あたしと彼と育て方
「お水だよー。元気に育ってねー」
あたしはそう呟きながら、コップに汲んだ水を観葉植物の鉢に、ゆっくり数回に分けて与える。
この観葉植物は、直径10cmくらいの丸いガラス製の鉢に3種類の小さな観葉植物が寄せ植えられたもので、いつも仕事帰りに寄るスーパーに併設された花屋さんで見つけた。
華やかな切り花も良いけれど、緑もあるだけでホッとするし、落ち着いていいかなと思って買ったの。
何よりちゃんとお世話をすれば、その分長生きしてくれるのも嬉しい。
にこにこしながら「もうちょっとお水いる?」なんて観葉植物に話しかけていたら、背後からふんわりと抱き締められる。
「独り言怖いんだけど」
「ひ、独り言じゃないわよっ」
あたしはひょんなことから同居人兼恋人になった、年下の彼―――雲雀くんを首だけで振り返って抗議した。
丁度彼はあたしの肩越しに前を覗き込んでいたから、男の子にしては色白な肌と、とても綺麗な漆黒の瞳が視界に飛び込んできて、あたしは思わずドキッとしてしまった。
「草に話しかけてたの?」
く、草って。
随分ざっくり分類したわね…。
あたし自身観葉植物に詳しくないから名前は分からないけど、流石に草はないと思う。
雑草じゃないだけマシか…。
心の中で苦笑いしつつ、視線を鉢に戻して彼に説明する。
「植物って話かけてお水あげると、愛情を感じて元気に育つんだって」
誰が言っていたのかは忘れてしまったけれど、確かそんなことを耳にしたことがある。
思い返してみれば、母も養母も植物に水遣りをする時は話しかけていた気がする。
あたしの話を聞いた雲雀くんは、何故か少しムッとした声を出した。
「……僕も育ち盛りなんだけど」
「へ?」
言葉の意味が分からず、あたしは再び彼を振り仰ぐ。
雲雀くんは「分からないの?」と言わんばかりに益々口をへの字に曲げた。
「だから。草に分けてやるくらいなら僕に頂戴よ、貴女の愛情」
何を言い出すのかと思ったら、観葉植物にヤキモチ?!
どれだけ独占欲強いのよ、君は。
雲雀くんの独占欲が強いのは今に始まったことじゃないけれど、そんな彼が可愛くて、ついクスクスと笑いが零れる。
「た〜くさんあげてるつもりなんですけど」
「育ち盛りだって言ってるでしょ」
笑われたのが悔しかったのか、雲雀くんは背後から抱きついたままあたしの顎を掬って、カプッと唇に噛み付いてきた。
勿論優しくだけど。
そのまま年下の彼は唇を重ねて、本当にあたしから愛情を奪うように深く口付けた。
お腹を空かせた雛鳥が、生きる為に必死に親鳥に餌を強請る――――正にそんな感じ。
一頻りキスを堪能した雲雀くんに解放されたあたしは、呼吸を整えてちょっとだけ口を尖らせる。
「…甘えん坊」
「昴琉にだけはね」
そう言って浮かべた彼の笑みは、いつもと変わらず小生意気だったけれど、あたしの胸をきゅんとさせるのには十分過ぎて。
んもう…つい、甘やかしたくなってしまう。
時間の許す限り雲雀くんとは一緒にいるし、ご飯のリクエストだって叶えてるし、キスだって毎日してるけど、本当に彼が愛情不足を感じているのなら、それは由々しき問題だ。
「元気に逞しく育ってね」
恥ずかしいけれど、あたしはちゅっと彼の頬にキスをした。
雲雀くんを大事に思っている気持ちが、少しでも伝わればいいなと思って。
それを知ってか知らずか、雲雀くんは不敵に笑って頬にキスを返して来る。
「カッコよく…じゃないの?」
「だって雲雀くん細いんだもの。…それに、これ以上カッコよくなられても困るし」
「どうしてだい?」
「ど、どうしてって…」
今だって絆され気味なのに、これ以上カッコよくなられたら何でも言うこと聞いちゃいそうで困る―――なんて言えません。
恋仲ではあるけれど、あたしがこちらの世界に身寄りのない雲雀くんの保護者であることに変わりはない。
それなのにイニシアチブを握られては、大人の面目丸潰れ。
せめて彼が成人するまでは、是が非でも死守しなければ。
だけど雲雀くんは意地悪な笑みを浮かべて、顔を赤くしたあたしを追及する。
「言ってよ」
「―――知らないっバカっ」
あたしは雲雀くんの腕の中で身体を反転させ、彼の胸に顔を埋めて答えるのを断固拒否した。
我ながら情けない年上の意地の通し方だ。
勿論雲雀くんにはあたしの浅はかな考えなんてバレバレみたいで。
あたしをぎゅっと抱き締めた彼に、「愛されてるね、僕」と耳元で囁かれてしまった。
2012.1.18
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