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※38話の続きのお話。

「んー、疲れた!」


お祭りから帰って来たあたしは、キッチンのテーブルにかご巾着と射的で取った景品の入った袋を置き、両腕を上に突き上げて思いっ切り伸びをした。
浴衣とはいえ、やっぱり着慣れない格好だから短い時間でも着ていると窮屈。
人混みも歩いたし尚更だ。
背後の雲雀くんに振り返って声をかける。


「雲雀くんも疲れたでしょ?」


ひとりでいる事を好む年下の彼は涼しい顔だが、ある意味予想通りの返答をした。


「あれくらいじゃ疲れないよ。
 …ただ、群れてる草食動物達を咬み殺せなくて、ちょっとイライラしたかな」

「ぶ、物騒なこと言わないでよ。デートだったんだから」

「だから我慢したんじゃないか」


そう言って雲雀くんは小さな溜め息を吐いた。
そう。今日は雲雀くんと珍しくデートらしいデートをしたのよね。
お祭り楽しんで、花火も見て。
駅からの帰りも誰かに見られちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、結局玄関まで手を繋いで帰ってきてしまった。
だってね、いつもカッコいいけれど、浴衣を着た雲雀くんはもっとカッコ良くて…。
繋いだ手を離すのが勿体無くなっちゃったの。
何よりも歳の離れた彼と普通の恋人らしくデート出来たことがあたしには嬉しかった。
ずっと手を繋いでいたせいかは分からないけれど、群れるのが大嫌いな雲雀くんも不機嫌になること無く一緒にお祭りを楽しんでくれたみたいだし。


「楽しかったね」

「…そうだね」


笑顔を向けると、雲雀くんも柔らかく笑って同意してくれた。

―――――本当に、カッコいい。

あたしは雲雀くんの綺麗な微笑みについ見惚れてしまった。
彼もジッとあたしを見つめる。
途端に胸がきゅっと狭くなって動けなくなる。
雲雀くんに見つめられると、いつもそう。

そっと距離を詰めた雲雀くんは、あたしを抱き寄せて顎を掬い、柔らかな唇を重ねてきた。

軽く触れるだけのキスなのに、全身にピリッと電気が走る。
勿論キス好きな雲雀くんがそれで満足するはずもなく、徐々に深く求められる。
……雲雀くん、キスするのドンドン上手になってる気がする。
蕩けそうな口付けから解放されて目を開けると、物欲しそうな表情を浮かべた彼と視線が絡んだ。
雲雀くんが何を欲しているのかは分かってる。
でもまだ、あたしにはそれに応える勇気はなかった。
彼を傷付けないようなるべく自然に微笑んで、甘い雰囲気を日常へと戻す会話を切り出した。


「雲雀くん先に着替えて。あたし後から着替えるから」

「脱いでしまうの?勿体無いよ。凄く綺麗なのに」


まだ満足していないのか、雲雀くんは離れようとせずあたしの上気した頬を撫ぜる。
……幸せな感触に、不覚にもゾクリとしてしまった。
その隙を逃す雲雀くんではない。
年下の彼はあたしの唇を自分のそれで塞ぎ、再び甘い雰囲気へ引き戻そうとする。


「もう少し着てなよ、昴琉」


綺麗な漆黒の瞳で艶っぽくそんな風に言われては、あたしだって女だもの、気持ちがぐらついてしまう。
それを分かっていて、わざと雲雀くんもそういう仕草をしてるんだと思う。
自信に満ちた小生意気な笑みがそれを物語っているし…んもう、ホントずるい。
あたしは負けるものかと半壊した理性を奮い立たせて、雲雀くんを宥めにかかる。


「でも、いつまでも着てるわけにはいかないでしょ?
 汗掻いたし、お風呂だって入らないと…」


浴びせられた正論に、雲雀くんはつまらなそうに口をへの字に曲げる。
けれどすぐに口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「……なら、僕が脱がせてあげる」

「ぉぅっ」


唐突にぐんっと帯を引っ張られてお腹が締まり、強制的に声が出てしまった。
わ、我ながら可愛くない…!


