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僕と彼女とコミュニケーション


駅近くの繁華街。
その路地裏の一角に、こちらの世界での『風紀委員会』の事務所がある。
元々はこの辺一帯を取り仕切るヤクザのものだったが、その頭を咬み殺して風紀委員会に所属させ、拠点場所を提供させたのがここだ。
少々古いビルだが、事務所は最上階。
その屋上からの景色は都会にしては遮蔽物も少なく、並中のもの程ではないにしろ、なかなか気に入っている。


とある日。
いつものようにひとり町の見回りを終えて事務所に戻ってきた僕は、その入り口手前で足を止めた。


「そういやおまえ、この間女に振られたんだって?」


中から留守番の風紀委員達の会話が漏れてくる。
以前の僕なら全く気にかけず中に踏み込んだだろう。
寧ろ浮ついた会話を中断させる為に彼らを即刻咬み殺したかもしれない。
しかし最近恋を知った僕は、ほんの少し興味が湧いて、そのまま通路の壁に背を預けて彼らの会話に耳を傾けた。


「はぁ…そうなんだよ。しかも理由が『好きって言ってくれないから』だぜ?
 ったく、男がしょっちゅう好きだの愛してるだの言えるかっつーの!」

「おまえもまだまだガキだな」

「んだと?!」

「女は自分が愛されてるか不安になる生き物なんだよ。
 だからって四六時中言ってたってダメなんだぜ。逆に煙たがられる。
 ここぞ!って時と、不意打ちに弱ぇんだよ、女は」


…確かに昴琉も僕の不意打ちにすぐ顔を赤らめるな。
あの反応は喜んでいると取っていいのか。
気分を良くして、更に僕は二人の会話に聞き耳を立てる。


「おぇぇ…そのツラで女を語るなよ。
 おまえが愛を囁いてるところをうっかり想像しちまったじゃねーか!」

「失敬なヤツだな、オイ」

「でもよ、委員長だったらそういうの様になりそうだよな」

「そうだな。なんてったってあの御歳で年上の姐さん掴まえてんだからな」

「姐さんか…堅気でOLさんやってるらしいが―――可愛いよな、あのヒト」

「あぁ…可愛いな。優しいし」

「あんなヒトに甘えられたら堪んねーな」

「なー!」


ドカッバキッ


「「ぐはっ!」」


如何わしい方向に暴走し始めた会話を、僕は容赦なくトンファーを投げつけて終わらせた。
彼女を褒められて悪い気はしないが、風紀委員自ら風紀を乱すのは見過ごせないからね。


***


その日の夜。
僕は食後のひと時を昴琉の淹れてくれたコーヒーを飲みながら過ごしていた。
年上の彼女は僕の横で、一つだけ残っていたプリンをスプーンで掬っては、嬉しそうに可愛らしい口に運んでいる。
その姿を何とはなしに見つめながら、僕は昼間の風紀委員達の会話を思い出していた。

貴女はちゃんと分かってるよね…僕の気持ち。

自分の気持ちは言葉でも態度でも示しているし、彼女がそのことで不安に思う要素はないはずなんだけど。
―――ちょっと試してみようか。
プリンに舌鼓を打っている昴琉を横からそっと抱き締める。


「好き」

「な、何よ…いきなり」

「好きなんだ」


驚きに見開かれた瞳を真っ直ぐ見つめて呟くと、彼女は耳まで真っ赤に染めて僕を見つめ返した。
この反応なら伝わってる…よね?
そう思いホッとしたのもつかの間、昴琉は自分の手の中の残り少ないプリンと僕の顔を交互に見始めた。
そして、


「……分かったわよ。ん」


スプーンで掬ったプリンを僕の口許に運んだ。
彼女の行動の意図が掴めずきょとんとしていると、彼女は少し唇を尖らせた。


「プリン食べたかったんでしょ?初めに言ってくれたら半分こしたのに。
 ひとり占めしなきゃ気が済まないほど意地汚くないわよ、あたし」

「いや、違「はい、あーん」」


昴琉は否定しようと開いた僕の口に、スプーンを有無を言わさず突っ込んできた。
仕方なく口を閉じてプリンを食べると、彼女は柔らかく微笑んだ。


「雲雀くんて予予甘いもの好きだと思ってたけど、プリンも好きだったのね〜」


そうじゃなくて、僕が好きなのは貴女だよ…。

完全にタイミングを逸したこの状況では、最早その言葉は飲み込むしかなく。
コミュニケーションの難しさに心の中で嘆息しながら、僕は再び口許に運ばれたプリンにぱくりと噛み付いた。

……きっと僕達は大丈夫―――多分。



2011.7.27


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