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いつものように駅まで迎えに来てくれた雲雀くんと買い物をして帰宅したあたしは、灯りを点けようと玄関脇のスイッチを押した。
しかし、室内は暗いまま。
カチカチと何度かスイッチを入れ直すものの、灯りが点く気配はない。


「やだ。電球切れてる」

「そういえば昴琉、この間新しい電球買ってなかったかい?」

「うん、買った。面倒でまだ取り替えてなかったのよね〜」

「後回しにするの、貴女の悪い癖だよ」

「あ、あはは…」


雲雀くんに溜め息混じりに指摘され、暗がりの中であたしは苦笑いを浮かべて自分の頬を人差し指で掻いた。
実は先日、初めてLED電球を買ってみたの。
ちょっと高いけど寿命時間が長いのがとっても魅力的で。
我が家の玄関の照明は天井にソケットが埋め込まれている形だから、背のあまり高くないあたしにとって、交換回数が減るのは物凄く有り難いのよね。
でもやっぱり高い所の作業は面倒で、今日までズルズルと先延ばしにしていたのだ。
今まで使っていた電球が切れたわけじゃなかったし、怒られるほどのことでもないと思うんだけどなぁ。
気を取り直して、雲雀くんに声をかける。


「足元気を付けてね」

「誰に言ってんの?おっちょこちょいの昴琉こそ気を付けたら?」


軽く憎まれ口を叩きながら雲雀くんは靴を脱ぐと、あたしの持っていたレジ袋を攫ってキッチンの方へスタスタ歩いて行ってしまった。
んもう!一言多いんだからっ
あたしは学ランのせいで暗がりに溶け込む真っ黒な彼の背中に向けて舌を出し、こっそり子供のような反撃をした。
しっかし、勝手知ったる我が家とはいえ、よくあんなに躊躇なく進めるなぁ。
全く見えないわけじゃないけど、あたしだったら壁伝いに歩かないと何かにぶつかりそうな気がして怖い。
ちょっと感動しつつあたしも靴を脱ぐと、廊下の奥がパッと明るくなった。
雲雀くんがキッチンの灯りを点けてくれたらしい。
お陰で暗かった廊下も漏れる光で照らされて、移動するのには十分な光源を得ることが出来た。
減らず口ばかりで不器用だけれど、こういう雲雀くんのさりげない優しさはいつもあたしの心をやんわり解してくれる。

…舌を出したのはちょっぴり悪かったかな。

バッグを肩から下ろし、あたしは主に掃除用具専用にして使っている廊下脇の物入れの扉を開けて、中から脚立と替えのLED電球を取り出して玄関へ戻った。
脚立を開いて固定し、箱から電球を取り出すと、いつの間にか戻ってきた雲雀くんにそれを取り上げられた。


「やるよ」

「ありがとう。でも慣れてるから大丈夫よ」

「僕がやる」


少し語気を強めてそう言う雲雀くんに、引き下がる様子は微塵もない。
やってくれると言うなら勿論助かる。
ただ、ちょっと怒っているように見えて、あたしは若干怯んでしまった。


「あ、ありがと。それじゃお願い」


小さく溜め息を吐きながら綺麗な漆黒の髪を揺らして頷くと、雲雀くんは脚立に足をかけて電球を取り替え始めた。


***


数日後。
そろそろ暑くなってきたし、お昼は素麺にしようと決めたあたしはキッチンに向かった。
そういえば素麺を食べるのにぴったりな硝子の器があったっけ。
それは水色の綺麗な器で、凄く気に入っているのだけれど、夏くらいしか使わないから普段は箱に入れてしまってあるのだ。
それを思い出したあたしは、爪先立って流し台上の吊戸棚を開けた。
硝子の器が入った箱はすぐ視界に入ったが、その上には幾つか同じような箱が載っていた。
ん〜、どうしよう。
脚立もあるし傍に椅子もあるけれど、幸い背伸びをすれば指先は届くし、横着して硝子の器の入った箱だけ引き抜いちゃおうかな。
背伸びをして指先を目的の箱に引っ掛け、じりじりじわじわと少しずつ箱を引っ張る。
爪先立ちという不安定な姿勢と上に載っている箱の重みで、箱は思うように動かず抜けない。

