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僕と彼女とチョコレート


※1話、ヒロインが寝てしまってからのお話。

はぁ…仕方ない。

溜め息を吐きながら立ち上がって寝室を探す。
僕はテーブルに突っ伏して寝てしまったこの家の主を抱きかかえた。


―――女の人ってこんなに軽いんだ。


変な事実に感心しながら寝室へ向かう。
ベッドに彼女を運び寝かせて、少し迷ったが寝苦しくないようシャツのボタンを二つ外してやる。


「…惣、一郎…」


不意に男の名前を呼んだ彼女の切ない声色に、ドキッとして布団を掛けていた手が止まる。
彼女の顔を覗き込むと閉じられた瞳から涙がはらりと零れた。
堰を切ったように零れ落ちる涙は彼女の長い睫毛を濡らし、艶やかな髪を伝って枕に吸い込まれていく。


眠ってまで涙を零し、寝言で名前を呼ぶほど、このヒトには想いを寄せる男がいるのか。


何だか見てはいけないモノを見てしまった気分になって、僕は肩まで彼女に布団を掛け寝室を後にした。


もう一度並盛について調べようとリビングへ戻り、電源が入ったままのパソコンに向かう。
何度検索をかけても僕の並盛に関する情報はヒットしなかった。
一体どうなってるんだ。
調べることに疲れて背伸びをしながらリビングを見渡すと、テーブルの上に置かれた紙袋が目に留まった。
何となく気になって入っていた包みを開けてみると、中からなかなか美味そうなチョコレートが現れた。
これ、トリュフっていうんだっけ?
何でこんな物……チョコ好きなのかな。
でも綺麗に包んであったし…。
ふと傍に置いてあった新聞に視線を向ければ『2月14日』の日付。


―――――もしかして…バレンタイン当日に振られたのか、あのヒト。


だから玄関でも泣いていたんだ。
加えて彼女は大分酔っ払ってもいるようだった。

タイミングが悪いというか、気の毒というか…。

彼女の身に起こった不幸に涙の理由を見出して、僕は小さく溜め息を吐いた。
同情する気はないが、これで不可解な彼女の行動に得心が行った。
見ず知らずの僕を彼女が警戒しなかったのは、男に振られて自暴自棄になっていたからか。
自分の家に不法侵入した面識のない人間を、無警戒に再び招き入れ一晩の宿を提供するなんて、おかしいと思ったよ。

手の中のチョコレートに視線を戻す。
丁度お腹も空いてきたな。
何よりこれを振られた彼女が自分で食べるっていうのも惨めだろう。
もしかしたらゴミ箱行きかもしれない。

だったら僕が食べてもいいよね?

適当にある物食べていいって言ってたし。
一晩の宿の礼に涙の原因のひとつを消してあげよう。
一粒摘んで口の中に放り込むと、柔らかく溶けて程よい甘さが広がった。
こんなに美味いモノをもらい損ねるなんて、彼女の男は勿体ないことをしたね。
彼女が振られたのは僕にとっては好都合だったかもしれない。

並盛に帰れるまで精々お人好しな彼女を利用させてもらうとしよう。

僕はもう一粒チョコを口に運んで口角を上げ、再びパソコンと向かい合った。



2009.2.14


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