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「あれ?昴琉、ハンバーグは?」

「ごめんなさい。材料足りなくて」


雲雀くんに作るなって言われましたというわけにもいかず、生ハムのサラダをテーブルに置きながら、あたしは適当な理由を付けてディーノさんに謝った。
彼は心底残念そうに「それじゃしょーがねーなぁ」と呟いた。
…雲雀くんってば、どれだけ自慢してくれてたのよ。
自分の知らない間に話題に上っていたと思うと、凄くくすぐったい気持ちになった。

チーズをのせたクラッカー、ソーセージのトマト煮込み、唐揚げ、その他数品。
買い溜めしていた食材で、どうにかイタリア人のディーノさんとロマーリオさんの口に合いそうな物を作る。
草壁くんは同じ日本人だし、余程あたしの味覚がおかしくなければ食べてくれるだろう。
何より食に煩い雲雀くんが文句を言わずに毎日あたしの作った御飯を食べてくれいるというのが、ちょっとした安心感に繋がる。
ソファを端に寄せ、中央に移動させたテーブルを囲んでいるみんなの所へ順々にそれらを運ぶ。
雲雀くんと二人きりで過ごすリビングよりも数倍賑やかだ。
ロマーリオさんと草壁くんは既にいい感じに酔っ払っていて、テレビから流れてきたCMの曲をグラス片手に二人で口ずさんでいる。
親子くらい歳が離れていそうなのに仲良しなんだなぁ。
空いたお皿を片付けながらその光景に頬を緩ませていると、ディーノさんに話しかけられ鬱陶しそうにしながらも、大人しく酒宴に加わっていた雲雀くんに腕を掴まれた。


「ひゃ!」


容赦なく引っ張られ、思わず声を上げてしまった。
雲雀くんは自分の方に体勢を崩して倒れ込んだあたしを、掻いていた胡坐を崩して脚の間に座らせる。
そして逃がさないと言わんばかりに腰に片腕を巻きつけ、ご丁寧にガッチリあたしの身体を両脚で挟んだ。
強引な行動に驚いて彼の顔を振り仰ぐ。


「もういいから。動いてばかりいないで座りなよ」


あれ?もう酔ってるの…?
あたしを見下ろす漆黒の瞳はちょっと据わり気味で、黒髪が影を落す頬も少し赤い。
雲雀くんは普段飲んでもあまり顔に出ない。
こちらに来て分かったことだが、大人になった彼はアルコールに対してかなりの耐性を具えていた。
その彼が多少なりとも酔っているということは、それなりの量をそれなりのペースで飲んだということになる。
ちょっと視線を巡らせると、案の定、空だと思われる一升瓶が5、6本床に転がっていた。
他にも洋酒の空き瓶がちらほら。
成人男性四人で飲んでいるとはいえ、ハイペースには違いない。
どれもこれも高そうなのに、ちゃんと味わってるのかしらね…勿体無い。
思わず溜め息が漏れそうになったその時、前に座っていたディーノさんがダンッと音を立ててグラスをテーブルに置いた。


「ずりーぞ、恭弥!オレにもちょっと昴琉貸せ」


…へ?!
あたしは金髪の青年の唐突な台詞にギョッとした。
ま、まさかディーノさんも酔ってる?!
彼の鳶色の瞳もまた、雲雀くん同様に据わり気味だった。
唯でさえ今日は不機嫌なのに、そんなこと言ってまた雲雀くんを煽らないで下さい…!
仕込みトンファーが出るんじゃないかとヒヤリとしたが、雲雀くんは言葉で攻撃する方を選んだようだ。


「嫌だ。どうして貴方に貸さなきゃいけないのさ」

「可愛い教え子の婚約者だぞ?愛でないでどうする」

「どうもしなくていいよ。昴琉を愛でていいのは僕だけだ」


きっぱり言って、雲雀くんはくぃっと日本酒を呷る。
これにはあたしも心の中で相槌を打った。
カッコいいディーノさんにそう言ってもらえるのは女として光栄だけど、酔った勢いで愛でられては困る。
そんなことになってはこのマンションが壊れかねない。
…いや、冗談抜きで。
更に加えて言えば、あたし自身も怒った雲雀くんに何をされるか分かったもんじゃない。
つれない雲雀くんに口を尖らせたディーノさんは、酔いのせいか更にしつこく食い下がった。


「じゃぁ昴琉の作ったハンバーグ食わせろよ。
 どうせ恭弥が作るなって言ったんだろ?」


ば、バレてる。
穏便に済ませようと吐いたあたしの嘘は物の見事に見抜かれていた。
マフィアのボスともなると、そういった術に長けているのかしら。
雲雀くんとディーノさんのハラハラする会話は尚も続く。


「駄目だよ。あれも僕だけのものだ」

「なら昴琉貸せ」

「何度言ったら分かるの?これは僕のだよ」

「少しはオレにも幸せ分けろっつーの」

「生憎だけど、貴方に分け与える幸せは持ち合わせてないよ。
 そんなに淋しいならこれでも抱えてたら?」


雲雀くんは涼しい顔で傍にあったクッションをむんずと掴み、向かい側のディーノさんに投げつけた。
しかしそこは酔っていても荒くれ者を束ねるマフィアのボス。
彼は至近距離から投げられたクッションを素早い動作でキャッチした。


