※トリップ後、新居に移った頃のお話。雲雀くんに渡されたマンションの鍵を、玄関ドアの鍵穴に挿し込んで戸締りをする。
実は並盛の地理に疎いあたしをいきなりひとりで出歩かせるわけにはいかないと、雲雀くんが買い物がてら案内してくれることになったの。
新居に移って初めての外出。
何だかドキドキするなぁ。
それに雲雀くんの大好きな並盛を見て回れるんだもの、すっごく楽しみ!
鍵を失くさないよう大切にバッグの内ポケットに仕舞い、落さないようにバッグの持ち手をしっかり握る。
よし、準備万端。
こちらの生活に早く馴染めるように頑張らなくっちゃ。
心の中で気合を入れていると、ごく自然に雲雀くんが手を繋いできた。
「―――ッ」
予期していなかった接触にきゅぅっと心臓が収縮し、あたしはつい目を瞑り眉根を寄せてしまった。
それを見逃さなかった雲雀くんは、忽ち形の良い眉を寄せてムッとする。
「…嫌なの?」
「ち、違う!違う!」
「でも繋いだ瞬間、嫌そうな顔したじゃない」
「いや、えっと、あの……ちょっと、きゅんとしちゃって」
追求する漆黒の瞳の威力に耐え切れず、恥を忍んで素直に白状した。
抱擁や口付けは数え切れないほどされていたけど、従兄弟として暮らしていた手前、あちらでは殆ど手を繋ぐことはなかった。
だからなのかな。
触れているのは手だけの狭い面積なのに、それがとても新鮮で、大好きな雲雀くんの温度に胸が苦しくなるの。
自分でもまだこんな初々しい感情が残っていたのかと思う。
きっと雲雀くんもそう思ったんだわ。
あたしの言葉を聞いた彼は驚いたように切れ長の目を見開いていた。
うぅ…恥ずかしい。
雲雀くんと視線を合わせていられなくて余所へ逸らすと、繋いだ手を更にぎゅっと握られた。
「―――――ってた」
「え?」
よく聞き取れなくて聞き返す。
けれど雲雀くんは小さく横に首を振り、あたしの頭にキスをひとつ落した。
ただ、
「何でもない。行こう」
そう言ってあたしの手を引く雲雀くんの顔には、ドキリとするくらい嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。
***
雲雀くんは色々説明をしながら彼方此方へ案内してくれた。
そして最後に連れて来てくれたのは並盛商店街。
これが一番欠かせない。
だって生きていく上で大切な食料の調達に係わることだもの。
帰りにマンションまでの道程を覚えなくっちゃ。
駅が近いせいか並盛商店街は人も店舗数も多く、なかなか活気のある良い商店街だ。
きっと、ここも雲雀くんの影響あるんだろうな…。
あちらでも知らない間に裏社会を牛耳っていたし、地元である並盛町なら尚の事。
こんな風に手を繋いで普通の恋人のように街を歩けるのは嬉しいんだけど、時々視線を感じるのよね。
そのどれも、驚きと恐れと好奇心が入り混じったものだ。
けれど雲雀くんはそれらを物ともせず堂々と歩く。
どういう訳か、マンションを出てから始終雲雀くんはご機嫌だった。
だからあたしも気にしないようにして、彼との時間を楽しむことに専念した。
商店街を暫く進み、お洒落な雑貨屋さんに差し掛かった時だった。
「ハーイ!そこのカワイコちゃん!オジサンとデートしなーい?」
突然白いスーツに身を包んだ40前後の外人さんが、ハイテンションで声を掛けてきた。
一瞬『カワイコちゃん』という単語が自分に向けられたものだと思わずきょとんとしてしまったが、明らかに彼はあたしを見ている。
浮ついた口調と緩んだ表情を差し引けば、なかなか渋い大人の男性なのだけれど―――
横に雲雀くんいるのにナンパ?!
つまり、それってあたしと雲雀くんが恋人同士に見えないってこと…?
軽く落ち込みつつ断ろうとしたが、横の雲雀くんに気付いた白スーツの外人さんが先に言葉を発した。
「あれ?お前…おててなんか繋いじゃって、何?デート?」
「見れば分かるでしょ。元校医」
そう言って、雲雀くんは冷ややかな視線を白いスーツの男に向ける。
んん?雲雀くんこの外人さんと知り合いなの?
元校医って…あ!思い出した!
確かこの人、雲雀くんを桜クラ病とかっていうのにしたDr.シャマル!
その病気のせいで雲雀くんは骸くんにボコボコにされちゃったんだよね。
雲雀くん本人はシャマルさんに病気にされたことは知らないんだっけ?
