日曜のお昼。
昨夜作り過ぎてしまった夏野菜をたっぷり入れたカレーを掬ったスプーンを持ったまま、あたしは彼の提案に目を瞬かせた。
「海?」
「そう、海。たまにはいいでしょ?」
「んー…いいけど」
何で急に海…?
カレーを口に運びながら心当たりを探す。
…あ。そういえば2、3日前の夜に夏休みの行楽特集番組観てたっけ。
そんなにあたし羨ましそうにしてたのかしら。
今は落ち着いたようだけれど、ちょっと前まで雲雀くんの仕事が忙しくて。
買い物以外のお出かけは我慢しなくちゃと思う反面、雲雀くんと一緒に何処かに出掛けられたらいいなと淋しく思ってそれを観ていたのは確かだけれど。
雲雀くん…もしかしたらそれに気付いて気を遣ってくれているのかも。
あたしのことをよく見てくれてるっていうか、何というか…ちょっと嬉しい。
エアコンの効いた涼しい部屋も捨て難いが、夏本来の暑さを満喫するというのもそれはそれでアリよね。
何より雲雀くんと出かけられるのなら、それほど嬉しいことはない。
考え耽っていたあたしに、彼は怪訝そうな顔を向けた。
「何か問題ある?」
「ううん。あ、でもあたし水着持ってないよ」
「なら買いに行こうか」
「え?い、今から?」
「善は急げっていうでしょ?」
昼食を食べ終えた雲雀くんは椅子から立ち上がると、口の端を上げてニッと笑った。
***
やって来たのはこちらの世界での日用品や服を買い揃えたデパート。
その水着売り場に来た雲雀くんは、何の躊躇いもなしにあたし用の水着を選び始めた。
女性だらけのこんな場所で臆面も無く…。
何処かカフェにでも入って待っててと言ったんだけれど、彼は頑として首を縦に振らず一緒に選ぶと言い張った。
下着じゃないだけマシだけど、彼の妙に愉しそうな表情が引っ掛かる。
……嫌な予感。
うん。とっとと選んで帰ろう。そうしよう。
何が何でも彼より先に気に入る物を探さなくてはと意気込んで、何着目かの水着に手をかけた時に雲雀くんに呼ばれた。
「昴琉、来て」
「え?え?あ、ちょっと…!」
あたしの肩に手を回した雲雀くんは、有無を言わさず試着室へ連れていき中に押し込めた。
そして一着の水着をあたしに持たせる。
「これ着てみてよ」
口角を上げて少し悪戯っぽく笑った彼は、そう言って試着室のカーテンをシャッと閉めた。
ひ、ひたすらに嫌な予感しかしない…。
彼に渡された水着を恐る恐る見てギョッとする。
目が飛び出るって表現はきっと今この瞬間の為にあるんだわ。
な、何なのよ、この紐ビキニ…!
しかも白!
