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照明を落した薄暗い部屋の壁が、場面が変わる度に放たれる光で次々と色を変える。
リビングのソファに座る僕の横には年上の彼女。
いつもなら愛らしい笑顔を浮かべているその顔に、彼女は今、緊張と恐怖を張り付かせていた。

原因はテレビの画面に映っているホラー映画。

昴琉が同僚の楠木遥から借りてきた物だ。
昨年大ヒットしたとかで面白いから観てみろと押し付けられたらしい。
確かに描写はリアルでCGも凄いが、所詮は作り物。
僕にしてみれば気持ち悪いとは思っても何が怖くて、何が面白いのかさっぱりだ。
それでも昴琉の恐怖を煽るには十分だったようで。
先程から彼女はビクンッと身体を震わせたり、小さな悲鳴を上げっ放しだ。
僕の腕を胸に抱え込んで恐る恐るテレビを覗き見る昴琉に、僕は溜め息混じりに話しかけた。


「そんなに怖いなら観るの止めたら?」

「だ、だって、感想教えてねって言われてるし…」

「そんなの適当に答えればいい」

「嘘はダメよ…ひゃっ」


画面にアップになった怪物に驚いた昴琉は、短い悲鳴を上げて僕の腕を更にきつく抱き込んでぎゅっと目を閉じる。
変なところで律儀というか、何というか…。
こんな状態で内容なんて憶えているんだろうか。
再び目を開けて横目で映画を観始めた彼女に苦笑が漏れる。
それに気が付いた昴琉は頬を膨らませた。


「んもう…笑わないでよ」

「無理」

「…どうしてよ」

「貴女が可愛いから」

「!!!」


腕にしがみ付いたまま僕を恨めしそうに見上げていた彼女は、暗がりでも分かるほどに頬を真っ赤に染めた。
だがすぐに視線をテレビの方に戻す。
怖さで潤んだ瞳に映画のシーンが次々と映り込んで、とても綺麗だ。
変に胸がざわついて鼓動が速くなり、先程まで気にならなかった腕に伝わる彼女の体温や感触が気になり出す。
形の良い唇を尖らせて昴琉は僕に文句を言った。


「またそうやって大人をからかう」

「からかってなんていないさ。嘘はダメなんでしょ?」

「…本当に君は意地悪」


照れて困ったような昴琉の表情が僕の悪戯心を擽る。
好きな娘を虐めたくなる気持ちって、こんな感じなんだろうか。
これ以上怖がらせるのは彼女が可哀想だから、別の方法で虐めてみようか。
自然と口角が上がるのを自覚する。
また小さく悲鳴を上げて僕の腕にしがみ付いてきた彼女の耳元に口を寄せ囁く。


「可愛い」

「…!ひゃぅっ」

「可愛い」

「だから…きゃ!」

「昴琉可愛い」

「あぁっもうっ」


蒼くなったり赤くなったり忙しく顔色を変えていた昴琉は、自分が驚く度に繰り返し囁く僕を睨め付けた。
顔真っ赤だし照れて怒っているのはお見通しだから、そんなことされたって僕は少しも怖くない。


「雲雀くん…!面白がってるでしょ…!」

「少しね」

「…ッそういう言葉は連発しちゃダメよ。
 ―――――ホラーよりも心臓に悪いわ」

「昴琉…」


思い掛けない彼女の呟きに今度は僕が驚かされる。
僕の言葉は貴女にとってそれだけ破壊力があるってこと?
それってやっぱり僕を好いてくれているから…だよね?

―――――だとしたら、嬉しいな。

そう思ったらじわっと心の奥から温かくなってきた。
貴女は自分の言葉が僕にとって同じ様に破壊力があるんだって気が付いていないんだろうな。
何だかんだ言っても僕の腕を抱き込んで離さない昴琉の頭にキスを落す。


「やっぱり可愛いね」

「…降参。雲雀くんには敵わないなぁ」


怒っても無駄だと思ったのか昴琉は負けを認めてはにかんだ。
映画は退屈だけど、彼女の方から抱きついてくれる滅多にない機会だ。
活用しないのは勿体無い。
僕はもう少しこの映画には不釣合いな穏やかな気持ちを堪能することにして、映画が終わるまで昴琉に可愛いと言い続けた。



horror vs sweet
2009.10.31
ハロウィン記念といいつつも、ホラー映画ネタ。
オバケ繋がりって事で・・・い、いいですよね?(汗)



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