ツイン・カルテット


 白昼の陽射しが唯一の救いかのように寒いこの季節、外を歩くのは苦である。
 風に煽られる度に背中を丸めてはぶるぶると震え、建物の壁一枚が恋しいと思いを寄せる。
 そしてここにも、そんな北風を苦にしながら外を歩く若い男が二人。

「兄貴ー。帰りマック行こうぜー。腹減ったー」
「行かねえよ。あんな不味いもん食って喜んでんじゃねえ。せめてモスにしろよ」
「あー、モスでもいいけど高いんだよなー。シェイク美味いけど」
「そうだな。あれはいいものだ」

 白い息を吐きながら、長身の男が並んで道を歩く。
 寒いと肩を窄めながら、つまらぬ事を呟き合う。一人は文句ばかりを言ちり、一人はその文句を右から左へ適当に流す。そんな遣り取りを、家を出てからずっと続けていた。
 だが、そんな遣り取りは今に始まった訳ではない。今より昔、それこそ男がまだ“男の子”と呼べる時からやっていた。
 慣れた扱いに、年季の深さを見る。
 男は互いにそっくりな顔立ちをしていた。誰もが見て連想する『双子』というものだ。白い髪も背丈も同じだが、けれど唯一はっきりと違うところがあった。
 それは、瞳の色。
 軽くあしらわれている弟のケイスは赤い虹彩をしているが、兄であるラグナは左を緑、右を赤と先天性のヘテロクロミアである。
 黙って無表情でいられると判別出来ない彼らを唯一見分けれる判断材料だ。
 瞳を除いて、鏡から出てきたような容姿をしているが、それでも口を開けば充分に解るほど個性が出ているので接する分は初対面でも問題無い。
 口が悪いのは兄。口喧しいのは弟。彼らを知った者は、そう認識している。
 夜色のロングコートのポケットに手を突っ込み、ケイスはうだうだと宣う。
「寒いなー。やだなー。ベッドが恋しいなー。イチャイチャしたいなー」
「何とだよ……」
 どうでもいいから黙って歩けと横目で睨むラグナ。
 どういった意味合いでそういう言葉を使うかは知らぬが、自分の顔で言うのはやめろと言いたい。流石にその為だけに顔を変えろとまでは言わないが。
 それに、そういう内容を聞かせたくない人物達とこれから合流をする。間に受けるような事はないが、悪乗りをする癖があるから迷惑を被りかねない。
「お前、そういう軽薄な物言いやめとけよ。疎まれんぞ」
「なんの。俺のこの魅惑的なフェイスを使えば……」
「マジ死ねよ」
 浮かべる表情が違うだけで同じ顔から背中に薄ら寒いものが走る物言いに殺意が迸りそうになる。
 しかしてラグナが衝動に任せて突き動かされる前に、無事目的の場所に到着した。
 アーケードにある駅近くの本屋。中に入りそこにいる立ち読み常習犯を確保する。
 時間帯もあって学生服の客が多い中、暗い紺色のダッフルコートを着た目立つ金髪を見つけて背後に立つ。
「こら、そこの情報の窃盗犯。速やかに帰んぞ」
 後ろから読んでいた雑誌を取り上げ、雑誌が陳列する前の棚に放り込む。
 あ、と小さく声を上げて自分の背後に立ったラグナを見遣った。
「ちょっと、まだ全部見終わってないんだけど」
 戻された雑誌を取ろうとしてラグナの手が再度阻む。
「図々しい。全部読むなら買えよ」
「うーん、これは僕好みのバイクが無さげだから要らないかな」
 悪怯れる様子もなく肩を竦めてみせる男にラグナは頭突く。ごつん、と骨と骨がぶつかる鈍い音が店内に響く。
 「痛いよ〜」と本当に痛がっているのか、いやに甘えているような声音で訴え額を押さえている男を引き摺って店外に連れていく。
