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―――――いけない。すっかり寝ちゃった。

重たい瞼を指先で擦りながら、首を少し動かして部屋の中を見回す。
時刻は午前2時近くだろうか。
つけっ放しのテレビからは、お笑い芸人のトークと観客の笑い声が流れてきている。
テーブルの上には空き瓶と、盛られた料理が見事になくなっているお皿が所狭しと並んでいた。

相変わらず雲雀くんは座った状態で背後からあたしを抱いたままだったが、瞼を閉じ静かな寝息を立てていた。
向かい側のディーノさんも、グラスを持ったままテーブルに突っ伏して微動だにしないが、恐らく寝てる。
ロマーリオさんと草壁くんもやはり寝ているようで、小さないびきを掻きながら絨毯の上にそれぞれ酒瓶を抱えて横たわっていた。

実はあの後、あたしに遣り込められた雲雀くんをディーノさんが再びからかい、結局口論になってしまったのね。
そしてそれは、何故かどちらがよりお酒に強く男らしいかという大酒飲み対決に発展。
あたしは女だから難を逃れたが、草壁くんとロマーリオさんは強制参加させられ、和やかに進むかと思われた酒宴は一気に戦闘モードへと変化した。
互いの部下が酔い潰れていく中、イタリアマフィアのボスと風紀財団の委員長の戦いは熾烈を極めた。
対決は長時間に及び、少量とはいえ度数の強いお酒を飲んでいたあたしは、彼らの決着を見届けることなく眠ってしまったのだ。

せり上がってきた欠伸を噛み殺しつつ、あたしは眠っているみんなをもう一度見た。
このままじゃ寒いだろうし、何より風邪を引いたら大変。

毛布、取りに行こう。

自分に巻きつく雲雀くんの腕を、彼を起こさないよう慎重に外す。
絨毯に手をついてゆっくりと立ち上がろうとすると手首をパシッと掴まれた。
勿論雲雀くんだ。
『他人』がいるせいか、部屋が明るいせいか、彼の眠りは然程深くなかったようだ。
元々野生動物かと思うくらい気配には敏感なんだよね。
それでもやはり大量のアルコールを摂取したせいで、目を開けているのがやっとのように見える。


「…どこ、行くの」

「毛布を取ってくるだけよ」


声を潜めてそう告げると、雲雀くんは「そう」と呟き続けて大きな欠伸をした。
サイドボードに背を預けて再び瞼を閉じた彼の黒髪をよしよしと撫でてから、あたしは毛布を取りに寝室へ向かった。
雲雀くんと二人暮しな上に誰かを泊めるなんて事態を想定していなかったから、当然人数分の毛布はない。
お昼寝用のブランケットや夏用のタオルケットでもないよりはマシよね。
クローゼットからそれらを引っ張り出し、ベッドの毛布も引き剥がす。
往復するのが面倒だから、あたしは全部抱えてリビングに戻った。

絨毯の上に一旦置いて、忍び足で近付いて1枚ずつみんなに掛けていく。
つけっ放しだったテレビを消し、灯りを常夜灯に切り替えて、最後に雲雀くんの元に戻ってそっと毛布を掛ける。
その途中で綺麗な寝顔に見惚れて手が止まった。

美人は3日で飽きるなんていうけど、アレ絶対嘘だと思う。

本当だったら今更こんなにドキドキしないはずだもの。
特に今日は可愛い雲雀くんが沢山見られたし、凄く幸せな気分。
遊びに来てくれたみんなに感謝だわ。
至福に浸ってそんな事を考えていたら、雲雀くんの閉じられていた瞳がパチッと開いた。


「寒い」


雲雀くんはちょっと不機嫌そうに呟くと、掛けかけの毛布を払ってあたしを抱き寄せた。
ちゅっちゅっと彼に唇を啄ばまれそのまま押し倒される。
ちょ、すぐ傍にみんないるのに…!まだ酔ってるの?!
気にせず深く唇を重ねてくる雲雀くんから逃れる為に、あたしは慌てて顔を逸らした。


「ひ、雲雀くん…!」

「みんな寝てる」


寝てるって言ったって、いつ起きるか分からないじゃないのっ
耳元にキスを落され否応無しに顔が熱くなるのを感じながら、あたしは尚も小声で抗議した。


「でもこんなの…!」

「朝からしてないんだ。昴琉はしたくないの?」


潤んだ漆黒の瞳であたしを見つめ、雲雀くんは艶っぽく呟いた。
そ、そりゃ、確かに今朝お見送りの時にしたきりで、雲雀くんとならいつだってキスしたいけど…っ
ちらりと目だけ動かして視線をみんなに走らせる。
全員ぐっすり寝ているように見えるが、一番近いディーノさんの顔はテーブルが遮っていて確認出来ない。
ディーノさんだって雲雀くんを相手に戦えるくらいなんだから気配には敏感なはずだし、もしかしたら気を使って寝たふりをしているのかもしれない。
こういう時に冒険出来る勇気をあたしは持ち合わせていない。


