと息巻くジンに期待してるわと苦笑しつつ、嬉しい事を言ってくれると思わず頭を撫でる。
 子供のように撫でられたジンは怒るどころかにこにこと笑ってうんと喜ぶ。
 男子高校生にするような事ではないが、幼少からずっとやってきた癖もあってラグナもついついと撫でてしまう。触り心地の好い髪質の所為かもしれないと、柄にもなく思う。
 そうこうしていたら順番がきて、やたら糸目の係員に「お待たせしました」と歓迎され、持っていた補助券を渡す。
「はい、二回ですね」
 手早く枚数を確かめるとどうぞとラグナ達に抽選器を指し示す。
「ラグナ頑張って!」
 シンから声援を送られるが、どう頑張ろうと回す以外の労力はないのだがとラグナは苦笑いを浮かべる。
 何となく参加した筈のイベントだったが、ジッと見つめてくる翡翠の双眸の期待に、自分の運の程を確かめられているようで、急に気恥ずかしさが込み上げてくる。
 さっさとこんな児戯を済ませてしまおうと、柄を乱暴に回す。
 ガラガラとたくさんの玉が中で転がり弾き合って、ゆっくりとその姿を現す。

 “ころん”

 受け取り皿役の銀のトレイに吐き出された色は、赤。
「ビンゴォッ! 三等のセラミックヒーターです! おめでとうございまーす!」
 係員はベルをがらんがらんと打ち鳴らし当たりを出した客に歓声を贈る。通行人や見ていた客もおおと沸く。
 だが、当てたラグナはというと、これ以上無い気まずさに冷や汗を流していた。
「いや……その……これは……」
 油の切れた機械のように固い動きで後ろを振り返ると、ジンが唇をきゅうっと噛んでいた。眉根も不満げに寄っている。
 あれだけラグナの為にと言っていただけあって、その本人が当ててしまえばフォローのしようがない。
「ラグナ酷い……」
 あんなに応援していたシンが空気読めよと言わんばかりに冷たい視線と声を投げる。ジンとそっくりなだけあって、ジンの心の顔にも見えてやめてくれと懇願する。
「ち、ちがっ! そんな気はないんだジン!」
 何とか言葉を紡ごうとするが、ラグナの言葉を塞いでいいもんとジンは叫んだ。
「もっと良いの当てるよ! そうだ、一等! 一等当てて花嫁道具として持っていくもん!!」
「要らねえから! つうか花嫁道具とか言ってる事おかしいぞ!」
 子供のように駄々をこねる様だが、その実、ジンが口にしている事は常識を逸していて落ち着けと肩を押さえる。
 騒ぐはた迷惑な客を係員が他人事の笑みで言う。
「カワイイ彼女さんですね」
「男だ!」
「知ってます」
「ぶん殴るぞ!!」
 身内でない人間に勢いで暴力発言をしてしまったが、少しも怯む気配のない係員はにこにこと裏の見えぬ笑みを作っている。
 絡んでくる輩がどれも面倒臭いと顔を顰めていたら、ラグナの剣幕などものともせずどうぞと二回目をジンに促される。
「見ててよ兄さん!」
 ラグナへの思いを胸に、ジンは気合いを込めて抽選器の柄をがっしりと掴む。
 勢い余って矢印の方向とは反対に動いてしまったが、気を取り直して矢印に従って勢いよく回す。
 ガラガラガラッ!
 ジンの気迫に見合った力強さで抽選器が唸りを上げる。
 カツン、とトレイを叩いた色は――青。
「またまたビンゴォッ! 五等の蟹でーす!」
 これはめでたいとラグナとジンに聞かせるようベルを打ち鳴らす係員。
 連続で出た当たりに呆けていたが、ベルの音に頭を打たれたように我に返ったラグナが柄を握ったままのジンに声をかける。
「やったじゃねえかジン!! 蟹だってよ蟹!!」
「あ……うん、そうだね……ヨカッタネー」
「全然嬉しそうじゃねえっ!!」
 ラグナと目を合わせず、地面のどこを見てるかも解らない視線の彷徨具合が凄まじい。最後の「良かったね」が明らかに片言で微塵の感情も込められていないジンに喫驚する。
「蟹だぜ! 煮ても焼いても美味いぜ!!」
「いや、だって僕……蟹、好きじゃないし」
「触ると手に臭い移るしね」
 嫌だな、嫌だねと、肩を竦め、あまり浮かない顔して好き勝手に言う金髪の兄妹。ここまで浮かない態度をよくこの場で出来るものだなと、ラグナの口の端が引き攣る。周りには当たりに辿り着けなかった人達もいただろうにと、肩身が狭い。
「殻から実を出すのも面倒いしな」
「テメェもか!! て、あん……?」
 後ろからかけられた自分の弟の声にラグナは振り向いたが、よくよく考えたら久しぶりに声を聞いた気がするのはなぜだろうと首を捻る。
 そういえば、自分が回していた時からずっと静かだったような――。
 そのヒントとして、ケイスの手に提がる買い物袋があった。
「お前、どこ行ってたんだ?」
「適当に買いもん」
 見せびらかすよう袋を掲げると、中で質量のある物がぶつかる音がした。
 袋口へ手を突っ込み、ラグナに温かい缶コーヒーを渡す。ラグナがそれに礼を言うと、ケイスはジンにもコーヒーを、シンにはストレートティーの小さいペットボトルを差し出す。
 ジンも短く礼を言ってコーヒーを受け取る。しかし、シンは目を丸く見開き、差し出されるペットボトルとケイスの顔を何度も交互に見返した。
 中々受け取らないシンにほれとペットボトルを押しつけると、ようやく、躊躇いがちにだが手を伸ばす。
 その貌は貰っていいのかと躊躇う遠慮というよりは、「自分の分など用意しなくていいのに」という憤然とした困惑であった。
 掌にじんわりと沁みる熱が、シンの顔を伏せさせてしまう。
「えっと、これ……」
「ついでにこれも」
「え? ――ふあっ!?」
 飲み物に気を取られていたシンにケイスが不意打ちのように布を被せる。急に目の前が真っ暗になって、変に逃げれずケイスのコートを掴む。
 乱雑に頭を通して首に留め、巻き込まれた髪を手で掬い、丁寧に整える。
 塞がれていた視界が戻り、なにとシンが慌てて首を見ると、白地にピンクとブラウンの淡い色使いのオーバー・チェック柄のネックウォーマーが巻かれていた。


  

 




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