「な、何するのよ、雲雀くんっ」

「回らない」

「へ?」


回らないって…まさか、そんな……。
雲雀くんに限って、そんな俗世間的な思考を持つなんてありえないわ。
きっと聞き間違えたんだわ、あたし。
そうよ。そうに決まってる。
あたしは自分の想像を否定して欲しくて、引き攣りそうな口元を押さえ雲雀くんに訊ねた。


「……もしかして雲雀くん、帯くるくるしたいの?」

「うん。あれは男のロマンだからね」


至極真面目な表情で語る彼に、あたしはガックリ肩を落した。

帯くるくるといえば、時代劇なんかでよく出てくるワンシーン。
捕まってしまった町娘が悪代官に「よいではないか」と追い掛け回され、「あ〜れ〜」と帯を解かれちゃうってお約束のアレ。

あんなことしたがるなんて、やっぱり雲雀くんも男の子か…。
でもでも!やられる方は恥ずかしくて堪ったもんじゃない。
というか、そんな知識どこで学んで来るのよ。
しかも『男のロマン』だなんて言い切っちゃうし…!
あたしは気を取り直して、雲雀くんにきっぱり言った。


「申し訳ないけど、これ作り帯だからくるくるは無理よ」

「……何かで代用すればいい」

「うちにそんな長い布ないわよ」

「確かその辺にビニール紐あったよね」

「じょ、情緒もへったくれもないわね…」


廃品回収に出される新聞紙じゃないんだから、ビニール紐はないでしょ。ビニール紐は。
独楽のように紐を巻きつけられて回される自分を想像し、あたしは軽い眩暈を覚えた。
そんなもので代用されては堪らないし、帯くるくるはなんとしても阻止したい。


「ねぇ、雲雀くん。帯くるくるの後、女の子がどんな目に遭うか分かってるの?」

「分かってるよ。だから昴琉にしたいんじゃない」


さらっと言ってのけた雲雀くんの台詞にドキッとする。
物欲しそうな視線も相変わらずで、引いてくれる気配がこれっぽっちもない。
恐らくさっきのキスと今日のデートで気持ちが昂っているんだ。
参ったなぁ…。
かわしきれず困って俯くあたしを、雲雀くんは優しく抱き締める。


「帯を解くだけで止めるよ。その先はしない。貴女との約束があるからね」

「…なら訊くけど。帯くるくるを実行したとして、本当に解くだけで止められる自信ある?」

「………多分」


口を尖らせて見上げると、雲雀くんはちょっぴり頬を赤らめて視線を逸らして答えた。
雲雀くんを信用してないわけじゃないけど、迷いがあるのならきっかけになるようなことは避けた方がいい。
思わせ振りな態度を取るのは、約束を守ってくれている君に失礼だ。
あたしは雲雀くんの胸に額を押し当て、呟く。
卑怯な大人の言い訳を。


「今回は諦めて。…君にはまだ早いわ」


―――――あたしにも、ね。
そう心の中で付け足して、懇願するように彼の浴衣を握る。
あたし自身も気持ちが昂っているのは否めない。
大好きな雲雀くんのお願いだもの。
きっともう一押しされてしまえば承諾してしまう。
でも、まだ駄目。

祈るような気持ちで答えを待っていると、頭上で短く息が吐かれた。
あたしの身体に回された腕の力が緩み、続いて低めの優しい声が降ってくる。


「いいよ。但し風呂が沸くまでの間、浴衣のままでキスさせてくれるならね」


振り仰ぐと、そこには表現し難いほど切なく微笑む雲雀くんがいた。
……雲雀くんは、十分大人だ。
怒らずに己の感情をコントロールして、こうして聞き分けてくれるのだから。
あたしも彼のお願いを今度は聞いてあげないと。


「それな…んんっ」


承諾する前に雲雀くんに素早く唇を重ねられ、最後まで言葉を紡ぐのを止められてしまった。
雲雀くん焦り過ぎ…逃げたりなんてしないのに。
可笑しさが込み上げて来たけれど、1分1秒でも長くあたしとキスしていたいと彼が思ってくれていると考えたら、可愛く思えてしまった。
年上の女をこんなにドキドキさせるなんて、本当にしょうのない子。
そう思いながらも、優しく、けれど激しく愛してくれる雲雀くんにあたしは身を委ねた。


結局お風呂を沸かす隙を与えてもらえず、雲雀くんが満足して解放してくれたのは2時間後。
素直に帯くるくるさせておけば良かったと、後々後悔したのは言うまでもない。



―――――でも。凄く、凄く、幸せな1日でした。



Roman Romance
2010.8.10
トリップ後のお正月、雲雀くん5年越しの野望達成・・・?(笑)



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