 ラグナが不躾な輩を連れて出る頃には外では既にケイスがもう一人確保していた。長躯の隣にいると身長差が目立つ女だ。
 だからといって女の身長が低い訳ではない。単純にラグナ達が大きいだけで、女も平均身長を少し超えた丈だ
 膝にまで届く白のコートの合わせや襟をちょいちょいと直したり、頻りに髪を撫でたりと、神経質そうに身嗜みを整えている。けれども本屋から出てきたラグナに気付くと、ぴりりとした印象を払拭し女は腕を広げて駆け寄った。
「ラグナ! 迎えにきてくれたの?」
 弾んだ音色で、少女然とした笑みを浮かべてラグナに抱きつきにいった。
 ぎょっとしたラグナは女の身体を受け止めるか悩んだが、ラグナの傍にいた男に虚しくも妨げられてしまう。
 腕を突き出して止めてきた男を、ぎろりと睨めつける。
「邪魔だ。薙ぎ払うぞ」
「やってみろ。その前に斬り捨てる」
 深緑の眼が爛と光りながら睨み合う。
 火花どころか雷光が走りそうな空気にラグナが堪らず割って入った。
「ジン! シン! ケンカすんなお前らっ!!」
 ラグナに叱られ、ぷいと外方を向く二人。
 似た雰囲気に金の髪と緑の瞳を持つ男女は兄妹で、こちらも双子であった。兄がジンで、妹がシンである。
 どんな奇縁が招いたのか、珍しい筈の双子がこの場に二組も揃っている。
 容姿がそっくりであるラグナ達と違って、ショートヘアーにロングヘアーで見た目の違いは解りやすいが、耳の上の一房が小さく跳ねているのは同じだ。
 そんな双子と片割れを見てケイスが笑う。
「両手に花でモテモテだなー兄貴」
「馬鹿かテメェはッ!! それに片方は男だ!!」
 吠えるようにがなったラグナを、ジンががっちりと腕を絡める。
「僕なら気にしないよ兄さん!」
 頬を押しあてごろごろと甘えてくるジンにラグナがそういう話じゃないと怒る。
「やっぱ女の方がいいよねラグナ! 私はどう?」
「テメェは俺が好意関係無しに付き合えるような物言いをすんじゃねえ!!」
 ジンと同じように抱きついてきたシンにも怒鳴る。この兄妹は揃って問題発言をぶつけてくる。そしてそのノリに乗ってふざけてくる弟も鬱陶しい。
 遊んでいるような、本気のような、捉え難い三人の反応にラグナはほとほと呆れてしまう。
「たく、遊んでねえで帰るぞ。今日は鍋だ。買いもんしてくぞ」
「鍋かあ。僕は水炊きがいいな。鶏肉抜きで」
「舐めんな」
「私は湯豆腐がいいなー。豚肉抜きで」
「お前もか」
「チゲ」
「少しは協調性を見せろよお前ら!!」
 全部の意見を酌んだら闇鍋になるだろうがと、自由な三人に協調性を訴えた。熊のように腕を広げて吠えるラグナに、キャーと軽い悲鳴を上げて逃げていく。
 ラグナの家もジンの家も、子供が学校に通い出してからは両親が仕事で家を空けるようになった。義務教育を終えてからは、ほぼ全てを自分達でするように言われてしまう。
 そうなると自然、子供達自らで自炊を行わなければならないが、その中でも戸籍上一番歳上であるラグナが周囲に頼られる為に料理を作る機会が増える。
 非協力的なケイス。刃の扱いは上手いが火傷が絶えないジン。栄養バランスを微塵も気にかけないシン。見ているだけで心臓が止まりそうになるラグナは逐一手を貸してしまう。
 そうして繰り返していく内に、ラグナの料理の腕前は上がってしまうという事情があった。
 譲る気配もなく自分の好みだけを延々と連ねる不毛な遣り取りに嫌気が差し、「もういい」とラグナが無理矢理に収拾し、途に就く――――が。