「……ダメよ。見られちゃったら恥ずかしいもの」


彼の服をきゅっと掴んで、固く唇を引き結ぶ。
キッチンでの未遂だって見られてしまって物凄く恥ずかしかったのに、してるとこなんて見られたら恥ずかし過ぎて死んでしまう。
けれど雲雀くんは不敵な笑みを浮かべた。


「見られなければいいんだね?」

「へ?」


雲雀くんは頭の上まで毛布を引き上げてすっぽり被る。
彼に押し倒されているあたしも必然的に毛布の中。
逃げようとするあたしの頭を抱えるように手で押さえて、些か強引に雲雀くんはキスを再開し始めた。
確かにこれなら見られないけれど、もそもそ動く毛布の塊なんて……よ、余計に怪しいじゃないかぁー!
しかも彼はわざと音を立てて口付け、あたしの羞恥心を煽って愉しんでいる。
…もう!本っっっ当に意地悪なんだからっ
それでも徐々に頭が朦朧としてきたのは、きっと酒気のせいだけじゃない。


―――――あたし、雲雀くんに酔ってるんだ。


強引に唇を重ねられても心から嫌がっていない自分は、どれだけ彼のことを好きなんだろうかと思う。
こんなにドキドキして苦しいのに、それが気持ちいいなんて…。
雲雀くんが満足する頃には抵抗する力なんてすっかり奪われて、もっと触れて欲しいとさえ思っていた。
呼吸を整えるあたしを見下ろし、年下の彼は嬉しそうに目を細めた。


「昴琉、可愛い」

「…!」

「きっと綺麗なんだろうな。貴女の花嫁姿」

「―――ッ」


凄く、凄く、驚くくらい穏やかな雲雀くんの微笑みに一瞬呼吸が止まる。
君にそんな風に言われたら、嬉しくてドキドキが止まらなくなるじゃない。
ただでさえこの特異な状況と空間で気持ちが落ち着かないっていうのに。
雲雀くんの魅惑的な笑顔は呼吸が整うのを遅らせたけど、同時にあたしの口に弧を描かせた。


「雲雀くんの花婿姿もカッコいいんだろうな」

「きっと惚れ直すよ?」

「うん、そう思う」


即答すると、雲雀くんは驚いたように漆黒の瞳を見開いた。
冗談抜きでそう思う。
だって普段のスーツ姿もカッコいいんだもの。
スタイルも抜群だしタキシードなんて着られちゃったら、カッコ良過ぎてあたし隣に立てないかも。
雲雀くんはすぐにまた柔らかく微笑んで、婚約指輪の嵌められたあたしの指に自分の指を絡めて繋ぐ。


「愛してるよ、昴琉」


飾らないストレートな告白に胸の奥がきゅぅっと締め付けられる。
いつも以上に甘く感じるのはやっぱりお酒のせいなのかしら。
……何だか晩酌の機会を増やしたくなってしまった。
数度軽く唇を重ね、あたしの上に覆い被さっていた雲雀くんは横に身体をずらして寝転がった。


「もっと貴女を咬み殺したいけど、今夜はちょっと飲み過ぎたみたいだ…」


そう言う彼の瞳は既に閉じられている。
洒落にならないくらい沢山飲んでいたもんね。
実際キスもお酒の味だったし。
自分の欲求に素直で子供みたいな雲雀くんが愛おしくなって、あたしは彼の背中に片腕を回してぽんぽんと軽く叩いた。


「ゆっくり休んで」

「ん…おやすみ、昴琉…」

「おやすみ、雲雀くん」


ふぁ〜っと欠伸をしながらあたしを抱き締め直すと、雲雀くんはすぐに寝息を立て始めた。
幸せな気持ちで心がぐんぐん満たされていく。
このまま雲雀くんの傍で眠りたいなぁ。
空いたお皿や酒瓶を片付けてしまいたいけれど朝でいいよね?
一緒に寝ないと絶対損な気がするもの。
雲雀くんの逞しい腕の中でゆっくり瞼を閉じて、あたしは自分をちょっぴり甘やかすことに決めた。



2011.1.28


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