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※逆トリとトリップの間、並盛でのお話。

トントントンと軽快に包丁がまな板を叩く音がキッチンから聞こえてくる。
昴琉が玉葱を刻む音。
今日はセールで挽肉が安かったから、ハンバーグを作ってくれるって言ってたっけ。
待ち切れなくて背後から覗き込むと、年上の彼女は手を止めて『もうちょっと待ってね』とクスクス笑った。

久し振りだな、昴琉の手作りハンバーグ。

再びトントンと音が鳴り始める。
リビングに戻ろうとして、僕は自分の思考に違和感を覚えた。


―――――久し、振り?


トントントン…

1週間と間を置かずに彼女は作ってくれているのに、久し振りだと思うなんて……変だ。

トントントントン……

最後に食べたのは…いつ、だった……?

トントントントントン………



……コンコンッ


「おい、恭弥!いねーのか?」


ドアをノックする音と自分を呼ぶ声にハッと目を見開く。
その拍子に右手からペンが滑り落ち、目の前の書類の上を転がった。

転寝を、していたのか。

僕は短く息を吐いて転がったペンを握り直す。
まだノックは続いていたが、読みかけの書類に視線を落した。
…今は誰かの相手をするような気分じゃない。
あの馴れ馴れしい男の相手は特に。
けれどそんな僕の気持ちなんて知らない男は、業を煮やすと無雑作にドアを開けた。


「何だ。いるじゃねーか」


窓際で机に向かう僕の姿を見つけると、男は口元に笑みを浮かべて応接室に足を踏み入れた。
この僕を恐れない数少ない人物のひとり、跳ね馬ディーノ。
僕の家庭教師になると現れたこの男は、それ以来何かとちょっかいを出してくる。
あちらの世界から戻ってからはその頻度は増していた。

…鬱陶しいのが来た。

彼を一瞥し、すぐに視線を書類に戻す。
そんな僕の態度に跳ね馬は小さく肩を竦めた。
こちらへ歩み寄った彼は、腰を折り曲げて机の上を覗き込んでくる。


「よぉ、今日も風紀の仕事か?」

「見れば分かるでしょ。貴方の相手をしている暇はないよ」

「ったく、相変わらず可愛げがねーな。
 なぁ、恭弥。そんなもん後回しにして飯食いに行こーぜ。飯」

「行かない」


僕は冷たく言い放つ。
くだらない馴れ合いなんて真っ平御免だ。
そっけない僕の態度には慣れっこらしい跳ね馬は、笑顔を崩さず話を進めた。


「まぁ聞けよ。商店街に美味い洋食屋が出来たってツナに教えてもらったんだ。
 お前ハンバーグ好きだったろ?」

「あの店はもう調査済みだよ。大したことなかった」

「そうなのか?」

「あれなら昴琉の作ったハンバーグの方が遥かに美味い」

「昴琉?あぁ、恭弥の彼女か」


僕の台詞に心なしか跳ね馬の声が和らぐ。
『彼女』という響きに、何故か少しだけ胸の奥が狭くなるのを感じた。
けれどそれに気付かない振りをして、僕は目を通し終えた書類の下方にサインをして捲り、次の書類に取り掛かりながら話を続けた。


「良い食材を使っているみたいだったけど、ただそれだけだった」

「ふーん」

「素人の作った料理に劣るなんてプロとして失格だ。
 料理人を名乗るなら、もっとマシなモノを出して欲しいね」

「そりゃお前酷ってもんだぜ」


僕の悪態に跳ね馬は金髪を揺らしてククッと喉の奥で笑った。
それが癇に障って、僕は文字を追うのを止め彼を横目で睨む。


「何故?」

「だってよ、自分の惚れた女が愛情たっぷり詰め込んで作ってくれた料理に勝るもんはねーだろ」

「愛情が、詰まった…?」


意外な回答に、僕は仕事の手を止め跳ね馬に怪訝な顔を向けた。
それを受けて彼は口の端を上げてニッと笑う。


「何だよ。分かってて惚気てるのかと思ったぜ。
 …きっとすげー美味いんだろうな、昴琉の作ったハンバーグ」

「―――当たり前でしょ」


イライラする。
昴琉のハンバーグを食べたことないクセに、分かったような口をきかないで。

…けれど、跳ね馬の指摘は適切だ。

昴琉のハンバーグは、僕が今まで食べてきた中でも特別美味かった。
どんな高級食材を使ったって、一流の料理人に作らせたって、昴琉のハンバーグの味は出せなかった。
彼女が作っていたのを思い出しながら、自分で再現しようとしてみたこともある。
けれどどれも上手くいかなくて。
僕はてっきり昴琉が料理上手なんだとばかり思っていたよ。
でも―――…あぁ、そうだったんだ。


彼女が僕を想って作ってくれたハンバーグだから美味かったんだ。


ハンバーグだけじゃない。
彼女が作ってくれた料理の全てが美味かった。
昴琉はただ僕に食事を与えていただけじゃなく、一緒に彼女の愛情も食べさせてくれていたのか。
だからあんなに美味くて、食べるのが楽しくて、幸せな気持ちになったんだ。
今更そんなことに気が付くなんて、僕は何て子供だったんだろう。

しかもそれをこの男に気付かされるなんて、最悪だ…ッ

あちらの世界での最後の日。
昴琉が連れて行ってくれたレストランで、僕は少し気恥ずかしかったが彼女のハンバーグの方が好きだと告げた。
その後昴琉はトイレに駆け込んで。
彼女はすぐに戻って来たけど、瞳も潤んでいたし鼻の頭もちょっと赤かったから、僕には彼女が泣いたんだって分かった。
でもどうして泣いたのかは分からなかった。
気に障ることを言ったんだって思ってた。
でも今思い返してみれば、僕が彼女のハンバーグを褒めたのはあの時が初めてだったんだ。


―――――昴琉は嬉しくて泣いてくれたの?


