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※56話冒頭参照。

調理場へと続く長い廊下を、オレは小さなクリスマスツリーを携えて歩いていた。
先程買い物から帰って来た恭さんとその想い人である桜塚さんが、そこで夕食の準備をしているからだ。
本当ならこちらに来たばかりの彼女には休んでもらい、こちらで準備するべきなのだが…。
どうやら恭さんにクリスマスプレゼント代わりにと手作りハンバーグを強請られたらしい。
大変ではありませんかと訊ねたオレに、「それくらいしか今のあたしには出来ませんから」と彼女は眉尻を下げて微笑んだ。
そんな桜塚さんの手を引いて調理場へ向かう恭さんは、とても幸せそうで。


あんな穏やかな恭さんは久し振りに見た。


奇しくも彼女がこちらに来たのはクリスマスイヴ。
そして今日はクリスマス当日。
ロマンチストではないが、オレにはこの偶然さえも恭さんと桜塚さんを祝福しているように思えてしまう。
まるで何か不可思議な存在が二人を祝福しているような…。
今までの経緯を思えば、二人にはクリスマスなど関係なく一緒に過ごせるだけで幸せなのだろう。
特に恭さんは昔から俗世の行事にはあまり関心を示さない。


烏滸がましいかもしれないが、やっと出逢えた二人にオレからささやかなプレゼントを贈りたい。


20cm程の小さなツリーだが電飾も点く。
きっと二人の特別な晩餐を、より豊かに演出してくれるに違いない。
そろそろハンバーグも完成している頃だろう。
幸せそうな二人の後姿を思い出し自分の頬が緩むのを感じながら、オレは調理場へと急いだ。


***


調理場へ近付くにつれ、食欲をそそる良い香りが強くなり鼻腔を擽る。
これは…デミグラスソースの匂いだろうか。
煮込みハンバーグにでもするのかもしれない。
恭さん曰く桜塚さんのハンバーグは絶品だとか。
一度御相伴に預かりたいものだが、きっと許してくれないだろう…恭さんが。

調理場の前まで来ると僅かにドアが開いているのに気がついた。
そこから二人の話し声が漏れてくる。
楽しそうな雰囲気に何となくノックをするのが憚られ、オレは隙間から中の様子を窺ってみることにした。
恭さんの後姿は確認出来たが桜塚さんが見当たらない。
しかしすぐに彼女の少し困った調子の声が聞こえた。


「雲雀くん、玉葱切るからちょっとだけ離れて?」

「嫌だ」


どうやら料理をしている桜塚さんに恭さんが背後から抱きついているらしい。
小柄な彼女の身体は恭さんの陰に隠れてしまっていたが、辛うじてジタバタする四肢が見える。
群れることを嫌う彼が自分の方からべったりくっついている姿は、長年彼に仕えてきたオレには衝撃映像だ。
しかも自分の前では決して出さない甘えた声色。
『最強』の名を欲しいままにするあの恭さんがこれほど心を許しているとは…。
恭さんにとって彼女の存在がどれだけ大きいのかが窺い知れる。
オレが感動している間にドアの内側では二人の会話が進む。


「ねぇ、昴琉。こっち向きなよ」

「ダーメ。雲雀くんすぐキスするんだもん」

「したいんだよ」

「そ、即答ですか…君は大きくなっても子供みたいね」

「いつまでも子供扱いしてると後悔するよ」

「わっちょっと、んん…!」


恭さんは桜塚さんを強引に振り向かせ唇を重ねた。
初めから貪るように求める濃厚な口付けに、彼女だけでなくオレの心まで乱される。
身内のキスシーンなどそうそう遭遇するものではない。
ましてここは風紀財団の屋敷内。
そういった色恋沙汰とは無縁の場所なのだ。
しかも彼は自分の上司。
気不味いどころの話じゃない。


―――――ひ、非常に不味いタイミングで来てしまった…。


調理場に入るタイミングを完全に逃したオレは、突然の展開に頭を抱えた。
ここにツリーを置いて去るべきか…。
いや…ここで食べるとしたら、食事が終わるまで気付かれない可能性もある。
やはり手渡しが確実だ。
だがしかし、この状況で中に踏み入る勇気はオレにはない。
恭さんに咬み殺される…。
どうするべきか迷っている間に、恭さんは桜塚さんの唇を解放した。


「…んもう」

「ワォ。昴琉顔真っ赤」


そりゃあれだけ激しくされれば顔も赤くなるでしょう…。
オレの心のツッコミを余所に、恭さんは桜塚さんの頭にキスをひとつ落した。
愛おしむようなそれに、桜塚さんは更に頬を朱に染めた。
そして少々悔しそうに口を尖らせる。