雲雀くん…君も男の子なんですね。
大きな溜め息を漏らし、あたしはガックリと肩を落した。
こういうのはさ、サーファーさんのように健康的に日焼けして、引き締まったナイスバディな人用であって、あたしみたいなのが着たって様にならないのよ。
どうして男の子ってこういうの好きなのかしら…。
自分と向き合うように持って、あたしは紐ビキニを睨み付けた。
今まで海やプールに行った事はあるが、タンキニタイプの露出の少ない水着を愛用してきた。
こうやって見てる分には可愛いんだけどなぁ、ビキニ。
―――――ちょっと試着するだけなら…いいかな。
こんな時くらいしか着る機会ないし、似合わなくてガッカリするのは目に見えてるけど、ちょっと興味はあったりして。
ここには自分しかいないわけだし。
あたしは湧き上がった好奇心に勝てず、ちょっと試着してみることにした。
ささっと着替える。
あたしは足元の方からゆっくり視線を上にずらして、鏡に映る自分を見た。
思ったより変じゃないかも。
でもこんな姿、恥ずかし過ぎて絶対他人には見せられないわ。
まして雲雀くんになんて…。
と思った瞬間背後から声を掛けられた。
「どう?」
「きゃぁ!ちょ、ちょっと…!やだ、何覗いてるのよっ」
あたしは慌てて自分の身体を抱いて、カーテンの隙間に頭を突っ込んできた雲雀くんの視線から隠した。
何と言っても着ている水着のデザインがデザインだから、下着姿を見られているように恥ずかしい。
顔を真っ赤にして抗議の視線を送るあたしを、彼は上から下までじっくりと舐るように見た。
「ワォ。いやらしいね」
「なっ!使用中の試着室を覗く君が言う?!」
「着替え終わってるじゃない。
でもまぁ…こんなに色っぽい貴女を他の草食動物達に見せるわけにはいかないな」
そう言うと彼は別の水着をカーテンの隙間から中へ差し入れた。
出来る限り身体を隠しながら受け取ると、それはビキニだけれどスカート付きの物だった。
胸元には大きめのリボンとフリルがあしらわれていて、なかなか可愛い。
さり気なくあたしの好みを把握してくれている彼に、不覚にも少し胸がきゅんとしてしまった。
…まぁ、この程度なら着てても恥ずかしくないかな。
どうせなら彼が喜んでくれる物を着たい。
取り敢えず試着してみようとして、まだ雲雀くんが覗いているのに気が付いた。
「んもう!いつまで見てるのよ、エッチ」
あたしは彼をカーテンの向こうへ追いやって再び試着することにした。
***
結局後から雲雀くんが持って来てくれた水着に決めて、雲雀くんも新しい水着を買って。
ついでに夕食の食材も買ってマンションに帰って来た。
洗い物を終えたあたしはエプロンも取らずに寝室へ向かい、水着の入った紙袋を漁る。
紙袋の中には他にも、ビーチサンダルや上に羽織るパーカー、大きめのバスタオルなんかも一緒に入っている。
海かぁ…久し振りだなぁ。
彼とのデートも久し振りだから、実は凄く嬉しくて。
遠足前の子供がワクワクを押えきれず、折角仕舞ったリュックからおやつのお菓子を取り出して何度も眺める気分に似てるかも。
そう思うと我ながら可笑しくて苦笑が漏れる。
手に触れた水着を取り出して、あたしは試着室同様ギョッとした。
それは一番初めに試着した真っ白な紐ビキニ。
いつの間に…!
あの時会計をしたのは雲雀くんだった。
きっとその時紛れ込ませて買ったのね?!
慌てて紙袋を引っくり返すと、スカート付きの水着も出てきた。
よ、良かった…い、いや!良くないっ
あたしはそれを引っ掴んで、リビングにいる雲雀くんの元へ向かいそれを彼に突きつける。
「ひ、雲雀くん!コレ…!」
ソファで本を読んでいた彼は視線をこちらに移すと、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「あぁ、それは僕の鑑賞用」
「か、鑑賞用?!」
彼はククッと喉の奥で笑って、顔を真っ赤にして口をパクパクしているあたしを引き寄せて膝の上に座らせた。
「水着自体に興味は無いけど、それを着た昴琉は飛び切り色っぽくて可愛いからね。
さっきだって外じゃなかったら咬み殺したかったくらいさ」
「ば、バカ…ッ」
どうしてそうさらっと恥ずかしい台詞言えるかな…!
褒めてくれているのは分かるけど、恥ずかしさに益々あたしの顔は火照った。
彼はまた喉の奥で笑うと、あたしの耳元へ唇を寄せて呟く。
「…それに他の楽しみ方もあるしね」
「へ…?」
艶やかに微笑んだ雲雀くんは、思わせ振りに腰で結わかれたエプロンの紐を解き、そっとあたしの唇を塞いだ。
summer vacation 前編
2009.8.1
※フリー配布は終了しています。
←|
list|
→