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92


スイートルームで雲雀くんと甘い夜を過ごした翌日。
お昼頃までゆっくりしてチェックアウトし、ホテル内のレストランで昼食を取った後、雲雀くんと一緒にマンションまで帰ってきた。
今日はそのまま家に居るのかと思ったんだけど、雲雀くんは用事があるとかですぐにお屋敷へ行ってしまった。

…ちょっとだけ淋しい気もしたけれど、午前中ずっと一緒に居られたんだから贅沢言っちゃ駄目よね。

深呼吸をして気持ちを入れ替えて家事に取り掛かる。
洗濯機を回して、掃除機をかけ、冷蔵庫の中身を確認して夕食の献立を決める。
洗い上がった洗濯物を干し終えると、それを見計らったようにヒバードがやって来た。
時計を見れば午後3時を少し回ったところ。


「お茶にしようか」


そう声をかけると、物干し竿に止まって羽を繕っていたヒバードは嬉しそうにピピッと鳴いて、あたしの肩に飛び移った。
ヒバードと部屋に戻り、キッチンでお茶の準備をする。
今日はクッキーをお茶菓子にアールグレイを飲もうかな。
草壁くんへのお土産にケーキが買えなかったから、お昼にホテルのレストランで売っていたクッキーを買ったんだけど、その時自分用にもちゃっかり買ってきちゃった。
お屋敷に戻るって言ったから雲雀くんに持たせたけど、ちゃんと草壁くんに渡してくれたかしら。
そんなことを考えながらテーブルの上でクッキーを細かく砕いてやると、ヒバードは待ってましたと言わんばかりに飛び降りてクッキーの欠片をつつき始めた。
その光景に頬を緩ませて、あたしも椅子に座って紅茶を一口飲んで一息つく。
カップを両手で包むと、掌から紅茶の温かさがじんわりと沁みてくる。


久々に何の憂いもなく過ごす午後は気持ちがいい。


立ち昇るアールグレイの香りを嗅ぎながら目を閉じて、昨日の出来事を思い出す。
戦うこと以外にあまり関心のない彼が、あたしの為に陰で色々頑張ってくれていたという事実はとても嬉しかった。
仕事だってあるから大変だったろうな。
つい怒っちゃったけど、短慮だったかな。
みんなにも迷惑かけちゃったし……ホント駄目だなぁ、あたし。
小さく溜め息を漏らしたあたしをヒバードが不思議そうに首を傾げて見上げた。


「何でもないわ」


そう呟いて指先で頭を撫でてやると、ヒバードは安心したのか再びクッキーの欠片を食べ出した。

そうそう。
雲雀くんと仲直りしてからみんなと合流してケーキバイキング行ったの。
いつもだったら団体行動を嫌がる雲雀くんも一緒に。
ビックリだよねぇ。
リボーンくんがいたからなのかな。
雲雀くん、小さいけれど強い彼に一目置いているみたいだし。
まぁそうは言ってもリボーンくんはビアンキさんの膝の上でケーキ食べさせてもらってたし、雲雀くんはずっとあたしの傍にくっついてたからあまり会話はしていなかったんだけど。
いっぱいケーキ食べて、おしゃべりして、とっても楽しかったからすぐに時間過ぎちゃった。

あ、でも別れ際はちょっと恥ずかしかったな。

雲雀くんの希望でホテルに泊まることになったじゃない?
何だかそれを知られるのも恥ずかしくて一先ずロビーまでみんなと一緒に降りたんだけど、結局雲雀くんがしれっとバラしちゃって。
その時のみんなのニヤニヤ顔ったら…思い出しただけで顔が火照るわ。
んもう…雲雀くんのバカ。
再び恥ずかしさが込み上げてくる。
ドキドキする胸を落ち着けようと、カップに口を付けた時だった。


「ヒバリッヒバリッ」


それまで大人しくクッキーをつついていたヒバードが、急に彼の名を呼びパタパタと玄関の方に飛んでいく。
その直後、ガチャリと鍵の開く音がした。
え、まさか!
慌ててヒバードの後を追うと、ふわふわの黒髪にヒバードを乗せた雲雀くんが靴を脱いでいるところだった。
廊下に上がった彼はあたしを自分の方へ引き寄せ、軽く口付ける。