あと、ちょっと…っ

プルプルし始めた手足で半分棚から飛び出た箱と格闘していると、背後から頭上を越えてスッと白い手が伸びて来て硝子の器の箱を掴んだ。
勿論手の主は雲雀くん。
彼は切れ長の目であたしを見下ろした。


「これ?」

「あ、うん」


あたしが箱から手を退けると、雲雀くんは上の箱を押さえて、いとも簡単に箱を引き抜いてしまった。
それを無造作にこちらへ渡す。


「ありがと。助かったわ」


箱を両手で受け取ってお礼を言うと、何故か雲雀くんはムスッと口をへの字に曲げた。
その表情は先日電球を取り替えてくれた時のものと酷似している。
ん?怒ってる?
何故彼がそんな顔をするのか分からず、あたしは首を傾げた。
すると雲雀くんは、あたしの頭の位置で真横に人差し指で線を引き、続いて上を差した。


「ここから上は僕のテリトリー」

「…へ?」

「だから、用がある時は僕に断りを入れなよ」


益々意味が分からなくてきょとんと雲雀くんを見つめると、彼は少し頬を赤くして視線をあたしから外して呟いた。


「…貴女小さいんだから、高い所の用事は僕に頼めばいいでしょ?」


あ…、気遣ってくれてたんだ。
それに、これは多分だけど―――雲雀くん、あたしに頼って欲しいのかも。
これまでの生い立ちやひとり暮らしが長いせいもあるけれど、あたしは自分で出来そうなことはまず自分でする。
それが時に周囲の人にとって、あたしが無理をしているように見えて、ちょっと淋しかったりするのだと、養父母や遥に言われたことがある。
自分ではそんな気全然ないんだけどね。
雲雀くんにもきっと同じように感じさせてしまったのかもしれない。

ううん、恋人である以上、もっとだ。

怒らせてしまっているのに、大切だと思われていることが手放しで嬉しいなんて言ったら、もっと怒らせてしまうかしら。
心の中では照れつつ、それでも嬉しい気持ちが零れ出てしまって、あたしは愛しい年下の彼ににっこりと笑顔を向けた。


「うん。じゃ、換気扇の掃除お願いしようかな!」

「…なんでそうなるの?」

「今雲雀くん自分で頼んでいいって言ったじゃない」

「それとこれとは話が別だよ」

「細かいことを気にする男は女の子に嫌われるわよ〜?」


茶化すように言うと、雲雀くんは一瞬だけ嫌そうな顔をして、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「……言っておくけど、タダでなんて頼まれてやらないよ?
 僕にモノを頼むのなら、それなりの報酬を覚悟してよね」

「え!今月いろいろ出費多かったのに……ハンバーグじゃダメ?」

「駄目だよ。こっちじゃないと」


そう言って雲雀くんは不敵に微笑むと、あたしの顎に指をかけて上向かせちゅっと唇を吸った。
ほ、報酬ってキスなの?!
唐突な口付けにビックリしているあたしに、雲雀くんは更に追い打ちをかける。


「これは今の分。
 ……あぁ、そういえば電球替えた時の報酬貰ってなかったな」

「へ?!あ、ちょっと…!んんっ」


雲雀くんは箱で両手が塞がっているあたしを抱き寄せて、更に深く口付け始める。
ひ、雲雀くん、報酬云々言ってるけど単にキスしたいだけなんじゃ…。
うーん…でもキスひとつでお手伝いしてくれるならお得なのかな。

……て、ちょっと待った。

キスされるのが分かってて頼み事したら、あたしがキスして欲しいみたいな感じにならない?!


雲雀くんとキスするのは嫌じゃないけど、そんなの恥ずかしくて無理!


もしかしてあたしがそう思うのを見越しての報酬要求?!
結局雲雀くんにしてみれば、頼み事をされてもされなくても良い条件だ。

んもうっ凄く嬉しかったのに…!
雲雀くんの意地悪っ

今更それに気が付いても抵抗出来るわけもなく。
あたしは雲雀くんにされるがままに口付けられて、彼の腕の中で唯々地団駄を踏んだ。



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2011.7.18



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