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ジャリッ
硬い物を踏み砕いた感触に、あたしは思わず顔を顰めて足を上げた。


「うぅ、まだ残ってた…」


溜め息を零して視線を落としたリビングの床の上には粉々になった大豆。
昨日は節分で、夕食後に雲雀くんと豆撒きをしたのね。
それが思いの外盛り上がっちゃって。
初めに鬼役をやってくれた雲雀くんはヒョイヒョイ避けちゃって、全然当たってくれないからあたしもムキになって投げてたし、鬼役を交代したら彼もわりと本気で豆撒きしてた。

不敵な笑みを浮かべて豆を投げてくる雲雀くんは……ちょっと怖かったなぁ。

で、一応豆撒き後に隈なく探して集めたのだけれど、撒いた数も数だったから未だにポロッと出てくる。
それをうっかり踏んじゃうのよ。
スリッパ越しとはいえ、不意に足で何か物を踏むというのはびっくりするし不快だったりする。
さっき雲雀くんも踏んでムスッとしてたっけ。
因みにあたしはこれが三度目。
絨毯の上で踏まなかっただけ良かったかなと前向きに考え、粉々の大豆を手で集めて片付ける。

あ、そうだ。ベランダにも撒いたのよね。

流石にそっちは階下に落ちないよう控え目に撒いたが、さっきも言った通り、思いの外盛り上がったのでそれなりの量が撒かれている。
昨夜は寒かったし後片付けは今日やろうと思ってたんだった。
食後のコーヒーが落ちるまでにはもう少し時間がかかるし、雲雀くんも歯磨きしてるし、今なら片付けるのに丁度いい。

ささっと掃除しちゃおう。

拾い集めた大豆をゴミ箱へ捨ててからベランダへ通じる窓を開ける。
ベランダ用のサンダルに足を通そうとして、ギョッとした。
何故ならサンダルの上にヒバードが蹲っていたからだ。
あぁ、びっくりした!
危うくさっきの大豆のように踏み潰してしまうところだったわ。
惨事を免れホッと胸を撫で下ろし、あたしはその場にしゃがんだ。


「おはよう、ヒバード。サンダル履きたいからちょっと退いてくれる?」


しかしヒバードは丸くなって目を瞑ったまま動かない。
いつもだったら餌を強請って元気に鳴くのに……。


「ヒバード?」


軽く指先で撫でてみるがやっぱり反応が薄い。
薄目を開けてあたしを見た後、すぐにまた目を閉じて羽を膨らませより一層蹲る。

―――ていうか、なんかぐったりしてない?

わわ、どうしよう!病気?!
鳥と言ったら雲雀くんよね?!
あちらでも雀助けてくれたし!
あたしはサンダルとヒバードの間にそっと両手の指を差し入れて、ヒバードを包んで持ち上げた。
そして急いで彼のいる洗面所に向かった。


「雲雀くん!大変、ヒバードが!」


歯磨きを終えて顔を洗っていた雲雀くんは、急に差し出されたヒバードにちょっと驚いた顔をしたが、濡れた顔をタオルで軽く拭くとあたしからヒバードを受け取った。
そして自分の顔の高さまでヒバードを持ち上げてジッと見つめる。
気が気でなくて、つい口から言葉が零れる。


「どうしよう、病気かな?この辺って動物病院あったっけ?
 まだあたし並盛町は商店街くらいしか分からないのよね……あぁ!ネットで調べればいいんだ」

「昴琉、落ち着いて」


おろおろしているあたしを雲雀くんが宥めた。
彼は短く息を吐くと、ヒバードをずぃっとあたしの眼前に差し出した。


「心配ないよ。単なる食べ過ぎ」

「へ…?」


食べ過ぎ…?
何とも拍子抜けする雲雀くんの診断に、あたしは差し出されたヒバードに顔を近付けてみる。
すんと匂いを嗅ぐと、ヒバードから炒った大豆の香ばしい匂いがした。

―――――まさか。

あたしは踵を返して小走りでベランダを確認しに戻る。
開け放したままの窓から覗けば、そこには片付けようと思っていた大量にあるはずの大豆がなかった。

やだ!ヒバード全部食べちゃったのぉぉぉ?!

