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あんなに近くに海があるというのに…。

身体を時折伝う汗に、あたしはいい加減うんざりしていた。
あれから彼此小1時間は経過している。
パラソルのお陰で直射日光からは逃れているが、暑さばかりはどうしようもない。
まるで砂漠にでもいるような気持ちになる。
雲雀くんが膝を枕にしているせいで、保冷バッグまで手が届かず飲み物も取れない。
きっとこれも彼の計算の内。
その上今はパーカー2着とバスタオルに包まれた状態だ。

―――そろそろ我慢の限界だった。


「雲雀くん。そろそろ機嫌直して?」

「……」

「ねぇ、お願い。頭クラクラするの。これ以上は、もう…」


彼に膝を貸したまま、あたしは瞼を閉じてパタリと仰向けに倒れた。
うぅ、太腿がちょっと伸びる…。


「昴琉…?!」


異変に気が付いた雲雀くんは、横たえていた身体を素早く起こしあたしを抱き起こす。
そっと薄目を開けて様子を窺うと、案の定心配顔で覗き込む君。
サングラスをかけているけれど、その目元まで想像出来てちょっと可笑しい。
可愛いなぁ、もう。
自分の受けた罰の仕返しにはちょっと足りない気がするけど…まぁいいか。
ペロッと舌を出すと、雲雀くんがサングラスの下で綺麗な漆黒の瞳を見開いたのが分かった。


「ビックリした?」

「…騙したね」

「倒れるのはオーバーだったけど、クラクラするのは本当。
 もう限界。海まで来て君と険悪ムードなんて満喫したくないのよ。
 ねぇ、お願い。意地悪しないで?」


彼の首に腕を回して上目遣いに甘えてみる。
ズルイかもしれないけど年下の彼がこういう仕草に弱いのは知っている。
案の定、雲雀くんは一気に耳まで赤くなった。
そしてコホンとひとつ咳払い。


「…仕方ないな。体調を崩させるのは本意じゃないからね」

「ふふ、雲雀くんは優しいね。
 きっと限界まで頑張ったご褒美に、冷た〜いかき氷なんか買ってきてくれるんだろうなぁ〜」

「僕に命令するつもり?」

「まさか」


にっこり微笑む。
暫しの沈黙と視線の応酬。
先にそれを中断したのは雲雀くんの方だった。


「…分かったよ。買ってきてあげる。
 但し僕が買いに行ってる間、パーカーもバスタオルもそのままで待ってて。いいね?」

「うん」


「良い返事だね」とあたしの頬にキスをして、雲雀くんは立ち上がり海の家の方へ歩き出した。
ふぅ…何とか機嫌直ったみたい。
怒ってしまった手前切り出せなかっただけで、きっと彼も仲直りの切っ掛けを探していたんだよね。
そうじゃなければ寝ているはずの雲雀くんがあんなに早く反応するとは思えないもの。
さっきの雲雀くんの心配そうな顔を思い出して、ちょっぴり幸せに浸っていると「昴琉さん?」と横で声がした。
仰ぎ見ると両手いっぱいにペットボトルを抱えたツナくんが立っていた。
眩しい位の太陽光を浴びながら、彼は「やっぱり!」と白い歯を見せてにっこり笑って傍にしゃがみ込んだ。
屈託のない笑顔にあたしの頬も自然と緩む。


「こんにちは!ツナくんもみんなと海水浴?」

「あ、はい。昴琉さんもヒバリさんと?」

「うん。今かき氷買いに行ってくれてる」

「ひ、ヒバリさんがかき氷?!あはは、オレちょっと想像つかないや」

「あれで結構甘い物好きなのよ?」

「へぇ〜…って、ところで昴琉さんなんでそんなに厚着してるんですか…?」

「あー…ちょっと訳ありで。あはは」


草壁くんに優しくした罰ですなんてツナくんに言ったら呆れられちゃう。
お茶を濁したあたしの言葉に彼は首を傾げたが、何か思い出したような顔をした。


「オレ達これからスイカ割りするんですけど一緒にどうですか?」

「スイカ割り?!いいわね、楽しそう。あ、でも雲雀くんが何て言うか…」


その時、あたしとツナくんの間をヒュッと風を切って何かが通る。
砂浜にドスッと音を立てて突き刺さったのは、見覚えのある金属製のトンファー。
驚きのあまり、ツナくんは抱えていたペットボトルを放り出し尻餅をついてしまった。


「ヒィッ!!」

「雲雀くん…!」

「全く、次から次へと…」


彼は手に持ったかき氷をあたしに持たせ、砂に突き刺さったトンファーを抜き取る。
一体何処に仕舞ってたんだろ。
雲雀くんは尻餅をついたままのツナくんを冷たく見下ろした。


「何の用だい。沢田綱吉」

「あ、あの…!えっと…!」

「そう目くじら立てないで。
 これからスイカ割りするからどうですかって、誘ってくれてただけなんだから」


驚いて上手く言葉の出てこないツナくんの代わりにあたしが説明する。
雲雀くんはあたしの横に腰を下ろすと肩を抱いてぐいっと自分の方へ引き寄せた。
わ、かき氷零れる…!
彼は不機嫌オーラを隠すこと無く、更にその綺麗な顔に不敵な笑みを浮かべてツナくんを見た。


