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エアコンからゴォォォォーと吐き出される冷風が、暗い寝室を満たしている。
灯りを消したのは、15分ほど前だろうか。
大きなダブルベッドには、あたしだけでなく、雲雀くんもその身を横たえている。
同じベッドで寝るのを了承してからまだ日は浅いが、以前から彼はあたしのベッドに潜り込んでいた。
そのせいなのか、雲雀くんは当たり前のようにあたしを後ろから抱き締めて寝る。
初めこそドキドキして眠れなかったあたしも、徐々にこの状況に慣れさせられ、安心感を覚え始めている。
それでも今夜ばかりは眠れそうにない。
あたしはちょっとだけ迷って、遠慮がちに背後の雲雀くんに声を掛ける。


「…ねぇ」


少しの間を置いて返事。


「―――…何?」


眠りに落ちたばかりだったのだろう。
雲雀くんの声は不機嫌だ。


「ちょっと寒いの。エアコンの設定温度上げてもいいかな?」


そう。あたしが眠れないのは、手足が冷えてしまったせいだった。
床に就く15分前に寝室のエアコンをつけておくのだけれど、明らかに今夜はいつもより寒い。
未だに唸っているエアコンがその証拠。
普段は自分がやるが、今夜は雲雀くんがやってくれた。
設定温度がいつもより低いに違いない。


「やだ。僕は暑い」


あ、暑いって…。
ぴったりとあたしの背中に張り付く雲雀くんを、肩越しに振り返る。


「それなら離れたらいいんじゃない?」

「やだ」


あたしの首筋にぐりぐりと額を押し付けるようにして、益々雲雀くんはあたしにくっついてくる。
羨ましいほどさらさらな彼の黒髪が、素肌を撫でてこそばゆい。
それを我慢して唇を噛むあたしに、雲雀くんは文句を言う。


「第一僕に触れてて寒いってなんなの?タオルケットだって掛けてるじゃない」

「いや、うん。雲雀くんにくっついてるところは、汗ばむくらいですけどね。
 タオルケットはお腹だけだし…爪先とか指先は冷えるのよ」


我が家のタオルケットは、あたしと雲雀くんのお腹に渡すように横にして掛けているこれ一枚だけ。
養父母が使っていたのは古くなっていたから、雲雀くんが転がり込む前に処分してしまっていたし、前の彼が泊まることもあったけれど、入り浸っていたわけでもないから予備を買いはぐっていた。
備えあれば憂いなしっていうけど、年下の彼と住むようになってから毎日がてんやわんやで、タオルケットにまで回す頭の余裕はなかった。

―――あぁ、そういえば。一昨日開けたお砂糖が、買い置き最後の一袋だった。

とか思考が逸れて、全く関係ないことを思い出いしていると、あたしを抱いていた雲雀くんの手が、シーツの上を這うように動き出した。
そしてすぐにあたしの手を探し当て、軽く握る。
…温か〜い。
冷えた手に彼の発する熱が、じんわりと浸透して心地好い。


「…冷たい」

「でしょ?だから設定温度あげてもいい?」

「……仕方ないな。手は握っててあげるから、足は靴下履きなよ」

「いやよー。寝てる時に締め付けられるのはリラックスできないもの」

「我が侭だね、昴琉」

「雲雀くんもね」


抗議がてら、どうあっても設定温度は変えさせない気の雲雀くんから熱を奪ってやろうと、あたしは足の裏でぺしぺし彼の脛を蹴った。
はぁ、と雲雀くんは大仰に溜め息を吐いて、両足であたしの足を挟んで捕まえる。
こうされると、手も足も雲雀くんに捕まっているので、さっきよりは断然温かい。
しかし、これでは寝返りのひとつも打てない。
明日の朝身体が固まっているのは必至だ。
リラックスの欠片もない。

うーん、どうしたものか…。

雲雀くんは設定温度を上げたくないみたいだし…。
あたしがタオルケットに包まるのが一番いいのだろうが、一枚しかない上にシングルサイズだ。
普通に掛けると、暑がっている雲雀くんももれなくタオルケットの中だ。
だからといって、あたしひとりでタオルケットを独占するのは忍びない。
雲雀くんのお腹が冷えたら大変だもの。
寝ていた雲雀くんを起こしてしまったことだし、今夜は素直に靴下を履いてやり過ごすか…。


「雲雀くん、靴下履くからちょっと離し――わっ!んん…っ」


急に身体が反転し、覆い被さってきた雲雀くんに唇を塞がれる。


「んっ…や…ひば、り…くん…っ急に、なに?」

「黙って」


キスの合間に短く呟いて、雲雀くんは唇を重ね続ける。
深く性急なそれに胸がドキドキして、冷えていた身体が熱を帯び始める。
下の方ではなにやら衣擦れの音。
お腹や太腿の辺りに、時折雲雀くんの大きな手が触れる。
彼の動きに合わせて軋むベッド。
まさかという思いが一瞬頭を過ったけれど、あたしにだけは真摯な彼が約束を違うはずがない。
それでも彼の行動の意図が分からず、不安に駆られながらも大人しく口付けに翻弄されていると、唐突に終わりがやって来た。
雲雀くんはキスを終えるや否や、またあたしを背後から抱き締めて寝る体勢に戻る。
さっきと違うのは、あたしの身体がタオルケットで包まれていたこと。
あたしは慌てて言った。


「これはダメ!雲雀くんのお腹が冷えたらどうするの?」

「母親みたいなことを言うんだね、昴琉は」


ククッと背後で雲雀くんが笑う。


「大丈夫。こうやって貴女にくっついてれば、腹なんて冷えないよ」

「でも…!」

「僕が良いって言ってるんだから問題ないでしょ?
 それとも折角寝入った僕を起こした上に、喧嘩売るつもりかい?」

「そんなこと…」

「だったらもうこの話はお仕舞い。
 僕はもう寝る。昴琉も早く寝ないと明日会社遅刻するよ?」


そう言うと雲雀くんは、ふぁ〜と大きな欠伸をした。
…あぁ、ズルい。
本当にこういう時の雲雀くんはズルい。
自分の意見は曲げない俺様なのに、ちゃんとあたしを気遣ってくれる。
困るのよ、こういう優しさ。

―――もっと君を好きになっちゃうじゃない。

誰に見られるわけでもないけれど、あたしは緩んだ口許を、彼が掛けてくれたタオルケットを引き上げて隠した。


「……ありがと、雲雀くん」

「ん…」


愛しいヒトのぶっきら棒な返事は、すぐに規則的な寝息に変わる。
小さな音でも起きるのに、羨ましいくらいの寝つきの早さ。
彼のお陰で適度に身体も温まったし、あたしも寝るとしますか。

次のお休みは雲雀くんを連れて、もう一枚タオルケットを買いに行こう。

ぼんやりと何色が良いかなと考えながら、幸せな気持ちであたしは瞼を閉じた。




2013.8.8



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