僕を送り帰す決意をその心に秘めて、健気に笑う彼女の笑顔が忘れられない。

不意に目頭が熱くなり、ペンを握る指先に力が篭る。


もっと美味いって言ってやれば良かった。
もっと味わって大切に食べれば良かった。


彼女の作ったハンバーグが食べたい。



―――――昴琉、貴女に逢いたいよ…ッ



俯いて黙り込んだ僕に跳ね馬が心配そうな声をかける。


「…泣いてるのか?」

「違うよ。貴方の目、腐ってるんじゃないの?」


僕は頭を撫でようとした跳ね馬の手をパシッと払い睨み返した。
他人に情けをかけられるなんて冗談じゃない。
まして泣くなんて、そんな弱者みたいなみっともない真似するもんか。
跳ね馬は払われた手を軽く振って「ひでーな」と苦笑いを浮かべる。


「ま、取り敢えず飯食って元気出せって!
 仕事熱心なのもいいが、最近根詰め過ぎだって草壁も心配してるぜ?」


その言葉に僕は開け放たれたままのドアの方を見る。
そこに立って様子を窺っていた草壁哲矢は、慌てて視線を逸らした。
跳ね馬を呼んだのは君か。
全く…余計な手回しを。
草食動物の分際でこの僕に情けをかけようなんて、自分の立場が分かっていないようだね。
後で絶対咬み殺す…!
殺気をたっぷり含ませて副委員長を睨んでいると、また跳ね馬が苦笑を漏らした。


「そんな顔すんな。お前を思ってのことだろ?
 ほら、早く行こうぜ恭弥。オレもう腹減って死にそう」

「死ねば?」

「あのなぁ…可愛い弟子を元気付けてやろうと思って来たんだから、少しは付き合えよ」
 
「そんなこと僕は頼んでない。
 気持ち悪いこと言ってる暇があったら、1分1秒でも早く彼女をこちらへ呼べるように計画を進めてよ」


跳ね馬は僕の責めの言葉に顔を顰めた。


「オレ達だって頑張ってるさ。だけどそう簡単に成せることじゃないって、お前にだって分かるだろ?
 焦る気持ちも分かるがもう少し辛抱してくれ」


諭すような跳ね馬の態度が更に僕をイラつかせた。
自分の力だけではどうにも出来ない悔しさもそれに輪をかける。
最近はいつもこうだ。
心ばかり焦り、遅々として進まない彼女を呼び寄せる計画。
愛しい彼女は共に過ごしたあのマンションで、ひとり肩を震わせ泣いてはいないだろうか。
僕はこのまま昴琉に逢えないのではないか。


自分でも驚くほど後ろ向きな感情に取り憑かれ、不安定になる。


だから出来る限り風紀の仕事にのめり込んで考えないようにしていたのに、それを周囲に悟られていたなんて…ムカつくったらないよ。
埒の明かないやり取りにうんざりして、僕は拒否の言葉を吐き捨てた。


「御託は沢山だ。余計な気遣いもいらない」

「おい、恭弥」

「どうしても僕を慰めたいって言うのなら……」


机の上にペンを放り出し、僕は不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
そして跳ね馬を挑発するようにトンファーを胸の前で構えた。


「こっちにしてくれる?戦う方がヤル気出るんだけど」

「やれやれ…オレは元気を出せって言ったんだけどな」


跳ね馬はガックリ肩を落とし深く長い溜め息を吐いたが、すぐに自信に溢れた笑みをその唇に浮かべた。
兵たる者のそれが僕の闘争心を焚き付ける。

そうさ。全てにおいて必要なのは闘う心。

諦めない限り、必ず昴琉に逢える。
貴女の気持ちなんて知るもんか。
必ずこちらに呼び寄せて、骨が軋むほどきつく抱き締めて、窒息するほどキスをして、勝手に僕を送り帰したことを後悔させてやる。

憂さ晴らしの相手としては申し分のない男は、腰に携えていたムチを握ると、気合を入れるようにパチン!と大きく打ち鳴らした。


「しゃーねーな!お前の気が済むまで付き合ってやるよ」

「…そうこなくっちゃ」


湧き上がる凶悪な衝動が僕の口に弧を描かせる。
そして僕は僕たらしめてくれる得物を振り上げ、思う存分唸らせた。



realize
2010.3.31
遅くなっちゃったけれど連載2周年記念って事で勝手に番外編書いてみたりして。
ヒロインと離れ離れで情緒不安定な雲雀さん(苦笑)
ネタをくれた友達、ありがとうv



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