「見ての通り僕は昴琉とお楽しみ中だから、邪魔しないでくれる?
 あぁでも…君がスイカの代わりを務めるって言うのなら、参加してあげてもいいよ」


雲雀くんはあたしを抱くのとは反対側の手で愛用のトンファーをクルッと一回転させた。
さらっと怖いこと言ったよ、この子。
ツナくんの顔が一気に蒼褪める。
そりゃそうだ。雲雀くんなら本当にツナくんを砂に埋めてスイカ割りをやりかねない。


「はは、あはは…し、失礼しましたぁぁぁーーー!」


彼は急いで落したペットボトルを拾って、走り去ってしまった。
な、何かつい1時間前にも同じ光景を見たような…っていうかマフィアのボスを怖がらせる雲雀くんって…。
思わず小さく溜め息を吐くと、具合が悪いのだと勘違いした雲雀くんが顔を覗き込んできた。


「辛いの?」

「ううん、大丈夫。さ、溶ける前に一緒にかき氷食べよ?」


にっこり笑うと雲雀くんは柔らかく笑って「うん」と頷き、あたしに着せたパーカーのファスナーを下ろしてくれた。


***


かき氷を食べ終わると雲雀くんは「泳ぎに行こう」とあたしを誘った。
しかし彼は何故か目の前の海には向かわず、ビーチの端の方へ歩いていく。
その内段々海水浴客も疎らになっていく。


「ねぇ、雲雀くん。何処まで行くの?」


砂浜ということもあっていい加減歩き疲れ、あたしは繋いだ雲雀くんの手を引っ張った。
もうここはビーチの端も端。
人っ子一人いないし海には所々岩も見えて、とてもじゃないけど泳ぎを楽しめるとは思えない。
彼は立ち止まって周囲に視線を巡らせると、突然あたしを抱き上げた。
そして躊躇うこと無くそのまま海に入って、あろうことかあたしを抱えていた手を放した。


「!!!」


バシャンッと水飛沫が上がり、その衝撃に一瞬息が詰まる。
海に落されたあたしは一瞬にしてずぶ濡れになってしまった。
ある程度の深さがあったものの、水面に強かに打ちつけたのだから堪らない。
い、痛ぁ…っ
胸の下まで海水に浸かりじんじんするお尻を両手で押えて、雲雀くんに非難の視線を送る。
文句を言おうと開きかけた唇を素早く彼に塞がれる。
初めから深く、性急なキス。
雲雀くん自身も海に身を沈めて、あたしの身体を抱き締める。
冷たく心地好い海の中だというのに、身体が火照る。
暫く思うままに口付けた彼は、名残惜しそうにあたしの唇を解放した。


「やっと2人になれた」


どこかホッとしたようにそう呟いて、雲雀くんは漆黒の瞳であたしを見据える。
その艶っぽさにドキッとする。

―――――目を逸らしたいのに、逸らせない。


「今日は久し振りのデートを堪能しようと思ったのに…僕以外と群れるなんてどういうつもり?」

「む、群れるって…。
 あたしだって今日は君といっぱい遊んで、楽しい夏の思い出作ろうと思ってたのよ?
 雲雀くんが喜んでくれるならと思って、恥ずかしいけどこの水着だって着たのに…」


あたしは少ししゅんとして俯き、胸元のリボンを引っ張る。
スカート付きとはいえ、やはりビキニを着るのは勇気が要った。
それでも恥を忍んで着たのは彼の喜ぶ顔が見たいから。


「昴琉…」


雲雀くんは優しく名前を呼んで、俯いたあたしの顎を掬って上向かせる。


「それは凄く嬉しいんだけどね。
 草食動物達や赤の他人に水着姿の貴女を鑑賞されるのは面白くないんだ」

「だからあたしをミイラにしたの…?」


雲雀くんはあたしから視線を外すと、少し気まずそうにこくんと頷いた。
そう思ってくれるのは嬉しいけど、また何て子供じみた真似を…。
あたしは呆気に取られてポカンとしてしまった。
雲雀くんは目を閉じて、気持ちを入れ替えるように深呼吸をした。


「兎に角。ここなら貴女を他の男の視線に晒さなくてすむ。
 それに思い出を作りたいならまだ時間はたっぷりある。
 ……だから昴琉。楽しい夏の思い出、僕にくれる?」


大好きな年下の彼に熱を孕んだ瞳で甘くせがまれては、拒否なんて出来るわけがない。
顔を赤らめてこくんと頷けば、不敵に笑った彼にまた唇を奪われて。


あぁ…君のキスは照りつける真夏の太陽よりも熱くて、溶けてしまいそう。


何だかんだ言いながら甘えさせてくれる彼の腕の中で、穏やかな波に揺られ愛される。
こんな素敵で幸せな思い出なら、もっと欲しいと思っては贅沢かな?
けれど心はどうしたって君を求めるから。
優しく口付けてくれる彼の背中に、あたしはそっと腕を回した。


―――――あたしと雲雀くんの夏休みは今始まったばかりだ。



summer vacation 後編
END
2009.8.19



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