あたしと彼とバスの座席


※逆トリップ編31話と32話の間のお話。

借りた馬を返したあたしと雲雀くんは、遥と合流して1日目の宿へ向かうバスに乗り込んだ。
貸切だから空港から乗り込んだ時と座席は変わらず。
恐らく雲雀くんは一番後ろの隅っこに座りたかったのだろうけれど、生憎席順は予め指定されておらず、乗り込んだ順に何となく決まってしまっていた。
あたし達の席は大体バスの真ん中辺り。
雲雀くんは窓際に陣取り、あたしはその横。
遥はあたし達の前の席だったが、「後ろを向きながら話すのつらーい」と言って、あたしの隣に補助席を引っ張り出して居座った。
群れるのが嫌いな雲雀くんはと言えば、あたし達がたわいのない会話を始めると、つまらなそうに大きな欠伸をして寝てしまった。

点呼が終わりバスが動き出すと、遥がお喋りを続けたまま周囲にささっと視線を走らせた。
社員の各々が会話に夢中で、誰もこちらを見ていない。
それを確認すると、彼女はちょいちょいとあたしを手招きした。
あたしは小首を傾げながら、にやにやと気味悪く笑う遥の方に少し身を寄せる。


「恭弥くんとイチャつけた?」

「なっ…!」


予想だにしない遥の台詞に危うく大きな声が出かかったが、どうにか堪えて声を押さえる。


「何言ってるのよ…!散歩してただけだよ…!」

「えー、ホントかなぁ」

「本当だって…!」

「だってあの連れ去り方は完全にヤキモチっしょ」


そう言う遥の視線の先には、他の男性社員と談笑している主任の姿があった。
図星を突かれ、あたしは言葉に詰まる。

遥の言う『あの連れ去り方』というのは勿論、馬に乗った雲雀くんが問答無用で主任と遥の前からあたしを連れ去ったことを指しているのだけれど―――

やっぱもろ分かりだよねぇ…。
あんな分かりやすい態度でヤキモチを疑わない方がおかしい。
実際ヤキモチだったしね。

だ・け・どっ!

たとえ親友の遥にとはいえ中学生、しかも従兄弟(という設定)の彼と付き合ってるとは言えない。
しかも結構あたしの方が入れ込んじゃってるとは口が裂けても…!
横で寝ている雲雀くんに何とも言えない申し訳なさを感じながら、あたしは遥との会話を続けた。


「まぁこの子、基本天邪鬼だから。
 他人にちょっかい出されるの嫌がるくせに、放っておかれると怒るんだよね」

「ふーん」

「この間なんてさ、返事がおざなりだったって理由でテレビ壊されかけたんだよ?
 集中して映画観てたら、そりゃちょっとくらい返事もおざなりになるわよ」

「そーだね」

「料理してる間も最低でも1回はキ…!」

「キ?」


キスしてくる―――と言いそうになったのを、あたしは咳払いで誤魔化す。


「き、決まって悪戯してくるし!」

「忙しい時ほど構ってアピールするとか、ホントに猫っぽいのね〜」

「でしょ?でしょ?」


危ない危ない…!
良かった、上手く誤魔化せた…!
そう思ってホッとしたのも束の間、遥は再びにやにや笑いを浮かべる。


「で、アンタはそんな手のかかる恭弥くんを社員旅行に連れて来ちゃうくらい気に入ってると」

「だからそんなんじゃないったら…!」

「従兄弟だから恋愛対象にならないって言い訳は出来ないよー?
 結婚出来るもん」

「そりゃ、そうだけど…」


うぅ…何でこんなに遥絡むんだろう。
まぁ単純に面白がってるだけなんだろうけど。
助けを求めるようにちらりと隣に視線を送るけれど、勿論雲雀くんは寝ているわけで。
…狸寝入りかもしれないけれど。
それでもそんな彼を見て、あたしの中にぽっと答えが浮かんだ。


「―――恭弥にとって、今頼れる大人はあたしだけだから。
 だから主任にヤキモチ焼くほど懐いてくれてるんだと思う」


初めて出逢った時、今のように腕組みをして寝ていた雲雀くん。
たったひとり知らない世界に放り出された君を、関係ないと見捨てることが出来なくて。
守ってあげたいと思った。
それは彼氏彼女という関係になった今でも強く思う気持ち。

…まぁ、実際はあたしの手なんて必要ないほど雲雀くんしっかりしてるし、寧ろこっちが守ってもらっちゃってる気もしなくはないけど。

遥は何かを悟ったのか、「そっかぁ」と深く頷いた。


「前々から思ってたけど、恭弥くん預かってんのって訳あり?
 親と仲悪いとか?」

「うん、まぁ、そんなとこ。いろいろあるのよ、この子も」


本当のことが言えないのは心苦しいけれど、ここは適当に濁して追及を逃れるが吉!
やっと遥の追及から逃れられる―――
そう思ってホッとしたのも束の間、脇腹に激痛が走った。


「痛ぁー!」


思わず声を上げて横を見ると、物凄い不機嫌顔の雲雀くんがあたしを睨みつけていた。


「保護者面しないでくれる」

「ゴメンゴメン!謝るから、脇腹抓るのやめて…!」

「誠意が感じられないね」

「痛い痛い痛い痛い痛いっ」


ぽかんとあたし達を見つめる遥の目の前で、より強く脇腹を抓った雲雀くんはあたしの耳元で囁く。


「―――今度同じことしたら、さっき貴女が誤魔化した僕の悪戯がどんなものか、彼女にバラすよ?」

「?!ごめんなさい…!もうしません…っ」


雲雀くんはフンと鼻を鳴らしてあたしの脇腹から手を離し、再び瞼を閉じて眠りの体勢に入った。

あー!痛かった…っ
こういう時の雲雀くんは手加減してくれないから困る。
しかもあたしが必死に隠そうとしてる関係をバラすとか…鬼め…!
というか、この旅行中保護者振らないわけにいかないんですけど。

んもう!本っっっ当意地悪っ!

口を尖らせてじんじんと痛む脇腹を摩っていると、遥が「ただの従兄弟ねぇ」と呟いて苦笑を漏らした。



2014.3.22


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