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僕と彼女と恋する痛み


昴琉が買ってくれた真新しい夏服を抱えて、自室に戻る。
こちらに飛ばされ行く当てのない僕に、同居を申し出た彼女が宛がったのがこの部屋だ。
手の中の夏服に視線を落として、僕は小さな溜め息を吐いた。

衣替え…面倒だな…。

この服は「同居する以上、自分の出来ることは最低限なさい」と、年上の彼女ににこやかに笑って渡された。
掃除洗濯食事等、家事と言えるものは一切昴琉任せだから、これくらいは仕方ないのかもしれない。

身一つでこちらに来た僕の服は多くはない。
昴琉の趣味か、はたまたもう亡くなってしまった彼女の養父母の趣味か、アンティーク調のチェストの引き出しは、丸々一段空のままで余っている。
だから衣替えといってもそう大仰なものではなく、そこへ新しい夏服を突っ込むだけで済むのだが、些細なことでも面倒だと思う時はとことん面倒なものだ。
だからといってこのまま服を持っているのはもっと面倒だ。
なけなしのやる気を起こす為に、もうひとつ溜め息を零して、僕はチェストの前に移動した。

空いているのは一番下の引き出しだ。
僕は毛足の短い絨毯の上に腰を下ろして、横に抱えていた夏服を置く。
下段の引き出しの取っ手に手を掛けて開けると、空だと思っていた引き出しの中でカサッと何かが動いた。

―――写真だ。

元々は物置部屋として使われていたから、たまに捨て忘れたり移動し忘れた昴琉の私物が出てくるのは珍しくない。


ただ、今出てきた写真に写っているのは、年上の彼女と―――元彼。


旅行先だろうか。
写真の中の二人は、知らない風景をバックに仲睦まじく寄り添い笑っている。
その姿に、僕はきつく唇を噛んだ。

分かってる。
分かってるんだ。

嫉妬したところで、これは僕の入り込めない彼女の昔日。
どうしようもないって―――分かってるんだ。
それでも胸の奥が焼けるように苦しくて、張り裂けそうで。

ズキズキと痛む。

僕は写真を二つに破いてクシャリと握り潰し、ゴミ箱に投げ捨てた。
それだけが、過去の二人に今の僕が一矢報いることが出来る術だった。


***


チェストの中に夏服を乱暴に突っ込んでリビングに戻ると、何も知らない昴琉が両手にマグカップを持ってキッチンから歩いてきた。


「衣替え終わった?カフェオレ飲む?」

「……」

「…雲雀くん?」


怪訝そうに首を傾げる彼女に無言で近付いて、僕はその身体を抱きすくめた。


「わっちょ…!な、何?」


突然抱きつかれて驚いた昴琉は、それでもマグカップに注がれたカフェオレを零さないようにバランスを取る。
構わず僕は彼女をきつく抱き締めた。


「―――痛い」

「え?」

「胸、痛い」

「やだ、大丈夫?救急車呼ぶ?」


オロオロする昴琉の肩口に額を埋めて首を振る。


「違う。そういうのじゃない」

「?」

「貴女と出逢ってから、時々どうしようもなく胸が痛いんだ」


僕が何を言いたいのか悟って、「…ぁ」と小さく声を漏らした昴琉の唇を塞ぐ。
彼女が動けないのをいいことに、これ以上ない程に深く口付ける。
時折漏れる彼女の甘い吐息に、感じる胸の痛みはさっきより和らいだけど、やはり完全には消えない。
これが恋する痛みってヤツなの?

……こんなに痛い思いをするのに、どうして人は恋をするんだろう。

貴女に落ちるまでは、恋はもっとふわふわとして、気持ちの良いモノだと思ってた。
頭が狂いそうな痛みが付随するなんて知ってたら、きっと恋なんてしなかったのに。
戦いで受ける身体の痛みの方がまだマシだ。

僕にこんな苦痛を与えるなんて…罪なヒトだね、貴女。

憎らしい―――けど愛おしい。
苦しいだけなら捨てられるのに、それだけじゃないから手放せない。


日を増す毎に、僕は貴女に落ちていく。


唇を離すと、顔を赤くした彼女は上目遣いに僕を見た。


「…少しは痛いの治った?」

「少しだけ」

「そう。これ、飲んで。きっともう少し楽になるよ」


「思春期だねぇ」と困ったように笑った年上の彼女は、持っていたマグカップのひとつを、僕の額にコツンとぶつけた。



2012.6.18


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