「ただいま」

「お、お帰りなさい。もう用事済んだの?」

「うん。これを取りに行っただけだから」

「わっ」


彼はいつの間にか靴箱の上に置かれていた数冊の雑誌をあたしに持たせた。
か、肩抜ける…!
予想外の重さにそれらを落しそうになってしまった。
こんなに重いなんて一体何の雑誌よ。
そう思って雑誌に視線を落したあたしは驚いて目を丸くした。
だって結婚情報誌だったんだもん。


「わざわざ買ってきたの?」

「いや」

「あ、ビアンキさんと見てたの?」

「違うよ」


あたしの質問にムスッとした雲雀くんは、間髪を容れずに否定した。
そして拗ねたように視線を逸らす。


「…僕は何も知らないから。参考にしようと思って、屋敷でそれを見て調べてたんだ」

「雲雀くんが、これを?」

「そうだよ」

「ひとりで?」

「…悪い?」


顔をちょっぴり赤らめて口をへの字に曲げた雲雀くんは、横目であたしを見る。


「ううん、悪くない。悪くないけど…」


あたしは俯いて再び情報誌に視線を戻す。
真っ白なウエディングドレスを身に纏い、幸せそうな微笑を浮かべた女の子の表紙。

雲雀くんがお屋敷でひとり、この雑誌を捲っている姿を想像したら…ちょっと可愛くて。

どのドレスがあたしに似合うかなとか、どんな結婚式にしようかなとか考えながら見てたのかな。
その時雲雀くんはどんな顔して見てたのかしら。
笑顔かな…それともちょっと眉間に皺寄せて苦悩顔?
いっぱい考えてくれたんだろうな。
あたしのこと、沢山、沢山。


―――――どうしよう…嬉しい。


込み上げてきた気持ちがあたしの視界を滲ませる。
心配してくれたのだろうか。
雲雀くんの頭からあたしの肩に飛び移ったヒバードが、細い脚をめいいっぱい伸ばして頬に擦り寄ってきた。
一方雲雀くんは勘違いをしたようで。


「一応言っておくけど、ちゃんと仕事してたからね」


俯いたまま黙っていたから、また仕事をサボっているとあたしが怒ったと思ったらしい。


「やだ。そんな心配してないわよ」


あたしは涙をぐっと堪えて情報誌を抱え直し、小さく笑って仏頂面の彼を見上げる。
今凄く幸せな気持ちでいっぱいだから、嬉し泣きだとしても雲雀くんに涙を見せたくなかった。
きっと優しい君は心配するからね。
複雑な表情を浮かべている彼より先にあたしは口を開いた。


「あのね、今ヒバードとホテルで買ったクッキー食べてたの」

「あぁ、哲の土産に買った…。美味いの?」

「うん、とーっても!」

「なら食べる」

「じゃあこれ、お茶飲みながら一緒に見よっか」

「うん」


柔らかい笑顔を浮かべて賛成してくれた雲雀くんに、あたしもにっこりと微笑み返した。


***


風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングへ行くと、昴琉がソファに腰掛けていた。
テレビからは最近発売されたコーヒーのCMが流れていたが、彼女はずっと下を向いたままで観ている様子はない。
足音を立てないように近付いて、そっと背後から覆い被さって彼女を抱き締める。


「昴琉」

「うわ!雲雀くんか…ビックリしたぁ〜」


身体をビクッと震わせて驚いた彼女は、振り返って僕を確認するとホッとしたように短く息を吐いた。
僕以外に誰がいるっていうのさ。
可愛い反応に満足しながら彼女の膝の上を覗き込むと、昼間僕が持って帰ってきた結婚情報誌が開かれていた。


「まだ見てたのかい?」

「うん。あ、やだ。テレビつけっ放し」


彼女は決まりが悪そうに笑って、手元のリモコンでテレビを消した。
そして再び情報誌に視線を戻し読み始める。
僕が帰って来てから昴琉は始終この調子だったが、機嫌がいいのは間違いなかった。
目をキラキラさせて紙面のウエディングドレスを見る彼女は本当に嬉しそうで。

