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あたしと彼と柔軟剤


取り込んだ洗濯物を両手に抱え、あたしはソファの傍まで運んで下ろした。
ソファでは細身の身体を横たえた雲雀くんが、スヤスヤと眠っている。
さっきまで起きてたのに……起こさないように静かにしなくちゃ。
気持ち良さそうなその顔に頬を緩ませつつ、あたしは洗濯物を畳み始めた。
ひとつひとつ手に取り畳む度に、柔軟剤の香りが鼻先を擽る。

ん〜、良い香り!

昨日出掛け先で貰った試供品なんだけど、今頻りにCMで見かけるものだから、実はかなり興味津々だったんだよね。
普段使っているものより少々甘さが強いけれど、嗅ぐとほっこり心が安らぐ…そんな香り。
お気に入りの服を洗う時専用に買っちゃおうかな。
畳みかけのタオルに顔を近付けて柔軟剤の香りを胸いっぱい吸い込んでいると、横からクスッと笑う声がした。
反射的に肩を竦めてそちらを見ると、寝転がったまま肘をついて頭を支えた雲雀くんが、面白いモノを見つけた子供のような視線をこちらに向けている。


「お、起きてたの?!」

「嗅ぎ慣れない匂いがしたから目が覚めた」


うわぁ、敏感。
小さな音どころか匂いで起きるとか……下手すると雲雀くんの嗅覚犬並みなんじゃない?
野生動物もビックリな彼の五感の鋭さに苦笑を漏らし、あたしは手に持ったままだったタオルを彼の顔に近付ける。


「昨日貰った柔軟剤の試供品、早速使ってみたの。どう?良い匂いじゃない?」


雲雀くんはスンと鼻から空気を吸う。


「…まぁ、悪くはないけど」

「けど?」

「貴女の匂いが分からなくなるから、あまり強いのは嫌だな」

「え、やだ、あたし臭い?」

「いや、いい匂いだよ」

「?!」


視界がぐるんと回転し、畳んでいた洗濯物ごと、あっという間に絨毯の上に組み敷かれる。


「―――直に感じたくなるくらい」


不敵な笑みを浮かべた雲雀くんは、驚きに目を丸くしたあたしの首筋に唐突に唇を寄せる。


「ひゃぁっ」


背中まで伝うゾクッとした感覚に思わず身悶える。
あたしの反応に、明らかに気を良くした雲雀くんは、わざといつもより声色を低くして耳元で囁く。


「こんなに甘い匂いさせてたら、満員電車で悪い虫が寄ってくるんじゃない?」

「ちょ、ちょっと…!雲雀くん…っ」


彼の柔らかい唇の感触が、耳から首へ、更に下がって鎖骨へと移動していく。
雲雀くんが動く度に空気が動いて、柔軟剤の香りが辺りに舞う。
首元から顎のラインをなぞるようにして上へ戻ってきた彼の唇は、声を漏らさないよう真一文字に固く結んでいたあたしのそれを、易々とこじ開けて深く侵入してきた。
パッと見華奢な中学生とはいえ、男らしく力強い雲雀くんの腕から逃れることは容易じゃない。
一方的に享受される快感に、抵抗する力も抜ける。


「ほら、嫌ならちゃんと拒絶しないと、相手は調子に乗るよ?」


あ、いて…?
相手って何…?
まさかとは思うけど、雲雀くん、今ち、ちちちちち痴漢のつもりであたしにこんなことしてるの…!?
心地好さに飛びかけた意識が、一気に引き戻される。
しかも、


「それとも貴女、見ず知らずの男にこんなことされて喜ぶ人間なの?」


だなんて、とんでもない台詞まで!!
あたしそんなヘンタイじゃないし…!
好きなヒトに触れられて嫌なわけないのに、雲雀くんはそれも分かって意地悪を言う。

ホントドS…!

第一雲雀くんを痴漢だなんて思えない。
大体痴漢行為っていうのはコソコソと行われるものであって、車内でキスしてくるとかダイナミック過ぎるでしょう…!
それにこんなにカッコいい痴漢がいて堪るかっ!
カッコよかったら痴漢されてもいいかと言われれば勿論答えはノーなんだけど、呼吸すら儘ならない深いキスに反論を封じられる。
再びあたしの身体から力が抜けた頃合いに唇を離し、年下の彼が口の端を上げて言う。


「『やめてください』、でしょ?」


うっ…
真っ直ぐにあたしを見つめる漆黒の瞳に気圧される。
今彼の心にあるのは支配欲。
こうなってはもう止まらない。
悔しいけれど、素直に従ってしまった方が早く解放される。
意地悪な雲雀くんに涙の滲む目を向け、あたしは屈辱と羞恥を出来る限り自分の内に押さえ、彼に要求された言葉を発した。


「や、やめて…ください…っ」


途端に雲雀くんの顔から笑みが消えて、綺麗な漆黒の瞳が見開かれる。
そして―――沈黙。
あ、あれ?何で止まるの?
ここはこれで満足した雲雀くんが、良く出来たねとかなんとか言って、軽くキスして解放してくれるパターンじゃないの?
予想していた反応と違う不安に駆られて、あたしはおずおずと彼の名を呼ぶ。


「雲雀、くん…?」


名を呼ばれて我に返ったらしい彼は、自身の口に手の甲を押し付け、あたしから視線を外した。
何故かその顔は赤に染まっている。


「…昴琉、逆効果って言葉知ってる?」

「へ…?」

「―――何でもない。兎に角柔軟剤使い過ぎないでよね」


ぶっきら棒にそう言って立ち上がると、雲雀くんは足早に自室へ引っ込んでしまった。
あたしはよろよろと身を起こして首を傾げる。

な、何だったの…?
……まぁ、彼のことだし、考えるだけ無駄かぁ…。

理解不能な雲雀くんの言動に脱力しながらも、あたしは辺りに散らかってしまった洗濯物を手元に集め、再び畳み始めた。



2013.10.21


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