あたしと彼とクリームソーダ
「お待たせしました〜!クリームソーダです」
ジリジリと太陽が照りつけるある夏の休日。
満面の笑みを浮かべたウエイトレスさんは、あたしと雲雀くんが囲むテーブルに大きなクリームソーダをひとつ置いた。
「あ、あの。二つ頼んだんですけど…」
「只今当店では夏のサプライズキャンペーン中でして。
カップル様で同じお飲み物をご注文の場合は、このようにおひとつにしてご提供させて頂いております」
あたしはウエイトレスさんの言葉に目を丸くした。
つ、つまりそれって…かかか、カップルジュース?!
もう一度置かれたクリームソーダを見る。
通常の物より可愛らしくデコレーションされたそれに挿されたストローは、なるほど、ご丁寧に二本が絡み合ってハートの形を模している。
ちらりと向かい側の雲雀くんを覗き見れば、何やら難しい表情でそれを見つめていた。
や、やっぱり嫌だよね。
雲雀くんだって年頃の男の子だし、何より飲み難いよね。
折角出してくれたからこれはこれでいいとして、もうひとつオーダーしようか。
そう思ってあたしはウエイトレスさんに声を掛けようとしたが、先に口を開いたのは雲雀くんだった。
「構わないよ」
「…へ?でも」
「これでいい」
嫌がると思っていた彼にそう言われてしまっては、あたしも嫌だとは言えない。
ウエイトレスさんはそれを察したのか、運んできた時と同様に満面の笑みを浮かべて「失礼します」と一礼して去って行ってしまった。
ど、どうしよう。
暑さに負けて涼もうと入ったカフェで、よもやこんなことになろうとは…。
「飲まないの?」
溜め息を吐きかけたあたしに、いつもの小生意気な笑みを浮かべた雲雀くんはそう訊いた。
飲まないのって…雲雀くん、恥ずかしくないのかな。
あたしはちょっと恥ずかしいんだけどなぁ。
そうだ。同時に飲むことばかり考えていたけれど、交互に飲めばひとりで飲んでるのと変わらないよね。
それなら恥ずかしくないわ!
何よりすっごく喉も渇いているあたしの眼前で、涼しげに気泡を弾けさせているエメラルドグリーンの液体は魅力的だった。
「じゃ、お先に」
意を決してあたしはストローに口を付け、ちゅーっと吸い上げる。
うーん、冷たくて美味しー。
途端に広がる清涼感にホッとしたのも束の間。
なんと雲雀くんがもう片方のストローに口を付けたではないか。
予想だにしなかった彼の行動に、思わずあたしは吹き出してしまった。
「んぶっ」
ストローを咥えていたままだった為に空気が逆流し、ゴボッと音を立ててクリームソーダの表面を揺らした。
雲雀くんは不服そうにストローから唇を離す。
「……傷付くね、その反応」
「ご、ごめん」
「そんなに嫌かい?」
「い、嫌っていうか、恥ずかしいじゃない」
「僕とカップルだって思われることが?」
「そうじゃなくて…」
「僕は嬉しかったのに」
言い繕おうとしたあたしを、雲雀くんは拗ねた口調で責めた。
同様の視線で睨まれてドキッとする。
…あぁ、そっか。
一部の人には知られているけれど、他人にあたし達の関係を説明する時はいつも『従兄弟』だもんね。
外で手を繋いだりとか、そういう恋人らしいことも殆どしないし。
気兼ねなく『恋人』でいられるのは部屋の中だけ。
つまらなそうにそっぽを向いてクリームソーダを飲んでいた雲雀くんに、あたしは思い切って顔を近付けて一緒にそれを飲んだ。
ひと吸いして離れ、ストローを咥えたまま印象的な漆黒の瞳を見開いた彼に言う。
「あたしもカップルだと思われて、嬉しくないわけじゃないのよ?
ただ、一緒に飲むと君の顔が近くてドキドキしちゃうから…それが恥ずかしいだけなの」
「キスしてる時の方が近いじゃない」
「そ、それとこれとは話が別!だから、一緒に飲むけどあんまりこっち見ないでね!」
「そう言われると余計に見たくなるな」
「んもう!雲雀くんの意地悪っ」
やり場のない恥ずかしさから再びクリームソーダを飲むあたしを見て、雲雀くんは愉しそうにククッと喉の奥で笑った。
2010.7.18
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