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僕と彼女とハンドクリーム


「…ねぇ、まだ決まらないの?」

「ごめん、もうちょっと待ってー」


近所のドラッグストアの一角で、昴琉は様々なハンドクリームの並んだ棚と睨めっこしながら答える。
かれこれ15分はこうして悩んでいる。
ハンドクリームなんてどれも大して変わらないだろうに、一体何をそんなに真剣に悩むのか。
僕は彼女の背中に向かって溜め息を吐く。

「いつも使ってたのでいいじゃない」

「そのつもりだったんだけど、新しいのいっぱい出てるんだもん。気になるじゃない?」

「ならないよ」

「えー、だってほら、こっちのはパッケージ可愛いし、こっちはいい匂いだし…。
 あ!これ雑誌の口コミで高評価だったヤツだ。試し塗りしてみよっと」


そう言って、彼女は嬉しそうにハンドクリームのチューブの蓋を開ける。
試し塗りって…貴女、何度その手にクリーム塗り込んでるのさ。
既に5種類は試しているその手で、果たして個別の効果が分かるのか。

―――我慢の限界だ。

イラつきの頂点に達した僕は、彼女が今正にクリームを出そうと手の甲に当てていたチューブをぶにゅっと抓んでやった。
細いチューブの口からさくらんぼ大のクリームが飛び出し、昴琉が小さな悲鳴を上げた。


「うわっ何てことするのよ、雲雀くん…!」

「もたもたしてる貴女が悪い」

「んもう…どうするのよこれ…」


年上の彼女は口を少々尖らせながら、自分の手の甲にこんもりとのっているクリームを仕方なさそうにのばし始めた。
通常でも過分であろうクリームは、案の定彼女の小さな手に馴染み切らない。
困り顔で手を擦り合わせる姿をいい気味だと見下ろしていると、昴琉が僕を見上げてにっこり笑った。


「責任とってね?」

「…?!」


ハンドクリームでベタベタな両手で、彼女は僕の手をガシッと捕まえた。


「ちょ、ちょっと…」

「じっとしてて」


昴琉は僕の手を自身の胸のあたりまで持ち上げて、マッサージするようにしながら自分の手に余ったクリームを擦り付け始める。
少し冷たい彼女の手の温度と、ヌルッとした馴染みの薄い感触に、不覚にも戸惑いを覚える。


「ハンカチかティッシュで拭き取ればいいでしょ?」

「こんなにベタベタじゃバッグ開けられないもの。雲雀くんが悪戯したせいなんだから素直に塗られなさい」

「何言ってんの?元々は貴女が僕を待たせるから」

「はいはーい」


昴琉は僕の反論を意に介した様子もなく、丁寧に僕の手にハンドクリームを塗り込んでいく。
嫌なら手を引っ込めればいいと分かっていても、彼女に掴まれた時点でクリームを塗らなくてはならないのは決定事項だ。
失敗した。
諦めて小さく溜め息を吐くと、彼女は自分の勝利を確信したのか、くすっと笑った。


「雲雀くんて男の子のクセに手綺麗よね。爪の形も良いし」

「そうかな」

「うん。羨ましい」

「…僕は貴女の方が綺麗だと思うけど」

「あたし?ハンドクリーム塗ってこれだよ?お手入れしていないでスベスベの君には敵わないわ」


言われて自分の手と彼女の手を見比べる。
ハンドクリームのお陰で潤っている互いの手の差なんて、男の手か女の手かくらいのものじゃないだろうか。

…小さいな。

改めてそう思う。
一見ひ弱で何も出来そうにない手。
けれどこの手はちゃんと日々の仕事をこなすし、僕好みの料理を作ったり、触れれば校舎の屋上で昼寝をしている時のような、安らかな気持ちを僕に与える。

そうなんだ。
この手に触れられるのは、不思議とそう嫌いじゃない。

冷たかった彼女の手がクリームを塗り込んでいくうちに、僕の体温を奪って温かくなっていくこの感覚も。


「はい、完了」


クリームを塗り終えた昴琉の手が、僕の手から離れそうになって思わず掴む。


「な、何?」

「…いや、別に」


僕はそっと彼女の手を離す。
もう少し触れていたかったなんて、口が裂けても言えない―――と思ていたのに。


「…もしかして、あたしに触られてちょっと嬉しかった?」

「そんなんじゃない…!」


悪戯っぽい笑顔を浮かべて昴琉が訊くから、ついムキになって否定してしまった。
しかも図星だったせいで、僕の顔は一瞬にして熱くなる。
見事に墓穴を掘った。
暫しの沈黙。
冗談のつもりで言った言葉が、冗談では済まなかったことに気付いた彼女の頬が紅く染まる。


「え、えっと…!じゃぁ、これにする!」


狼狽した昴琉は最後に塗ったハンドクリームを素早く手に取って、足早にレジに向かう。
その後ろ姿を、僕は妙に落ち着かない気持ちで見送った。

これは彼女に恋をする、少し前の話。



2013.2.3


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