「ちっとも料理進まないじゃない」

「少しくらい遅れたって構わないよ」

「君ねぇ…そう言って作り始めてからどれだけ時間が経ってると思ってるの?
 もう軽く1時間過ぎてるのよ?あたしのハンバーグ食べたくないの?」

「愚問だね。食べたいに決まってる」

「それなら出来上がるまで大人しくそこに座って待っててよ」


そう言って桜塚さんは近くの椅子を指差す。
しかし恭さんはプィッとそっぽを向いた。


「嫌だ」

「雲雀くん。いい加減にしないとハンバーグ食べさせないわよ」


彼女は声のトーンを低くして恭さんを窘めた。
あぁ、不味い…!
恭さんを相手にそんな言い方をしては彼の機嫌を損ねるだけだ。
案の定彼はムッとしたらしく、調理場に沈黙が流れる。
このままでは折角のクリスマスの晩餐が台無しになってしまう。
よ、よし。こうなったら割って入って恭さんの怒りの矛先をオレに向けさせよう。
意を決して中に入ろうとドアに手をかけた時、恭さんは予想外の言葉を口にした。


「……分かったよ。その代わり早くしてよね」

「うん。良い子ね」


不満オーラを放出しながら大人しく椅子に腰掛けた恭さんに綺麗な笑顔を向けると、桜塚さんはよしよしと彼の黒髪を撫でた。
お、オレは夢でも見ているのか…?
恭さんが大人しく他人の言うことを聞いている…!
オレや跳ね馬ディーノでさえ、自由奔放な彼を上手く扱えず持て余しているというのに。
目の前で起こった信じられない光景に、オレはドアにかけた手もそのままに固まってしまった。

だが次の瞬間、すぐ傍でした主の声に心臓が飛び跳ねた。


「そんな所で何してるんだい?」

「きょ、恭さん…!」


眼前の僅かな隙間から恭さんの切れ長の瞳がこちらを鋭く睨んでいた。
い、いつの間に…!
さっきまで椅子に座っていたはずでは…?!
思わず腰を抜かしそうになったが何とか踏み止まった。
恭さんはドアを半分ほど開ける。


「君ともあろう者が覗き見だなんて…あまり感心出来ないな」


彼は何処からともなく取り出した仕込みトンファーを、威嚇するように胸の前で構えて見せた。
整った顔には不敵な笑みを浮かべている。
こ、このままでは咬み殺される…!
オレは慌てて取り繕った。


「ち、違います…!
 私はこれを持ってきただけで、決してやましい気持ちは…」


ブンブンと顔の前で手を振り、オレは持っていたクリスマスツリーを恭さんに差し出した。
少し目を見開いて彼はそれを受け取る。


「ツリー…?」

「へぃ。御二人の晩餐の時間が少しでも華やげばと思いまして」

「…ふぅん」


恭さんは受け取ったツリーに視線を落とした。
電飾のスイッチを見つけた彼はそれをONにして、品定めをするようにツリーをクルクルと回した。
トンファーの一撃が来ないところをみると、どうやらお咎めはなさそうだ。
ホッとしていると「雲雀くん?誰かいるの?」と桜塚さんの声がした。
渡りに船とはこのことだ。
退散するきっかけが出来た。


「そ、それでは私はこれで」


恭さんに一礼してそそくさと戻ろうとしたが、「哲」と呼び止められてしまった。
や、やはり制裁を受けるのか…?
内心おっかなびっくり振り返る。

―――しかし、不機嫌であるはずの彼の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「ありがとう」

「ぃ、いえ…!」


唐突に礼を言われ声が裏返る。
恭さんはオレの反応に瞼を閉じてフッと笑うと、調理場の奥へと消えてしまった。
今度はしっかりとドアを閉めて。


聖夜の奇跡は二人だけでなく、このオレにも起きたらしい。


恭さんがオレに礼を…。
たった一言なのに今の「ありがとう」は俺の心に重く響いた。
ツリーを持ってきたことに対する礼なのか。
はたまた彼女をこちらに呼ぶ為に尽力したことへの労いなのか。
長年彼に仕えてきたがあんなにはっきりと言われたことがあっただろうか。
これも桜塚さん効果なのか…?
だとしたら、頭の上がらない人がひとり増えてしまったな。

呆然と立ち尽くしていたオレは元来た廊下を戻り始めた。


―――――ツリーの代わりに手に入れた、主からの最高の贈り物を胸に。



聖なる夜の贈り物
2009.12.24



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