…そんなに貴女が喜ぶなら、初めから一緒に話し合えば良かったな。

昴琉を驚かせたくて内緒で結婚の計画を進めていたが、今日のご機嫌な彼女を見て僕は少しばかりそれを後悔していた。
彼女にとって、結婚がどれだけ重要な意味を持つのか分かった気がしたから。


「一生に一度だからね。遠慮しないで好きなものを選ぶといい。昴琉はどんなドレスがいいの?」


そう訊ねると、昴琉は頁を捲る手を止めて口篭った。
開いた情報誌の上で手を組み合わせモジモジし始める。


「そのことなんだけど…ドレスってどこら辺まで決まってたのかな」

「昴琉に似合いそうなのをニ三着見繕ってはいたけど…どうして?」

「ん…やっぱり雲雀くんに選んでもらおうかなと思って」


彼女の言葉に僕は自分の耳を疑った。
自分で選びたいから昨日あんなに怒ったんじゃないの?
今だって楽しそうにウエディングドレスの特集頁見てたじゃないか。
それなのに、どうしてまた僕に選んで欲しいなんて……


「また遠慮?だったら咬み殺すよ」


少しムッとして僕は肩越しに昴琉の顔を覗き込んだ。
彼女は目を丸くすると慌てて首を振る。


「違う違う!そうじゃないの。そうじゃなくて…」


昴琉は自分に回された僕の腕に両手で触れると、何かを噛み締めるようにそっと瞼を閉じた。


「リボーンくんやビアンキさん、何より君がしてくれた努力が、自分の我が侭で報われないのは何だか勿体無い気がして。
 それに雲雀くんが選んでくれるドレスならきっとあたしにピッタリだと思うの。
 いつでも君はあたしを見てくれているから」


そう言って僕を振り返った昴琉は、ほんのり頬を朱に染めて微笑んだ。
その愛らしい笑顔に自分の胸が狭くなるのを感じる。

…結局貴女は、こんな時まで自分よりも他人を気遣うのか。

僕は小さく溜め息を吐いて彼女を抱き締めていた腕を解き、ソファの前に移動して彼女の隣に腰を下ろす。
そして不思議そうに僕を見つめる昴琉を抱き締め直した。
自分の胸に閉じ込めるように、きつく。


「貴女のそういうところ、好きだよ。ムカつくけど」

「何それ」


僕の腕の中でクスクスと貴女は笑う。
他人の好意を素直に受け取り、自分の幸せに変換出来る昴琉。


そんな貴女が、堪らなく…愛おしい。


後頭部に手を添えて昴琉を上向かせ、額に頬にとキスを落して、最後に紅い唇を塞ぐ。
柔らかくて温かい貴女の唇は、甘やかな刺激を僕の全身に走らせ狂わせる。
何度口付けを交わしたって足りなくて、もっと貴女に触れたいと思わせるんだ。
そっと唇を離して閉じた瞼を開ける。
頬を上気させ艶っぽく瞳を潤ませた昴琉は、僕と視線が合うと恥ずかしそうに僕の胸に顔を埋めた。
…可愛い。
今度は優しく抱き締めて彼女の髪を撫でてやる。


「ドレスは僕が選ぶ」

「うん、お願い」

「そうだな…どうせならオーダーメイドにしようか。
 世界でたった一着、貴女の為だけにあつらえたウエディングドレスをプレゼントするよ」

「…嬉しい。雲雀くん大好き」


本当に嬉しそうに呟いて、昴琉は僕の背中に腕を回してぎゅっと抱き付いてきた。
キスだけにしておこうと思ったのに。
年上の彼女が珍しく見せた甘えた仕草に、男心が擽られる。
ふと愛しい彼女に触れるいい口実を見つけた僕は口元に笑みを浮かべた。


「そうと決まれば、サイズ測らなくちゃね」


彼女の耳元でそう囁いて、僕はゆっくり昴琉をソファに押し倒した。



2010.10.31


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