「はい」
帰宅した雲雀くんは玄関で出迎えたあたしに、小さな手提げの紙袋を差し出した。
「なぁに?」
「開けてごらん」
優しい笑顔に促され、彼から紙袋を受け取る。
中を覗くと小さな桐の箱。
取り出して蓋を開けると、現れたのは陶器製の小さなうさぎの変わり雛だった。
「わぁ、可愛い!どうしたの?」
「商店街の見回り中に見つけたんだ。
あちらで昴琉が雛人形飾ってたのを思い出してね。プレゼント」
そういえば雲雀くんと出逢って1ヶ月も経たないうちに雛祭りだったっけ。
本当は立派な七段飾りなんだけど、仕事と雲雀くんのことでバタバタしてて御内裏様と御雛様だけ飾ったんだった。
それを興味深げに雲雀くんが見てたのはしっかり憶えてる。
今日は3月3日。
雲雀くんたら雛祭り当日に買ってきてくれるなんて、粋なことしてくれるじゃないの。
「ありがとう!早速飾るね」
小箱をぎゅっと抱きしめて、あたしは雲雀くんに笑顔を向けた。
***
翌朝。
リビングに飾っておいた雛人形を元通り桐の箱に仕舞う。
蓋をしようとして、その手が止まった。
このまま仕舞ってしまうのは勿体無いなぁ…。
もうちょっと眺めてから蓋しようかな。
そんなことを考えていたら、後ろからふんわりと雲雀くんに抱き締められた。
振り仰ぐと、彼はちょっぴりつまらなそうにあたしを見ていた。
「もう仕舞うのかい?」
「うん。だってお嫁に行き遅れたら困るもの」
「変な心配をするんだね。迷信でしょ?」
「そうだけど……気になっちゃうんだもの」
「僕がちゃんと貰ってあげるのに?」
答えが気に入らなかった雲雀くんは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
またさらっとヒトが喜ぶ台詞を言ってくれるわね、君は。
中学生の頃と変わらないその仕草が可笑しくて、あたしは小さく笑った。
「だからよ」
「?」
「ちゃんと雲雀くんに貰ってもらえるように早く仕舞うの」
にっこり笑って雲雀くんの鼻を人差し指でつんつんすると、彼は驚いたように目を見開いて頬をほんのり桜色に染めた。
「……敵わないな」
「ふふ、一応年上ですからねー。
あ、そういえば。結婚したら雛人形って飾らないって本当かしら」
「そんな迷信もあったね」
「そうなるとこれ飾れるのって今回限り?」
それは今仕舞うのよりかなり勿体無くない?
折角雲雀くんが買ってくれたんだし、毎年飾りたいなぁ。
うーんうーんと唸っていると、頭上で雲雀くんがククッと笑った。
「雛人形は贈られた女の子の厄災を身代わりになって引き受けてくれるんでしょ?」
「うん」
「僕がそれを願って貴女の為に買ったんだから、いつまでだって飾ればいい」
向けられた微笑みの優しさに胸がきゅぅっと狭くなった。
雲雀くんがあちらで見た雛人形は、養父母が新たに買ってくれたものだった。
元々持っていた雛人形は親戚を渡り歩いている間に所在が分からなくなってしまって。
そんな事情を養父母が知っていたかは知らないけれど、買う時はあたしよりも断然乗り気で、マンションだし飾るのも大変だから御内裏様と御雛様だけのにしようって言っていたのに、結局買ったのは七段飾り。
雛壇を組み立てるのだって大変なのに、毎年頑張って飾ってくれて……あたしは愛されてるんだなぁって実感出来て、凄く嬉しかった。
その雛人形も置いたまま来てしまったけれど、こちらでもまた贈ってもらえるなんて……
あぁ、雲雀くんはあたしの大好きな養父母と同じように、あたしの身を案じ、惜しみない愛情を注いでくれる。
あたしも雲雀くんを大事にしたいなぁ。
その為にもまずはいいお嫁さんになれるように頑張らなくっちゃ。
「じゃぁ今回はもう二三日飾っておく」
「うん。何なら来年はもっとデカいのあげようか?」
「ううん。これがいい」
雲雀くんに抱きしめられたまま、あたしは桐の小箱からもう一度雛人形を取り出して飾った。
うん、やっぱり可愛い。
気のせいかもしれないけれど、うさぎの御内裏様と御雛様もまた一緒に並べて嬉しそうに見えた。
込められた想い
2011.3.3
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