「ラグナ〜。寒いから手つなご〜」
「兄さんに触るな屑が」

 自身の両脇で新たに繰り広げられる剣呑とした気まずい空気が、辛い。ラグナの表情は重い。
 なぜか双子兄妹はやたらラグナに絡んできては、玩具を取り合うように口争いを始める。
 一体何を気に入って絡みにくるのかとラグナは不思議に思うが、それでも会う度にこれはきつい。どちらもいい奴らだと解っているだけに、喧嘩などしてほしくない。
 何とか気を逸らさねばと、助けを求めて後ろを歩く弟に声をかける。明後日の方向に目を泳がせていた赤眼は兄に呼ばれ「なに」と眠たそうに訊ねる。
「ボーッとしてねえでどっちか相手してやれよ。煩せえったらありゃしねえ」
 煩いと言われて不満げに唇を尖らせる兄妹だが、異論は認めないと無視を決める。
 ケイスはじっと兄妹を見つめて、言う。
「お兄ちゃんとも遊ぼう」
「イヤだ」
「イヤ」
「ほらな」
「何が『ほらな』だっ!!」
 一言で終わらせて微塵の努力も遣る気も見せないケイスをラグナは怒鳴るが、ケイスも肩を竦めていやいやと首を振る。
「兄貴の方がいいって言われて傷つく俺の気持ちも酌んでくれよ。モテる兄貴はいいけどさ」
 ケイスが「なー」と訊ねると、「ねー」と答える兄妹。三人とも充分に仲が良く見えるのは俺だけなのかと疑いたくなる。
「お前らも、どっちかあいつと話してやれよ。退屈そうにしてるだろ」
 引き離す為の体のいい言い訳に聞こえるが、秘かなる本音でもある。折角切りのいい人数で揃っているのだから、一人がはみ出しているような空気があるのは気持ち悪い。
 ラグナに頼まれて互いに顔を見合わせたジン達は、どうするかと相談するように顔を寄せる。ひそひそと声をひそめ、お前がお前がと盥回しにあっている様に、どれだけ信用がないんだと弟を哀れずにはいられなかった。

「よーし、わかった兄貴。ケンカを止めればいいんだな」

 突如勇んだケイス。
 つかつかと自分達の元に追いつくと、両脇の兄妹をそっと離し、あろう事か、ラグナの手を握った。
「お前らが兄貴を取り合うなら、俺が兄貴を独り占めすればいいんだよ。ほらケンカは起きない。俺すっげー頭イイー」
 名案だと自信に満ちたケイスに、成程と真摯に同意する兄妹。納得すべきはそこなのかとラグナはつっこみたい。
 しかしそれよりも包んでくる男の硬い掌の感触にぞわぞわと悪寒が迫り上がる。離せと手を縦にぶんぶんと振るが、離さない。
「おい、離せよ」
「お兄ちゃん、俺今日はチゲがいいー」
「脅しか!!」
 調子に乗るなとクソがバカがと罵声を浴びせて手を外そうと藻掻くが、ケイスの力加減も絶妙で外せる気配がしない。
 両手を使って抉じ開けようとする頃には、兄妹が二人を通り過ぎて帰ろうとしていた。
「兄さん忙しそうだし、僕帰るね」
「私も読みたい本が溜まってるから。ラグナ、兄様、またあとでね」
「おいお前ら先に帰んな!! 荷物持つの手伝え!!」
「お兄ちゃ〜ん」
「抱きつくなーッ!!」
 猫撫で声で抱きついてくる弟を放り投げながら、帰ろうとする兄妹を捕まえるべくラグナは駆け出していく。
 先を行きながら逃げる気のないジンとシンはラグナが来るのはそろそろかと背後の気配を窺っていたら、待てと怒鳴ってくる声が聞こえる。振り向けば、走って追いかけてくる男の形相に二人は笑い、鬼ごっこでも興じるかのように同時に走り出した。
 風を切って駆け出す後ろ姿を、ケイスは目を細めて眺める。
 昔というには大袈裟だが、ずっと続いている光景。自分達四人が繋ぎ続けた、日常。変わらぬ稚拙さに、思わず笑みがこぼれる。
 そうして振り解かれた男もまた、コートに手を突っ込んだまま暢気に後を追う。
 金と銀の髪がふわふわさらさらと、冬風に揺れる。



 斯くも、アーケードの喧騒に紛れる賑やかな一向。冬の寒さなど忘れてしまうぐらいに、騒がしくて楽しげな時間が流れていた。
 他愛もない些末な事。
 けれど誰かにとって、幸せに満ちているひとときである。



《終》
 




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -