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僕と彼女と切情


※14話と15話の間のお話。

「キスしたこと…怒ってるの?」


僕の質問に、夕食の後片付けをしていた年上の彼女の手が止まった。
すぐにまた動き出したけれど、明らかにさっきよりぎこちない。


「お、怒ってないわよ」

「それならどうして目を逸らすの?」

「それは…」

「こっちを見なよ」


強く言われて彼女は横に立つ僕を見上げたが、数瞬目を合わせただけですぐに視線を彷徨わせ、手に持っていた皿を流しに置いた。
観覧車でキスをして以来、昴琉は僕をあまり直視しなくなった。
目が合っても今みたいにすぐに逸らされる。
堪らなくなって、気まずさを誤魔化すようにスポンジに伸ばされた彼女の手を掴む。


「……そういう態度取られるとイラつくんだよ」


違う。そうじゃない。
貴女に視線を逸らされると胸が痛いんだ。
キスをしたのを怒っていないなら、普通に接して欲しい…それだけなのに。
どうして僕はこんな言い方しか出来ないんだろう。
ハッとしたように目を見開いて僕を見上げた後、萎縮してしまった彼女は床に視線を落として口を開いた。


「…ごめんね。気を付ける」

「僕が嫌いなの?」

「そんなこと…」

「だったらちゃんと僕を見てよ」


再び強く言われ、昴琉はおずおずと僕を上目遣いで見つめた。
怯えているような、照れているような顔だ。
背筋がゾクリとする。


―――――壊したい。


その表情も。
理由の分からない僕の胸の痛みも。

きゅっと結ばれたその唇にまた触れたら壊せるの?
笑ってよ。いつもみたいに優しく。


そうじゃないとこの痛みはもっと酷くなる。


不意に蘇った貴女の唇の感触と温度に自制心が飛び、僕は彼女の両肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。
僕の唇との距離が近付くにつれ、強張る彼女の肩。
逃れるように彼女が横を向く。


僕は自分の気持ちが知りたい。
そして貴女の気持ちも。



だから―――逃がさない。



昴琉の顔を覗き込んで艶やかな紅い唇に近付く。
もう一度互いの視線が絡んだその時。
テーブルの上に置かれた彼女の携帯電話から電子音が流れ、静かなキッチンに鳴り響いた。
音の長さからメールではなく着信。


「で、出なくちゃ」


彼女はサッと僕の手から逃れて携帯電話に助けを求めた。
心なしかホッとしたようなその表情に、また胸がチクリと痛む。

あのままだったら、きっと僕達はキスをしていた。

顔は背けたけれど、嫌ならもっと暴れたはずだよね?
じゃぁ貴女は僕としてもいいと思ったってこと?
それならどうして中断されてそんな安心した顔するの?


―――僕は貴女としたかったのに。


苛立ちと切ない痛みが増すばかりの胸を掻きむしりたい衝動。
僕は彼女の後姿から視線を逸らして拳を握り、それに堪えるしかなかった。



2011.5.18


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