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僕と彼女と些細な疑問


※引っ越す前のお話。

―――少し遅くなってしまった。

僕は風紀財団の屋敷の廊下を、普段より些か急ぎ足で歩いていた。
仕事の話にまさか同席させるわけにもいかず、こちらに来たばかりの昴琉をひとり部屋に待たせてあるのだ。
この屋敷に居る限り危険はないが、何があるかなんて分からないし彼女の行動力は侮れない。


案の定、昴琉は部屋から出ていた。


彼女は廊下に出て手摺に身を預け、白く細い指に止まるヒバードを優しく撫でている。
…一瞬、僕はその穏やかな光景に見惚れてしまった。

先に僕に気付いたのはヒバードだった。
小さな翼をパタパタと動かし、真っ直ぐこちらに飛んできて僕の左肩に止まる。
それを見た昴琉は手摺から離れ「お帰りなさい」と柔らかく微笑んだ。
僕の心配を余所に呑気な彼女の態度に、少しムッとして口を開く。


「部屋で待っててって言ったでしょ」

「空気入れ替えようと思って襖を開けたら、ヒバードが見えて、つい。…ごめんね」


彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げ、目の前に歩み寄った僕を見上げた。
文句のひとつも言ってやりたいけれど、やっと再会を果した愛しいヒトにそんな顔をされては怒るに怒れない。
それに喧嘩をしたいわけじゃない。
僕は言葉で責める代わりに彼女の腰を攫ってきつく抱き締めた。


「い、痛いよ、雲雀くん」

「痛くしてるんだよ」

「だから、ごめんってば…!」


予想外に強く抱き締められて苦しかったのだろう。
僕の腕の中で顔を真っ赤にして身を捩り、慌てふためく昴琉の姿に僕は溜飲を下げた。
腕を緩めると彼女はホッとしたように息を吐き、何か思い出したように可愛い唇から「あっ」と声を漏らした。


「ねぇ雲雀くん。ひとつ訊いてもいい?」

「何?」

「あたし達がもう一度出逢うには、雲雀くんがもう一度あたしの世界に来るって方法もあったわけじゃない?」

「そうだね」

「どうして雲雀くんはあたしをこちらに呼ぶ方を選んだの?」


彼女は不思議そうに首を傾げて僕の目を覗き込んできた。
本当に分からないといった表情。
大人であっても分からないことを素直に訊ける彼女の性格は好ましい。
僕は口角を上げ、柔らかな彼女の頬を撫でながら質問に答えた。


「…簡単な理由だよ」

「簡単?」

「だって、僕がもう一度貴女の世界に行ったとしても、貴女はまた僕を送り帰すだろ?
 ―――もう二度と離れ離れになるのはごめんだからね」


そう、昴琉ならば僕を思ってそうするに違いない。
それは僕にとって非常に面白くない選択だけど、そんな彼女だからこそ愛しくも思う。
昴琉は僕の言葉に小さく息を呑んだ。
そして再び申し訳なさそうな顔をすると、綺麗な瞳を潤ませて僕の胸に顔を埋めた。


「あたしも…ごめんだわ」


消え入りそうな小さな声だったけれど、しっかりと聴き取れた。
同じ気持ちを抱いてくれたことが、嬉しい。
きゅっと僕の服を掴んだ昴琉の頭にキスを落すと、彼女は耳を真っ赤にして益々顔を埋めてしまった。
その様子を左肩に止まったままのヒバードが、何度も首を傾げて見ていた。



2009.9.9


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