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「わ、凄い人…」


水着を買ってもらった翌日。
並盛海岸の駐車場に停めた車から降りて、砂浜を見渡したあたしは思わずひとりごちた。
そこにひしめくパラソルと海水浴客の多さにちょっと気圧されたのだ。
世の中夏休みなんだからそんなの簡単に想像出来たはずなのに、平日だと思って甘く見てたわ。
同じく車から降りた雲雀くんをそっと見遣る。
彼と海に来られる嬉しさで忘れていたけれど、こんなに人が多いんじゃ群れるのが嫌いな雲雀くんが不機嫌にならないわけがない。
そう思ったのだけれど…あたしの視線に気が付いた彼は予想外にその端整な顔に笑みを浮かべた。
あれ?機嫌悪くないんだ。


「場所なら心配ないよ。既に哲が確保済みだから」

「えぇ?!く、草壁くんが?」


仕事ならまだしも私用で草壁くんを使うなんて…雲雀くんたらまた職権乱用してる…。
草壁くんに迷惑をかけてしまったと申し訳なく思って肩を落しているあたしに、雲雀くんはトランクを開けて荷物を取り出しながら言った。


「そんな顔してないで、着替えてくれば?」

「あ、うん。そうだね。それじゃ面倒だしここで…」

「ちょ、ちょっと…!昴琉…ッ」


着ていたワンピースに手をかけたあたしを、珍しく慌てた雲雀くんが抱き締めて止める。


「な、何?」

「何って…!こんな所で着替えるバカが何処にいるの…ッ
 僕はマンションから水着着て来てるけど、貴女は…」

「着てるよ、あたしも」

「…え?」

「だから、水着。下に着てるの」


いくらあたしだって駐車場で裸になる度胸は持ち合わせていない。
久し振りの海だし、大好きな雲雀くんとのデートだもの。
着替える時間すら勿体無い。
ワンピースの胸元を引っ張って、中に着ている水着を彼に見せる。
「ね?」とにっこり微笑んで心なしか頬の赤い雲雀くんを見上げると、彼は一瞬言葉に詰まったようだったが、小さく溜め息を吐いてまた抱き寄せるとあたしの頭に顎を乗せた。
そして明らかに脱力した声で呟く。


「貴女って時々することが大胆だよね…」


***


どこまでも続く青い空。
それを飾るようにゆったりと浮かぶ夏雲。
太陽の光を受けてキラキラと輝きながら、砂浜に寄せては返す波。

本当に海に来たんだなぁ。

雲雀くんの隣を歩きながらあたしは少々浮かれていた。
砂に足を取られるあたしの手を引きながら、雲雀くんはニヤニヤしてるあたしを見下ろした。


「…そんなに嬉しいの?」

「うん!」


海から視線を雲雀くんに移してにっこり笑えば、彼も少し嬉しそうに「そう」と微笑んだ。
その笑顔にドキッとする。
いつもカッコいいのだけれど、水着姿の雲雀くんはちょっと新鮮。
ハーフパンツの水着に頭の上にはサングラス乗せちゃって。
羽織ったパーカーから覗く引き締まった身体に、見慣れているはずなのについ視線がいってしまう。
擦れ違う女の子達も見惚れたように雲雀くんを振り返っていた。
ふふ、何かこういうの嬉しいよね。
ちょっと優越感。

それからあたし達はパラソルが連立する中を少し歩き、草壁くんのいるパラソルを見つけた。
名前を呼んで手を振ると、こちらに気がついた彼は立ち上がって一礼しあたし達を迎えてくれた。
この暑さでもきっちりセットされたリーゼントは崩れていなかった。
あたしは両手を顔の前で合わせて彼に謝る。


「草壁くん、ごめんなさい。また雲雀くんが無理言って…」

「いえ、普段の仕事に比べれば大したことではありませんから」


草壁くんは額の汗をタオルで拭きながら、あたしを安心させるように穏やかに笑う。
それとは反対にあたしは素直に笑えず、苦笑いを浮かべてしまった。
…普段一体どんな仕事してるの。
きっと雲雀くんに無理難題吹っ掛けられてるんだろうなと思うと、頭を抱えてその場にしゃがみ込みたくなる。
あ、そうだ!
あたしは雲雀くんがシートに下ろした保冷バッグの中から、凍らせたおしぼりとよく冷やしたペットボトルのお茶を取り出した。