小さなその身には余りある量だったはず。
あれだけ食べれば、そりゃ動けなくもなるわ。
ぐったりしているように見えたのは、お腹が一杯で苦しかっただけか……。
んもう、人騒がせなんだからっ
窓に手をついてがっくりと項垂れていると、後をついてきた雲雀くんが忍び笑いを漏らした。


「……笑わないでよ。本気で心配したんだから」


ジト目で振り向けば、彼は「ごめん」と謝ったがその口は弧を描いたまま。
……心から謝ってない証拠だわ。
元はといえば早とちりしたあたしがいけないのだけれど、それを見て愉しむのはちょっと人が悪い。

それにしても。


「幸せそうだね、ヒバード」

「そうだね」

「ふふ、真ん丸で福豆みたい」

「福豆か…言い得て妙だね」


自分の手の上で目を瞑って満腹感に浸るヒバードを見つめる雲雀くんの視線が優しくてドキッとする。
雲雀くんにこんな優しい表情をさせるなんて……あーぁ。なんかちょっと悔しい。
だって今この瞬間、ヒバードは雲雀くんの笑顔を独り占めしてるのよ?
そうじゃなくてもあたしより断然長い年月雲雀くんと一緒にいるヒバードは、それだけ多くの笑顔を見ているわけで。
雲雀くんほど独占欲は強くないけれど、あたしだってちょっとくらいヤキモチ焼くんだから。
雲雀くんを笑顔にさせるヒバードは、彼にとって大いに福よね。
いいなぁ、ヒバード。
じーっと無言でヒバードを見つめるあたしを見て、雲雀くんはちょっぴり意地悪く笑った。


「羨ましいの?」

「え?!やだ!顔に出てた?!」


あ。咄嗟に答えてボロ出した…!
カッと火照った頬を両手で覆うあたしを見て、雲雀くんはククッと喉の奥で笑う。
そして片手であたしを抱き寄せると、さっきヒバードに向けた笑顔よりも更に優しい微笑みを浮かべた。
向けられたこっちが蕩けてしまいそうな、そんな微笑み。


「僕にとって一番の福は昴琉なんだから、いつだってここに飛び込んでおいでよ。
 ……但し。一度飛び込んできたら暫く離さないから、覚悟してよね」


そう言って悪戯っぽく笑うと、雲雀くんは柔らかな唇をあたしのそれに重ねた。
何度か啄ばむように口付けられて、火照った頬の熱が全身に行き渡る。
ちょっと乱暴だけど、細やかなキス。
雲雀くんがあたしに向けてくれる笑顔には、ヒバードとは違う特別な感情が込められてるんだって分からせようとしてるみたい。
こんなに愛情を注がれては、ヤキモチを焼くのが馬鹿らしいと思い上がってしまうくらい心も身体も骨抜きになっちゃう。
甘い刺激を彼の服を掴んで耐えていると、不意に唇が離れ、美しい漆黒の瞳があたしの顔を覗き込んできた。


「昴琉にとって僕は福?それとも鬼?」

「勿論福だけど……」

「だけど?」

「―――もし君が鬼でも、こんな風にキスされたら福になっちゃいそうかなって」

「いいじゃない。鬼だろうがなんだろうが、福なら多いにこしたことはないさ」

「それもそうね。じゃぁ、ん…」


大好きな雲雀くんの腕の中で爪先立って、少し恥ずかしいけれどあたしは自分から続きを強請った。

右手にヒバード。
左手にあたし。

両手に福を手に入れた欲張りな雲雀くんは満足そうに笑うと、もう一度愛おしむように唇を寄せてくれた。



両手に福
2011.2.4



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