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風紀財団のお屋敷からマンションへ引っ越して数日が過ぎた冬のある日。
雲雀くんと一緒に並盛商店街から帰って来たあたしは、買出しの荷物をキッチンのテーブルへ置く彼に声を掛ける。


「寒かったねー。何か温かい飲み物淹れるね」

「うん」


買い物へ行く時は大抵徒歩だから少しは身体も温まるんだけど、今日は身を切られるような寒さだった。
底冷えするっていうの?
空もどんよりとしていて、今にも雪が降り出しそうな感じ。
お屋敷には炬燵があったけれど、こちらには持ってきていなかったから、暖房はエアコンだけが頼りだ。

一先ず要冷蔵の食材を冷蔵庫へ放り込み、何を飲もうか少し悩んでココアを淹れることにする。
ミルクパンにココアとお砂糖と少量の牛乳を入れてよく練る。
それを火にかけ少しずつ牛乳を加えて沸騰しないように気をつけて温め、色違いのマグカップに注いでリビングの雲雀くんのところへ持っていく。
自分に差し出されたマグカップの中身を見て、雲雀くんは少し目を見開いた。


「ワォ、ココアかい?」

「うん。寒いからこっちの方が温まるかと思って」

「そう……久し振りだな、ココア」


ちょっと嬉しそうに形のいい口で弧を描き、雲雀くんは湯気の立ち昇るマグカップに口をつけた。
言われてみればあたしもココアは久し振り。
子供の頃は結構飲んでた気がするけれど、大人になってからはコーヒーや紅茶ばかり飲んでいる。
好みが変わったのかと思いきや、浮いた分のカロリーはしっかりケーキ食べて補っているから、総合すればトントンだったり。
まぁ、子供の頃は甘〜いココアに甘〜いチョコレートケーキなんて、今思えば恐ろしい組み合わせも平気で食べていたけどね。
小さく呟かれた雲雀くんの「美味しい」の一言に頬を緩めながら、あたしも彼の横に腰を下ろした。

それにしても―――寒い。

雲雀くんがつけておいてくれたエアコンがゴォーッと音を立てて頑張っているが、部屋の中が十分に暖まるまでちょっと時間がかかりそう。
冷え切った身体を暖めようと両手でマグカップを包み込んで暖を取っていると、隣に座っていた雲雀くんがジッとこちらを見つめてきた。
彼の漆黒の瞳は綺麗だけど威圧感もあるから、無言で見つめられるとたじろいでしまう。


「な、何?」

「寒いの?」

「あぁ、うん。ちょっとね。でもすぐに温まるわ」

「…これ、ちょっと持ってて」


そう言ってマグカップをこちらに突き出した。
不思議に思いながら受け取ると、雲雀くんは立ち上がってテーブルを前に押し、ソファとの間隔を空けた。
そして出来た空間にクッションを置きそこへ腰を下ろすと、自分の脚の間にももうひとつクッションを置いてそれを指差した。


「座って」

「なんで?」

「寒いんでしょ?」

「う、うん」

「ソファじゃ抱き寄せられても抱き締められない」


あ…もしかして雲雀くん、自分の体温であたしを温めようとしてくれているの?
彼の思い遣りにきゅぅっと胸が狭くなり、僅かに鼓動が速くなる。

凄く嬉しい―――けど、恥ずかしい。

実はまだ成長した雲雀くんに慣れなくて、彼に触れるのが物凄く照れるの。
自分からっていうのがまたそれを煽る。
両手にマグカップを持ったままどうしようかとまごついていると、雲雀くんがクスリと笑った。


「早く。僕も寒い」

「う、うん」


そう促されて、覚悟が決まった。
ココアを零さないよう細心の注意を払って彼の脚の間に座る。
彼の胸と自分の背中に僅かな隙間が空いたのは、勿論恥ずかしさから。
そんなことは背後の雲雀くんにバレバレなようで、ククッと喉の奥で笑ったのが聞こえたかと思うと、彼の身体があたしの方にずれてその隙間を埋めてしまった。

あぁ…!そんなにぴったりくっつかれては、ドキドキしているのが伝わっちゃう…っ

その上雲雀くんは、脱いだままソファの背に掛けられていた彼のコートを、ブランケット代わりにあたしの膝にかけてくれるなんてこともしてくれて。
いい男っぷりにクラクラする。
意識しなくても自分の体温が上昇していくのが分かる。
けれどそんなあたしよりも雲雀くんの方が温かい。
それがとても不思議で、あたしの手から自分のマグカップを取りあげた彼に訊いてみる。


「雲雀くんて平熱高い方?」

「普通だと思うけど。どうして?」

「なんかすごく温かいから」

「あぁ、多分昴琉とくっついてるからだよ」

「あたしと…?」

「うん。貴女にこうして触れてる時は、安心するけどドキドキして体温上がるんだ」


柔らかな声でそう言ってあたしの髪に軽くキスをした雲雀くんは、片腕と両脚であたしの身体をふわりと抱く。


「昴琉は違うの?」


低めの声で囁き問われて、一気に顔が火照る。

―――――意地悪。分かってるくせに。

そんなこと、改めて確認されると余計にドキドキしてしまう。
中学生の君に言われたら生意気の一言でかわせた言葉も、大人になった君相手には通用しないことも多く、こちらに来てからはやられっ放し。
年上であることくらいしか、あたしが雲雀くんに勝てる要素はないのに。

それすら勝ち取られてしまったようで……ちょっぴり悔しい。

素直に一緒だと言い損ねたあたしは、回答代わりにくっついている彼に力を抜いて全身で寄りかかった。
きっとそんなくだらないあたしの意地も雲雀くんにはお見通しで。
案の定、両手でマグカップを包んでココアを一口飲むあたしの背後で忍び笑う声がする。
彼は自分のマグカップをちょっと離れた絨毯の上に置くと、両手であたしを抱き締め肩に顎をのせた。
そして、柔らかな頬をあたしの耳にピタリと寄せる。


「耳、まだ冷たいね」


マグカップから伝わるココアの熱よりも、雲雀くんに触れられている場所から感じる熱の方がより熱い。
彼の頬とあたしの耳の温度が交わって。


……ほら、また体温が上がる。


さっきよりも音の静かになったエアコン。
少し温くなった手の中のココア。
愛しい君の蕩けるような優しい温もり。



平熱を微熱に変えるこの距離に、君が居る幸せ。



帰宅してから上り調子のあたしの体温は、君のせいでとっくに寒さを忘れている。

ねぇ、雲雀くん。
人間の体温が1℃上がるって大変なことなんだよ?

優しく頬に口付けてくる雲雀くんにまた胸が高鳴る。
まだまだ熱が上がりそうだわと心の中で苦笑して、あたしは甘いココアを一口飲んだ。




2011.1.7
※フリー配布は終了しています。



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