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ビュッフェを後にしたあたし達一行は、ゾロゾロとエレベーターに乗り込む。
女性陣は弾んだお茶会の余韻で、まだちょっと興奮気味。

信じられる?
京子ちゃんとハルちゃん、あれから二回もケーキ取りに行ったの!
「安心したらお腹空いちゃったんです」なんて可愛い笑顔で言ってたけれど、合流する前から食べてたのに……凄過ぎる。
かく言うあたしも雲雀くんに食べられちゃったガトーショコラを取りに行って、他にも幾つかお代わりしちゃったんだけどね。
ケーキ取りに行くのについて来た雲雀くんに、「僕手伝わなくても良かったんじゃないの?」ってちょっと呆れられちゃった。

いっぱい話して、いっぱい食べて。

何度も暇そうに欠伸をしていた雲雀くんには悪かったけれど、すっっっごく楽しかった!
楽しい時間って、どうしてあっという間に過ぎてしまうんだろう。
次の機会があると分かっていても、雲雀くんとはまた違うこの温かさを一度手放さなくちゃいけないのは……ちょっと淋しい。

それでもエレベーターは、何度か途中で他のお客さんを乗せたものの、順調にロビーへと降りた。
このままみんなは帰る流れ…だよね。

ど、どうしよう…。

少し名残惜しい気持ちと並行しつつ、実は内心焦っていた。
御承知の通り、今夜は雲雀くんと一緒に先程のスイートルームに泊まることになっている。
でもまだそれをみんなには伝えていない。
だって…だって…!


普通に帰れる距離に自宅があるのにホテルに泊まるなんて、ちょっと恥ずかしくない?!


単に言いそびれたっていうのもあるけれど、あんなことがあった当日だよ?
勘の良い人―――いや、どんな鈍い人だって、それが何を意味するのか分かるってものよ。
特に恋愛に関して敏感そうなビアンキさんはすぐに察しそう。
迎えに来てもらう約束をしていた草壁くんには、ビュッフェに行く前に雲雀くんが連絡を入れてくれたけれど…。

隣を歩く雲雀くんをこっそり仰ぎ見るが、彼はいつも通りの自然体。

あたしひとりで意識し過ぎなのかしら…。
べ、別に婚約してるんだし、隠すことでもない、か…―――でもやっぱり駄目。
どうしても泊まるというのは恥ずかしくて言えない。
みんなに嘘を吐くのは心苦しいけれど…あぁ、どうにかバレない方法はないかしら…。


―――そうだ!帰る振りしよう!


このままみんなと一緒に外に出て、適当な理由をつけてみんなと別れ、またここへ戻ってくればいい。
我ながら稚拙なアリバイ工作だと思うが、出口はすぐそこに迫っているし、背に腹は代えられない。
勘の良い雲雀くんならきっと、口裏を合わせなくても察してくれるだろう。
平常心、平常心。
そう心掛けてみんなの後ろについてホテルを出ると、ビアンキさんがこちらを振り返った。


「昴琉達はどうやって帰るのかしら。車?歩き?」


来た。
草壁くんの迎えを断ったことは言ってないし、ここは草壁くんが車で迎えに来てくれるってことにしよう。


「え、えっと…ひゃっ」


ところが、答えようとしたところで不意に横から引っ張られた。
雲雀くんがあたしの腰に手を回して、自分の方へ引き寄せたのだ。
一体何を…。
そう思って見上げると、彼は形の良い口を開いた。


「帰らないよ。僕達今夜ここに泊まるんだ」


ちょ、ちょっとぉぉぉっ!
ヒトが恥ずかしくて躊躇してたのに、そんなあっさり言っちゃう?!
いつもだったら驚くくらいあたしの気持ちを分かってくれるのに…!
あたしを含めた全員の視線を集め受けても、年下の婚約者は涼しい顔。
それどころか、端整なその顔に余裕すら感じさせる微笑を浮かべている始末。
―――忘れてた。
こういう場面で雲雀くんの『何でもお見通しスキル』は、悪い方向―――つまりあたしを困らせる方に働くんだった…!


「いや、あの…!ちょ、ちょっと…!雲雀くん…っ」


謀が水泡に帰して、慌てふためくあたし。
雲雀くんの言葉の意味を理解して、互いに顔を見合わせ、ゆっくり弧を描くみんなの唇。


「…ふーん、そうなの」

「どうやら邪魔しちまったみてーだな」

「そういうことなら、遠慮なくバイキング延期してくれて良かったのに」

「水臭いですよ、昴琉さん!」

「そんなんじゃないったら…!みんなとケーキ食べたかったのは本当で…っ」


顔を真っ赤にして言い訳をするあたしを、みんなはニヤニヤして見つめる。
だ、駄目だ…もう何を言っても駄目だわ…。
雲雀くんに抱き寄せられたまま肩を落とすあたしに、「今夜は存分に愛を深めて頂戴」とビアンキさんがウィンク付きで追い打ちの一言を放った。


