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あたしと彼と春風


「きゃっ」


短い悲鳴を上げ、あたしは慌てて風に浮き上がるスカートの裾を押えた。
それを見て横を歩いていた雲雀くんが溜め息を吐く。


「何でこんな風の強い日に、そんなヒラヒラしたスカート穿いてくるのさ」

「だって、こんなに強いと思わなかったしジーンズ洗濯しちゃったんだもん」

「朝の天気予報でちゃんと言ってたでしょ?強くなるって」

「雲雀くんは観てたかもしれないけど、その時あたし食器洗ってたし…ひゃっ」


あたしは再び舞い上がるスカートを押え立ち止まった。
一歩先で立ち止まった雲雀くんは、形の良い口をへの字に曲げ怒りの視線であたしを見下ろす。
遅々として進まない歩みに、彼がご立腹なのは明白だった。
1ヶ月前、出逢った時から彼は自分の気持ちを偽らない子だった。


喜怒哀楽の『怒』に関しては、特に。


でもまぁ今回ばかりはその気持ちは分かる。
徒歩でも然して時間のかからない近所のスーパーに行くだけなのに、この調子じゃいつもの倍の時間がかかりそうだ。
本格的な春が到来する前の洗礼とも言えるこの南風は、女の子にとってやっかいとしか言いようがない。
雲雀くん不機嫌だし、髪も風に吹かれてぐちゃぐちゃだし、ホント最悪。
何よりこのまま雲雀くんを不機嫌なままにして放置しておくのは、自分の身が危ない気がする。
あの隠し持っているトンファーでガツンと殴られ兼ねない。
カッコ悪いし皺になるのは嫌だけど、こうなったら諦めて裾結んじゃおうかな。
風で乱れた漆黒の髪をかき上げて整えている彼に、あたしは小さく微笑みかけた。


「ごめんね。すぐ―――ッ」


殊更強く吹き付けた風に言葉を攫われる。


「…鬱陶しいな」


怖い顔で雲雀くんが呟く。
流石に自分でもイライラしてきたが、怒る沸点があたしより断然低い彼は既にその限界点を突破していたらしい。
雲雀くんは自分の着ているパーカーを脱ぎ距離を詰めると、あっという間にそれをあたしの腰に捲きつける。


「雲雀くん何を…?!」


あたしの問いには答えず、雲雀くんは両袖をお腹の前で絡ませ、力任せにぎゅっと結んだ。


「ちょ、ちょっと!絞め過ぎ…!」

「僕をムカつかせた罰だよ」

「ごめんってば…っ」

「許さない」

「ヘルプ!ヘルプ!ヘーループッ!」


バシバシ彼の二の腕を叩いて降参を告げる。
すると雲雀くんは引っ張っていた袖をパッと放した。
な、中身出るかと思った…。
あたしはお腹を摩りながら、口の端を上げて意地悪な笑みを浮かべている年下の同居人に恨めしい視線を向けた。


「何するのよ、もう!」

「言ったでしょ。ムカついたって」

「だからって…」

「さっさと行くよ。それならスカート捲れないでしょ」

「ぁ…」


そう言われて視線を下に落す。
ピッタリと包むように腰に捲かれた彼のパーカーのお陰で、確かにスカートは捲れないでいた。
あんなに強く結ぶから本当に怒ってるんだと思ったのに…優しいじゃないの。
あたしは既に歩き出していた雲雀くんに小走りで駆け寄り、隣を歩く。


「ありがと、雲雀くん」

「礼は夕食のメニューで返してもらうよ」

「はぃはぃ、ハンバーグね」


見上げればもう雲雀くんの不機嫌は何処かに飛んでいっちゃったみたいで、彼は「目玉焼き付けてね」といつもの小生意気な笑顔をあたしに向けた。



2010.3.18


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