黒曜ヘルシーランドの廃墟の一室で、僕はクロームの身体を借りアルコバレーノの赤ん坊と会っていた。
彼がここへ訪れたのはつい先刻。
犬と千種には席を外してもらい、今この部屋にはアルコバレーノと僕の2人きり。
「牢獄暮らしに飽きてないか、骸」
「人使いの荒い赤ん坊のお陰で、散歩に忙しくてね。
退屈する暇もありませんよ。クフフフ…」
「それだけ減らず口が叩けるなら平気そうだな」
薄暗い室内の窓際のソファに腰掛けた僕に、彼は不敵な笑みを向けた。
彼の名は、確かリボーンと言ったか。
マフィア界最強の赤ん坊と謳われる7人のアルコバレーノのひとりだ。
今は隣町に住むボンゴレ次期ボス候補、沢田綱吉の家庭教師に就いている。
「さぁ、世間話はこれくらいにして本題に入りましょうか。
あちらに渡る為にも、限られた力は温存しておきたいのでね」
「あぁ、分かってる」
「……それで、ボンゴレは何と?」
僕はアルコバレーノに彼の教え子が出した答えを促した。
彼は一度大きく息を吐くと、声を少し落として僕の問いに答えた。
「ツナはヒバリをこちらに連れ戻すのを拒んだ。
ヒバリ自身がこちらに帰ってきたいならいざ知らず、自分の為に2人を引き裂くことは出来ないとさ」
「……クフフフ、予想通りの返答だ。相変わらず彼は甘いですね」
「全くだ」
目の前の小さな赤ん坊は大仰に溜め息を吐いた。
その反応で僕は確信する。
「アルコバレーノ。貴方はこのままにしておく気はないのですね?」
「流石に察しがいいな」
「クフフ、経験上そういうことには鼻が利くんですよ」
―――マフィアを呪い、その殲滅の為に裏で数多の悪行をしてきましたからね。
尤も罪悪感なんて弱い心は持ち合わせていませんが。
口には出さず心の中に言葉を留めて、僕は話を続けた。
「それで、例のモノは完成したのですか?」
「あぁ、ここにあるぞ」
彼はこちらに歩み寄ると持っていた小さなアタッシュケースを差し出してきた。
僕はそれを受け取り中身を確認する。
アタッシュケースの中には銃が一丁とひとつの弾丸が納められていた。
破けたカーテンの隙間から差し込む光を反射して銃身が鈍く光る。
普通の銃に見えるが、これはボヴィーノとボンゴレが共同開発した雲雀恭弥の為の帰還用の銃と弾丸だ。
『10年バズーカ』の故障は直っているが、どうやらその効力は異世界まで届かないらしかった。
故障が直ってもこちらに彼が戻って来ないのがその証拠。
だからこの銃を使わずして雲雀恭弥がこちらに帰ってくることはない。
僕は銃を手に取って確かめる。
「これくらいの質量なら、僕の力であちらに実体化させられる。
しかし問題は彼が僕を拒まず耳を貸すかどうか…。
もし仮に話を聞いたとしても、あの状態では雲雀恭弥がこちらに戻ることを選択する確率は低い…」
「おまえ自身があちらに実体化することは出来ねぇのか?」
「こちらで実体化するのにも大量の力を使うんです。憑代があっても出来るかどうか…」
「他に手はないのか?」
「……ありますよ。雲雀恭弥の想い人を利用するんです」
僕は膝の上のアタッシュケースに落としていた視線をアルコバレーノに移した。
彼の小さな身体がピクッと動いた。
「桜塚昴琉、か」
「えぇ。彼の夢を覗き見る限り、彼女はとてもお人好しのようですし。
彼女が雲雀恭弥を愛していたとしても、彼がこちらに戻れる方法があると知れば…或いは……」
「協力を得られると?彼女の想いを逆手に取るのか」
「まぁ、そんなところです」
アルコバレーノは小さな手を顎に当てて考え込んだ。
我ながら非道な策だとは思う。
だが是が非でもこちらに雲雀恭弥を連れ戻すのなら、彼の不意を突ける桜塚昴琉の存在を利用しない手はない。
雲雀恭弥を想う彼女には酷な話だが、これが一番確実だろう。
すぐに僕の案を否定しないのはアルコバレーノもそれを分かっているからだ。
そこまでして彼を連れ戻し、ボンゴレの守護者を務めさせたいのか。
―――――本当にマフィアとは……醜い。
「…止むを得ないな。ヒバリがどうしても戻らないと拒否した時は、その手でいこう」
「分かりました。一先ず僕はもう一度彼の夢に入り込むことにしましょう。
それでもダメな場合は桜塚昴琉に接触を図ります」
「あぁ、頼むぞ」
一度決断した彼の表情に迷いは窺えない。
いくつもの修羅場を潜り抜けて来た者だけが持ち得る風格だ。
この男もまた僕とは違う地獄を見て来たのだろうか。
だが…それも僕には関係のないこと。
「クフフフ…しかし、貴方も人が悪い。
ボンゴレが出す答えを知っていながら、彼に選択を迫るなんて」
「アイツにはボスとしての自覚を持ってもらわねーとな。
この先、ツナにも大きな決断を下さなきゃいけない時が必ず来る。
いつまでも逃げ回る甘ちゃんのままでは困るんだ」
「その為には手段を選ばない。
クフフフ…やはり貴方も所詮マフィアなのですね、呪われた赤ん坊」
「今は形振りなんて構っちゃいられねーのは確かだな。
ヒバリの強さは本物だし、アイツを守護者にすればツナの護りはより強固なモノになる。
ツナを立派なボンゴレのボスにするのが9代目との約束だ。
オレは一度受けた依頼は必ず遂行する」
アルコバレーノは目深に被った帽子の内側から、鋭い視線を僕に向けた。
それに含まれた尋常ではない殺気に、戦い好きの雲雀恭弥が彼に固執する理由が分かった気がした。
だがそれも一瞬の出来事。
小さな赤ん坊はニッを笑うと、冗談めかしてこう言った。
「それにしてもおまえ、またヒバリに嫌われるな」
「そうですね。しかし元々慣れ合うつもりもありませんし、今更彼に嫌われたところで僕は痛くも痒くもありません。
それよりもアルコバレーノ。精々ボンゴレを鍛えておいて下さい。
彼の身体は近い未来僕のモノになるのですから」
「フッおまえにツナをくれてやるつもりはねーが、アイツの下で働きたいと思えるくらいには鍛えといてやるぞ」
「クフフ、それは面白い。貴方のお手並み、拝見させて頂きましょう。
…さて、これで話が終わりなら僕はそろそろ戻ります」
「最後にひとつ」
アルコバレーノは声のトーンを落として呟く。
「この件は然るべき時が来るまで、ツナには秘密にしておいてくれ」
「……僕も貴方も損な役回りですね」
「全くだな」
彼の言葉に、僕は静かに笑った。
結局は彼も知ってしまうことなのに。
教え子の心が痛む時を少しでも先延ばしにしてやりたいという親心か。
師弟揃って甘いことだ。
―――それに付き合っている僕もまた、甘くなったものですね…。
アタッシュケースの中に銃を戻してひと撫でし、僕は苦笑を漏らした。
a quirk of fate in 並盛4
〜家庭教師と霧の守護者の密談〜
2008.11.29
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