「ハン!恭弥はまだまだガキだな。全てを独占しないと不安か?」


大人の余裕すら感じさせる笑みを浮かべて放たれたディーノさんの台詞に、あたしの腰に回された雲雀くんの手がピクリと反応する。
流石に今のは不味い。
人並み以上に高い彼の矜持を傷付けるには十分過ぎる。


「…へぇ。部下がいるからって今日は随分強気じゃない」


敵意を向けられていないあたしがゾクリとするほど低く、静かな怒りを含んだ声。
雲雀くんにとって今日の訪問は押しかけられたようなものだ。
これまで彼が我慢出来ていたことの方が奇跡に近い。
けれどディーノさんはそれを全く気にせず、今度はあたしに視線を移しにっこり笑う。


「昴琉〜、こっち来たら酒飲ませてやるぞー」

「え…!」

「どうせ恭弥は飲ませてくれねーだろ?ほら、来い来い」


ディーノさんはぽんぽんと自分の膝を叩いた。
な、なんて甘い誘惑…!
あたしの心は彼の言葉に大きく揺らいだ。
幾ら何でも彼の膝の上に座るようなことはしないが、お酒の味見はちょっとしたい。
だってね、本当に高級で美味しそうなお酒ばかりなの。
あたし自身無類のお酒好きってわけじゃないけれど、嫌いでもないから興味はそそられる。
だけど、雲雀くんの嫌がることはしたくないし、これ以上怒らせるのは断じて不味い。
うぅ…ちゃんと断らねば。
遠慮しておきます、と言いかけたその時、雲雀くんは自分の使っていたグラスを無言であたしに握らせた。
グラスにはまだ半分くらいの量が残っている。


「飲んでいいの…?」

「少しだけだよ」


雲雀くんを振り仰いで半信半疑で訊ねると、渋々とではあるが彼は頷いた。
お花見の時にあれだけ飲ませないって言っていたのに……余程ディーノさんにあたしを取られたくないとみえる。
不機嫌そうなんだけど、頬が赤いせいで拗ねてるみたいにも見えて。
カッコいい彼のこういう表情は胸がきゅんとして困る。

……あぁっもう!可愛いなぁ、雲雀くん!

そんなあたし達のやり取りをしっかり見ていたロマーリオさんが豪快に笑った。


「恭弥と昴琉が可愛くてちょっかい出したくなるのは分かるが、諦めるんだな、ボス!」

「…ちぇ、言ってくれるぜ。
 なかなか恭弥一緒に酒飲んでくれねーし、オレだってたまには戦い以外でスキンシップ取りてーの!」


自分の部下に窘められたディーノさんは、口を子供のように尖らせてむくれた。
そしてまだ足りないと言わんばかりに、赤ワインを自分のグラスに注ぎながら話を再開する。


「知ってるか?昴琉。
 こいつ昴琉と離れてるのが淋しいからって、会う度にトンファーでオレに襲い掛かって憂さ晴らししてたんだぜ。
 『昴琉〜、昴琉〜』って泣きながら」

「へ?!」


雲雀くんが泣きながら?
流石にそれはあり得ないと思うんですけど…って、あぁそっか。
ディーノさんまた雲雀くんをからかってるんだ。
スキンシップを取りたいっていうのは本当のようだ。
可愛い弟子だから構いたいし、構って欲しいのかも。
そんなディーノさんの気持ちを知ってか知らずか、筑前煮にお箸を伸ばしていた雲雀くんはその手を止めて低い声で怒りを露にした。


「…ちょっと。デタラメなこと言わないでくれる。いい加減咬み殺すよ?」


こ、怖。
本当にどうして雲雀くんたらこんなに態度違うのかしら。
あたしには優しいのに。
ここまで無下にされても尚、雲雀くんと接触を持とうとしてくれるディーノさんが段々気の毒に思えてきた。
少し、ディーノさんの肩を持ってあげよう。


「デタラメなの?」


そう言って、あたしは怖い顔でディーノさんを睨む雲雀くんを上目遣いに振り仰ぐ。


「本当なら凄く嬉しいのに…」

「―――ッ」


残念そうに呟かれたあたしの言葉に、雲雀くんは漆黒の瞳を大きく見開いた。
そしてほんのり桜色だった彼の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。
ディーノさんの味方をする為に言ったが、自分の言葉に嘘はない。
淋しい思いをさせてしまったのは幾ら謝ったって謝り切れないけれど、それだけ愛されているのだと嬉しくなってしまうから。

まさかあたしに口を挟まれると思っていなかった雲雀くんは、何か言いかけたがみんなの視線を一身に受けていることに気付き、すぐに唇を真一文字に結んだ。
出し抜けに照れた顔を晒してしまい、二人きりの時のように素直にはなれないらしい。
腰に回した手の指先が、ぎゅっとあたしの服を掴んでいる。
困ったように視線を彷徨わせ少し葛藤した様子は見せたけれど、結局雲雀くんはあたしの肩に顔を埋めてだんまりを決め込んでしまった。
首筋に触れた彼の耳の熱が無言の照れをあたしに伝える。
益々彼が愛おしくなって、あたしは小さく笑って雲雀くんの髪を撫でた。

事の成り行きを見守っていた三人は彼の反応に目を見張る。
草壁くんなんてあんぐりと口を開けてしまっている。
まじまじとあたしと雲雀くんを見つめていたディーノさんは、感心したようにぽつりと言った。


「一言で恭弥を撃沈するとは……昴琉は本当に猛者だな…」



2010.12.25


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