「はい、これ。暑かったでしょ?こんな物しかないけど少し涼んで?」

「あぁ、すみません」


彼はそれらを受け取ると気持ち良さそうに首筋に当てた。
本当に気持ち良さそうな顔をして「天国にいるみたいです」なんて大袈裟に言うから、思わずクスクスと笑ってしまった。
草壁くんはちょっと恥ずかしそうにしながら、それを誤魔化す為か口を開いた。


「よくお似合いですよ、水着」

「あ、ありがと。雲雀くんが選んでくれたの」

「ほう…恭さんが…」

「えぇ」


草壁くんに見つめられて、今度はあたしが照れる番。
雲雀くん以外の知り合いにこの姿を見られるのは彼が初めてで、やっぱり着慣れない水着だし自分のスタイルに自信もないから恥ずかしい。
何だか気恥ずかしくて2人して笑ってしまったその時、背後から腰を抱き寄せられる。


「わっ雲雀くん!」

「哲。僕の昴琉に不埒な視線向けないでくれる?」

「あ、い、いや、そんなつもりでは…」


殺気丸出しの視線に流石の草壁くんも凍り付く。
真夏のビーチだというのに、あたし達の周りだけ温度が氷点下まで下がったんじゃないかと錯覚してしまう。
雲雀くんは彼に怒気を孕んだ視線を向けたまま、静かに言った。


「君もういいから。帰って」

「そんな、少しくらい…」


いいじゃないと言おうとして、彼に鋭く睨まれ口籠る。
う…怖い。
草壁くんは「し、失礼しました」と半ば逃げるように海の家の方へ行ってしまった。
場所取りさせられた上に怒られて帰されるって、物凄く可哀想に思えるんですけど…。
今のはあんまりだと文句を言おうと彼を振り仰ぐと、両肩を掴まれぐるんと彼の方に向かされる。
不機嫌顔の雲雀くんは自分の羽織っていたパーカーを脱ぐと、あたしにそれを羽織らせ袖を通す暇も与えず前のファスナーを一番上まで引き上げた。
既にあたしも自分のパーカーを着ているから、重ね着させられたわけで。


「な、何?」

「……」


彼は質問には答えずあたしの脚を見ると、既に寄っている眉間の皺をより深くした。
雲雀くんに上からぐっと肩を押されて、シートの上に尻餅をつくように座る。
砂浜のお陰で大して痛くは無かったが、袖を通していないから手を付いて衝撃を吸収する事は出来なかった。
んもう…一体何なの?
雲雀くんはバッグから大きめのバスタオルを取り出すと、今度はあたしの脚を包むように巻く。
正しくミイラ状態。


「あ、暑いよ、雲雀くん」

「哲なんかに優しくした罰だよ」

「そんな…!」


雲雀くんはあたしの膝を枕にして、仰向けにごろんと寝転がった。
頭に乗せていたサングラスをかけて目元隠し、すっかり一眠りする体制だ。
天邪鬼な性格は今に始まったことではないけれど、折角海に来たのに…。
しょうのない子。
仕方なくあたしは彼の枕になるという状況を受け入れることにした。
パーカーの中で何とかもがいて袖を通し、惜しげもなく肌を晒している雲雀くんに声をかける。


「ねぇ…いくらパラソルがあるからって、日焼けするよ?
 雲雀くん色白いんだから急に焼くと危ないよ」

「僕はそんなに柔じゃない」

「そんなこと言わないで、せめて日焼け止め塗ろうよ」

「いらない」


彼はぷぃっと向こう側に顔を背けてしまった。
あーぁ、すっかり機嫌損ねちゃった…。
彼の怒りはへの字に曲げられた口や、未だ刻まれたままの眉間の皺に表れている。
この分だと今日は和気藹々と海に入る事は出来なさそうだと、あたしはひとり溜め息を吐いた。



summer vacation 中編
2009.8.5



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