あたしと彼と頭痛薬
横で眠る雲雀くんを起こさないようこっそりベッドから抜け出してきたあたしは、白色の小さな粒を二つ口内に放り、それをミネラルウォーターと一緒に身体の中へ流し込んだ。
うぅ、折角の休日に頭が痛くて目が覚めるなんて最悪。
しかも今日は、何やら欲しい物があるらしい雲雀くんに強請られて―――いや、命令されて、彼を携帯電話を買ったショッピングモールまで車で連れて行く約束をしていた。
頭痛薬が効き始めるまで、最短でも30分は掛かる。
というか既に痛くなってからの頭痛薬って、何故か効かない時があるんだよね。
雲雀くんに覚られる前に薬効いてくれるといいのだけれど…。
ふぅ、と溜め息を漏らしてズキズキと痛む頭を手で押さえていると、キッチンの入り口から声がした。
「…何してるの?」
ハッとして、あたしは手を頭から離す。
見ればそこには不機嫌そうな雲雀くんが立っていた。
わわ!よく寝てるようだったから今日は大丈夫だと思ったのに、やっぱり起きてきちゃったよ。
気配に敏感な彼は、あたしが先にベッドから抜け出すと、必ずと言っていいほど一緒に起きてしまう。
そして何故か今のように少し不機嫌になる。
どうやら自分が目を覚ました時、傍にあたしがいないのが嫌らしい。
恋人という関係になってから益々その傾向が強くなっている気がする。
けれどそれは、初めて恋をした年下の彼の独占欲の現れなので、あたしとしては可愛い限り。
こういう時は困るんだけれどね。
あたしは笑顔を浮かべて雲雀くんに答えた。
「何も。喉が渇いちゃって」
「そう」
欠伸をしながら雲雀くんがこちらにやって来る。
「今日はお出掛けする約束だったよね。
洗濯と掃除、午前中に済ませちゃいたいから、家を出るの午後でいいかな?」
そう提案したのは、車の運転もあるし、薬の効果がちゃんと出て、一息ついてから出掛けたいという思いからだった。
バイクに乗れる雲雀くんならちょいちょいっと車の運転も出来そうだけど、まさか中学生の彼に無免許運転なんてさせるわけにはいかない。
あたしの提案を思案しているのか、雲雀くんはあたしをジーッと見つめたまま答えない。
「あ。もしかして午前中じゃないと都合悪い?
それだったら午前中からでも構わな――?!」
雲雀くんの思わぬ行動に、あたしの言葉は中断される。
事も有ろうに雲雀くんは、大きく開けた自身の口であたしのそれに噛み付いたのだ。
物の見事にかぷりと。
びっくりして身を引き、あたしは尚噛み付いて来ようとする雲雀くんに抗議した。
「ちょっ…雲雀くん…!」
「気が変わった。今日は貴女を咬み殺す」
「えぇぇ!…はふっ」
雲雀くんはあたしの腰に腕を回して自分の方に引き寄せると、ご丁寧に後頭部にまで手を伸ばしてがっちりホールドし、またかぷっと噛み付いてくる。
勿論甘噛みなんだけれど、徐々にあたしの唇を食んでいた彼の歯が唇に取って代わり、優しく啄み始めるにつれ、あたしの胸もそれ呼応するようにドキドキし始める。
最終的には蕩けるようなキスに移行し、頭痛も相俟って、抵抗する気力を奪われそうになる。
「……お出掛け…んっ…どうするの…?」
「別に今日じゃなくてもいい」
「で、でも…何か買いたい物があるって…」
あたしの言葉に、雲雀くんはキスを止める。
そして長めの前髪から覗く漆黒の瞳であたしを見つめた。
「―――また倒れられたら迷惑だ」
「ぇ?」
「具合、悪いんでしょ?」
「どうして…」
雲雀くんはムスッと口をへの字に曲げる。
「昴琉のことなら何だって分かるよ」
「雲雀くん…」
「―――なんて、貴女が僕に隠れて何かの薬を飲んでるの見たんだよね」
う…しっかり見られてたのか。
そうなるともう言い逃れ出来ない。
あたしが気まずさから苦笑いを浮かべると、雲雀くんは大きな溜め息を吐いた。
そして後頭部を押さえ込んでいた手で、労わるようにあたしの髪を撫でる。
「…僕の為に無理するのだけはやめてよ」
自信家の彼には珍しく、雲雀くんはいじけたような表情を浮かべる。
『また』っていうのは恐らく風邪でダウンした時のことを言っているのだろう。
あの時は確かに彼の言うとおり、随分迷惑をかけてしまった。
でも、雲雀くんが本気で迷惑だと思っているのではないと、この顔で分かる。
自分にもっと気を許してほしい。
男としてもっと頼ってほしい。
自惚れかもしれないけれど―――そう思ってくれている。
中学生らしくない彼が、時折見せる中学生らしい背伸び。
あたしにとってそれはとても愛おしい。
雲雀くんは不満かもしれないけれど、君が思っている以上にあたしは君を心の拠り所にしている。
いつか訪れるであろう君との別れに耐えられるのかと、不安になるくらいに。
幸せ過ぎて怖いよ、雲雀くん。
正反対の感情を抱えて、あたしは大好きな雲雀くんの胸に頬を寄せる。
「…ごめん。
ちょっと頭痛いだけだから。お薬も飲んだし、暫くすれば大丈夫」
「薬飲んどいて、何が大丈夫なのさ。
せめて薬が効くまで大人しくしててもらうよ」
面白くなさそうにそう言って、優しい雲雀くんはひょいとあたしを抱きかかえ、そのまま寝室へ連行した。
2012.9.1
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