***


みんなと別れ、あたしと雲雀くんは再びホテルに入った。
先程降りてきたのと同じエレベーターに乗り込み、自分達の泊まるスイートがある階数のボタンを押す雲雀くんに、あたしは頬を膨らませて抗議した。


「んもう、何で言っちゃうのよ!折角帰る振りしてあのやり取りを回避しようとしてたのにっ
 すっごい恥ずかしかったじゃない」


あたしが言い終わるのと同時に扉が閉まり、クンッとエレベーターが上昇を始める。
両腕を組みながら、雲雀くんは壁に寄りかかった。


「どうして?」

「どうしてって…」

「婚約者同士がホテルに泊まって何が悪いのさ。僕は少しも恥ずかしくないよ」

「わ、悪いなんて思ってないわよ」

「だったらすぐにバレるような嘘、吐く必要ないでしょ?」

「それは…!そう、なんだけど…」


如何にも『仲直り』しますって感じがして…やっぱり恥ずかしい。
悪いことじゃないのは重々承知の上だけれど、そういうのを他人に知られるのって、なんかこうムズムズするっていうか。
うー、雲雀くんが正論過ぎて反論出来ない。
感情を上手く表現出来ないもどかしさに、つい口が尖る。
すると雲雀くんは喉の奥で小さく笑い、組んでいた腕を解くと、あたしの顎に手を掛けて上向かせた。


「そんな顔しない。美人が台無しだよ?」

「び、美人て…っ」


壁から背を離し少し屈んだ彼に、ちゅっと軽く口付けられる。
不意打ちのキスにあたしは忽ち赤面した。
クスッと笑った雲雀くんは、しかしすぐに何かに気付いたようで眉根を寄せた。


「そういえば貴女、毒サソリに抱き締められて顔赤くしてたよね…」


…いきなり何?
恐らく雲雀くんが言っているのは、スイートルームでの話し合いの最後に、ビアンキさんが「可愛い人」とあたしを抱き締めた時のことを言っているんだと思う。
あれは彼女が雲雀くんをからかう為に取った行動だったけれど、あんな美人さんに抱き締められたら、同じ女でも頬を染めて当たり前。
訝しんで上目遣いで見上げるあたしを、雲雀くんも怪訝な顔で見つめる。


「―――もしかして昴琉、同性でもイケる口…?」


とんでもない雲雀くんの一言に、あたしは思わず一歩前に踏み出して否定した。


「ばっ、バカなこと言わないで…!
 同性にも異性にも、雲雀くん以外の誰にも揺れたりしないわよ!」


一瞬、あたしと雲雀くんの間の空気が止まる。
あ、あれ?文章変かな?否定になってない…?
誰よりも君が好きって伝えたかっただけなんだけど……びっくりして勢いで答えたから、あたしも雲雀くんに釣られてとんでもない発言しちゃった?
口許を手で覆い俯いてしまった彼に、言葉を重ねて弁解しようと息を吸ったら、あっという間に抱き締められる。


「雲雀、くん…?」

「駄目。見ないで」


雲雀くんは驚いて仰ぎ見ようとしたあたしの頭を押さえ付け、益々きつくあたしを自身の胸に抱き込んだ。


「……多分僕今凄く締まりのない顔してるから」


何、それ。
抱き締められた意外な理由に虚を衝かれ、思わず身体から力が抜ける。
いつもクールな雲雀くんが締まりのない顔……?

―――ちょっと見たいかも。

でも…耳を押し当てた胸から伝わる彼のいつもより速い鼓動に、そんな意地悪は実行出来なくて。
きつく抱き締められたまま、あたしは彼の気持ちを言葉で確認してみる。


「…嬉し、かったの?」

「………凄く」


―――今日の雲雀くん、素直過ぎ。

あぁ、やだな。
自分の頬がゆっくりと緩んでいくのが、鏡を見なくても手に取るように分かる。
きっとさっき別れたみんなが最後に見せたのと同じ顔してる。
嬉しさに上がってしまった口角は、どう頑張っても下がってくれそうにない。

とてもじゃないけど今のあたしの顔も見せられないわ。

それでも、甘く幸せなこの時間が愛おしいことに変わりなく。
君は何時でも何度だって与えてくれるし、きっと今夜中この時間は続くのだろう。
だけど欲張りなあたしは、何度だって幸せを噛み締めたいの。



―――――どうか誰も乗って来ませんように。



そう祈りつつ瞼を閉じて、この心と同じように上昇を続けるエレベーターの中で、あたしは大好きな彼の鼓動に耳を傾け続けた。



endless sweet time 後編
2011.10.31



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