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あたしと彼とおあずけ


「あ、はい。それは確か一番上の棚に…えぇ、そうです」


あたしはグサグサと突き刺さる視線に耐えながら、携帯電話越しに主任に書類の場所を説明する。

視線の主は勿論雲雀くん。

休日ということもあって少し遅めの朝食の準備をしていたところに、休日出勤したという主任から電話が入ったのだ。
電話の相手が主任だと気付いた彼は、すぐさま全身から不機嫌オーラを放出した。
ちらりと横目で雲雀くんを盗み見れば、これ以上ないほど口をへの字に曲げ、切れ長の目を吊り上げてこちらを睨んでいる。
恐らく空腹も彼の機嫌を損なう手伝いをしているに違いない。
急に世間話を始めた主任に当たり障りのない返事をしながら、あたしは心の中で大きく溜め息を吐いた。

うぅ、ついさっきまで休日の爽やかな朝だったのに…。

視線の先にあるコーヒーは既にフィルターを通過して落ち切っているし、トースターには香ばしく焼けた食パンが取り出されず放置されている。
いつもなら雲雀くんが手伝ってくれるが、何もせずにいるのは早く電話を切れという無言の圧力に他ならない。
…いや、もう無言どころか言ってるようなもんだけれど。
この後どうやって雲雀くんの機嫌を取ろうかと考えを巡らせた時だった。
背後から急に腰を攫われる。
次の瞬間首筋を襲った柔らかく温かい感触に、あたしは思わず声を上げてしまった。


「ひゃっ!」

『どうかした?』

「な、何でもないです…!ちょっと、すみません」


不思議そうに訊く主任に謝って、携帯電話の通話口を手で押える。
こんの悪戯っ子…!
あたしは首を回して、今度は覗き込むように頬に唇を寄せる雲雀くんを小声で窘めた。


「ちょ、ちょっと…!良い子だからもう少しだけ待って。ね?」

「待てない」


あからさまな不機嫌声でそう言った彼は、あたしから携帯電話をひょいっと取り上げると自身の耳に当てた。


「やぁ、主任。僕達これから朝食なんだ。
 用事が済んだのなら邪魔しないでくれる?」


低めの声でそれだけ言うと、雲雀くんは何の躊躇もなく電話を切ってしまった。
ご丁寧に電源まで切ってそれをテーブルの上に置くと、彼は再びあたしを両腕で抱き寄せる。
仕事の話は終わっていたから切られても問題ないけれど、やっぱり主任に失礼なことに変わりはない。
あたしは少し困って、未だ不機嫌な彼を見上げた。


「んもう…あたしどんな顔して月曜出勤すればいいのよ」

「知らない」

「あのねぇ…」

「…休みの日は朝から晩まで貴女の時間は僕のモノだよ。
 一瞬だって他の人間にはやらない」


雲雀くんは少々拗ねたように呟いて、あたしを抱く腕に力を込めた。

―――やだ。きゅんときた。

雲雀くん。君は朝からあたしを心臓発作で殺す気ですか。
言ってることは無茶苦茶なんだけれど、好きな人にそんなこと言われて嬉しくない女はいない。
それにあたしだって一日中君と一緒にいられる休日を無駄にしたくないもの。
可愛いことを言ってくれた年下の彼を勿論怒る気になんてなれなくて。
あたしはちょっと背伸びをして雲雀くんにキスをした。


「おあずけしちゃってごめんね。さ、ご飯食べよ」


大好きな彼ににっこり微笑みかける。
あたしの行動は彼にとって予想外だったようだ。
綺麗な漆黒の瞳を見開き固まっていた雲雀くんは、一瞬の内に頬を赤く染めると素直にコクンと頷いた。



2009.10.16


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