…知ったら間違いなくトンファーの餌食よね。
シャマルさんは雲雀くんの返答にあからさまに驚いて見せた。
「はぁ〜、群れるのが大嫌いなお前がデートねぇ。
分っかんねーもんだなぁ…て、あぁ、そうか。このカワイコちゃんが例の娘か」
シャマルさんは観察するように、頭の天辺から爪先まであたしに視線を走らせる。
透かさず雲雀くんは繋いでいた手を引っ張って、あたしを自分の背後に隠した。
するとシャマルさんは不精髭の生えた顎を片手で摩りながら、意味ありげに含み笑いをした。
「事ある毎にかかる女の誘いを、片っ端から断ってるって聞いちゃいたが……お前本当に彼女いたんだな」
―――やっぱり、そういうことあったんだ。
不機嫌そうにシャマルさんを睨みつける雲雀くんを背後から見上げる。
そりゃそうよね。ない方がおかしい。
だってお世辞抜きで本当に雲雀くんカッコいいもん。
離れ離れの間にどれだけの女性が雲雀くんに惹かれ、近付き、誘惑したんだろう。
それを思うと、えも言われぬ不安で胸が締め付けられた。
あたしの知らない雲雀くんを知っている女性がいるんだ。
……ちょっと悔しい。
沈んでしまったあたしの気持ちを置き去りに、二人の会話は続く。
「オレはてっきりお前の妄想かと思ってたぜ。ハハハ!」
「貴方ね…喧嘩売ってるの?咬み殺すよ」
「相変わらずおっかないね、お前」
「僕の彼女をナンパした時点で貴方なんて死罪だよ」
「ナンパしたくなるくらいイイ女だってことだろ?
そんな素晴らしいレディに声を掛けずに放っておく方が罪ってモンだぜ」
シャマルさんにニヤッと笑って言われ、雲雀くんは言葉の応酬を止めた。
一瞬何か考えた様子だったが、再び不機嫌そうに口を開く。
「そういうの屁理屈って言うんだよ」
「何だよ。褒めてんのに」
「女なら誰でも声掛けるような男に褒められたって嬉しくないね。
それに昴琉がイイ女なのは僕が一番知ってる」
「ヒュー!言うねぇ」
「事実を言ったまでだよ。
それより、いい加減僕の町でナンパして歩くの止めてくれる?風紀が乱れる」
「おぉ、美女発見!」
「……ヒトの話聞いてる?」
雲雀くんはシャマルさんに向ける眼光を鋭くした。
明らかにいらついている。
彼の得物が登場するのも時間の問題だと思われたが、その前にシャマルさんはスチャッと片手を挙げた。
「オジサンが羨むくらいイイ女を捕まえたヒバリ君。
暴れてばっかいねーで、その娘大事にしてやれよ。じゃあな!」
争い事は御免とばかりに一方的に言いたいことだけ言って、シャマルさんはニッと笑うと嵐のように走り去っていった。
そして10メートルほど先で次々とナンパをし始める。
す、凄いバイタリティー。
そんな彼から視線を外すと、雲雀くんは大仰に溜め息を吐いてこちらを振り返った。
「全く…とんだ邪魔が入った。大丈夫かい?昴琉」
「う、うん。平気」
自然に笑ったつもりだったんだけど、雲雀くんはあたしの微妙な変化を見落とさなかったようだ。
手を繋いでいない方の手でそっと頬を包まれる。
「そんな顔しなくとも、僕が好きなのは後にも先にも昴琉だけだよ」
雲雀くんはちょっぴり不満顔でそう言った。
ズバリ言われて心臓がきゅっと縮む。
…どうして君はいつもあたしの欲しい言葉をくれるの?
しっかり蟠りの内容まで見透かされてる。
きっと雲雀くんに言い寄った女の人の中には、あたしなんかより若くて綺麗で素敵な人もいたに違いない。
それでも雲雀くんは待っていてくれた。
こうやって手を繋いで一緒に幸せを紡いでくれる。
―――――あたしは本当に幸せ者だ。
「…ありがと」
嬉し過ぎてありきたりな言葉しか出て来ない。
それでも心の奥から溢れる想いに従えば、今度は自然と笑顔が零れた。
残念なことにあたしは雲雀くんが初恋ではないけれど、今までに感じたことがないくらい一緒にいたいと強く思う。
だからきっと、これから先、あたしの好きなヒトは雲雀くんだけ。
―――――君だけにあたしの未来をあげたい。
あたしの答えに満足したのか、雲雀くんは綺麗な漆黒の瞳を少し細めて穏やかな笑顔を浮かべた。
そして傍の雑貨屋さんを指差す。
「キーホルダーでも買おうか。家の鍵に必要でしょ?」
出掛け際、あたしが大事そうにバッグに仕舞ってるの見てたんだ。
ホント、悔しいくらいよく見てる。
「うん。あ、どうせならお揃いの買おうよ」
「いいけど…あんまり可愛らしいの選ばないでね」
「んー、どうしよっかなぁ〜」
「昴琉…」
「だって雲雀くんみたいにカッコいい人が可愛いモノ持ってたら、そのギャップにグッとこない?」
「……やめて」
悪戯っぽい笑みを向ければ、年下の彼は珍しく頬を染めて小さく呻いた。
カッコいいと言われたのは嬉しくて、でも可愛いモノを持たされるのは嫌。
それが素直に表情に出ている。
ふふ、かーわいっ
他人の前ではクールな彼の、こんな可愛い顔を見られるのもあたしの特権。
冗談で言ったつもりだったけれど、普段君にはやられっ放しだし、ここはひとつ意地悪してみようかしら。
密かにそう企んで、あたしは気後れしている雲雀くんの手を引っ張り雑貨屋さんへ足を踏み入れた。
join hands
2010.9.12
手を繋ぐ2人が好きな友人Yに捧げます。
ちょっと遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとうv
聞き取れなかった雲雀くんの台詞には、お好きな言葉を当てはめて想像してみて下さいな。
因みに棗が考えたのは「僕だけかと思ってた」でした(笑)
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