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「えぇ?!ウエディングドレスを見立ててもらってたぁー?!」


立ったままする話ではないからと、雲雀くんが用意してくれたホテルのスイートルーム。
話をするだけなのにスイートの必要があるのかと突っ込みたかったけれど、そこで彼とビアンキさんから今までの経緯を説明されたあたしは、思わず大声を上げてソファから立ち上がってしまった。
腕と脚を組み、向かい側のソファに深く腰掛けている雲雀くんは「そうだよ」と溜め息混じりに言う。

な、何それ…。

あたしは脱力して、崩れ落ちるように元いたソファに腰を沈める。
ここ最近の彼の不審な行動、つまりコソコソ電話をしたりビアンキさんと会っていたのは、あたしと雲雀くんの結婚式の計画を練っていたからだというのだ。
確かにこれだけ大きなホテルならウエディングプランもあるだろう。
となれば、大抵ウエディングドレスも置いてある。
密会の理由がはっきりして胸のつかえが取れたはずなんだけど……何だろ。


すっごくホッとして、すっごく嬉しくて、すっごく複雑。


雲雀くんにプロポーズされて婚約指輪も貰った。
けれど、異世界から来たあたしには当然こちらの戸籍はない。
そんなあたしにとって彼との結婚式は、『雲雀くんの奥さん』になるという事実を体感出来る唯一の行事。
戸籍とか婚姻届とかそんな紙の証より、気持ちの伴う誓いの方がよっぽど大切で意味がある。
あちらにいる時から雲雀くんはあまりそういうことに興味がなさそうだったし、あたしも彼と一緒にいられるなら式を挙げようが挙げまいが構わないと思っていた。
でもまさか、自分に内緒で進められているとは。
あたしがもっと若ければ素直に喜べたのかもしれないな…。
複雑な想いのまま、あたしは年下の婚約者に拗ねた視線を向けた。


「結婚式のことならあたしだって一緒に考えたかったのに」

「驚かせたかったんだよ」


そう言って雲雀くんは自分の胸元に光るネクタイピンを長い指で弄った。
翼をモチーフにしたそれは、あたしが彼に贈った物だ。
それを引き合いに出しますか…。
確かにあの時はあたしも彼を驚かせたくて、内緒でバイトをして彼に心配をかけてしまった。
でも同列に扱うにはバレンタインと結婚とじゃ重要度が違うと思う。
バレンタインは毎年来るけど、雲雀くんとの結婚式は一生に一度だもん。
考えを巡らせているうちに段々腹が立ってきた。
雲雀くんが選んでくれるのならまだしも、他の女性にウエディングドレスを選ばせるだなんて……信じられない!
少しは悔いているだろうかと向かい側に座っている雲雀くんを見れば、何故か不機嫌オーラ全開。

何なの、その不遜な態度。

計画が狂ったのがそんなにムカつくの?
んもう、ヒトの気も知らないで…!
むくれたいのはこっちの方よ。
危ないことしてるんじゃないかとか、浮気なんじゃないかとか、本当に沢山沢山考えて悩んだのがバッカみたい。
勿論勝手に色々憶測して不安になった自分が悪いんだって分かっているけど…。
ビアンキさんの手前荒げたくなる声はどうにか抑えたが、自然雲雀くんに向ける視線に怒りが篭る。


「君の気持ちは嬉しいし理解出来るけど…結婚は二人でするものなのよ?
 一緒に選ぶでしょ、普通」

「知らないよ。僕は昴琉以外と付き合ったことないんだから」


然も面白くなさそうにそう言って、雲雀くんは外方を向いてしまった。
予想していなかった彼の返答に一気に顔が火照る。
だって雲雀くんの恋愛に関すること全て、あたしが独り占めしちゃってると暴露されたようなもんでしょ?
嬉しいけど恥ずかしい…っ
膝の上の手を握り締めてどう返していいか困っていたら、隣に座っていたビアンキさんがクスッと小さく笑った。
そして外方を向いたままの雲雀くんに声を掛ける。


「ほーら御覧なさい。だから言ったでしょ?絶対に彼女怒るわよって」


ビアンキさんに勝ち誇ったように言われ、横目で彼女を睨み返した雲雀くんの眉間には痕が残りそうなくらい深い皺が刻まれる。
更に輪をかけて不機嫌になった雲雀くんを余所に、ビアンキさんはあたしの肩に手を回すと自分の方へ引き寄せた。
間髪を容れず雲雀くんが抗議する。


「ちょっと。気安く昴琉に触らないでくれる?」

「何よ、度量が狭いわね。少しは自分の彼女を見習ったら?」

「…どういう意味だい?」

「彼女が私と貴方が一緒にいるところを見たのは今日が初めてじゃないのよ。
 前回の打ち合わせの日、このホテルから出てくる私達を昴琉は既に目撃していたの」


雲雀くんの漆黒の瞳が驚きに見開かれる。
あたしも驚いて綺麗な微笑を湛えるビアンキさんの顔を見た。
どうしてビアンキさんがそのことを知ってるの?!
あ…もしかしてハルちゃん達かな。
この計画のことも彼女達は知っていたみたいだし、もしかしたらあたしが不安に思っていたことも話題に上っていたのかもしれない。


「それでも昴琉は何も言わなかったのよ?貴方を信じようとしたの。
 深く愛しているから……不安で仕方なかったでしょうに」


あたしの肩を抱くビアンキさんの手に僅かに力が篭った。
もしかしたら彼女も同じ様な経験があるのかもしれない。

 
「…本当なの?」


真っ直ぐこちらを見て問い掛ける雲雀くんから、あたしはパッと視線を逸らしてしまった。
だってものすっごく怖い顔してるんだもの。
固く口を噤むあたしの反応を肯定と取った彼は、片手で顔を覆って深く深く溜め息を漏らした。


「……どうして言わないの」

「ご、ごめん」

「昴琉が謝る必要なんてないわ。
 女心の分からないヒバリと、分かっていたのに手を貸した私が悪いんだから。
 ごめんなさいね、昴琉。貴女には辛い思いをさせてしまったわ」


思わず謝ってしまったあたしの手を、ビアンキさんは白く細い手でそっと包んですまなそうに言った。
あたしは慌てて首を振る。


「そんな…!」

「私もあの人に頼まれなければ、こんな野暮な話断るつもりだったのだけれど…」

「あの、人?」

「オレだぞ」


…え?
何処からともなく声がして、雲雀くんの横に据え置かれたクッションから唐突に手足が生えた。
最後にツンツン頭がポンッと飛び出る。


「ちゃおッス」


な、な、な、何?!

声が出ないほど仰天したあたしは、思わずビアンキさんに抱きついてしまった。
すぐ傍の雲雀くんは慣れているのかはたまた知っていたのか、驚きもしないで平然としている。
寧ろ口角を上げて『それ』と挨拶を交わす。


「やぁ、赤ん坊」

「よぉ、ヒバリ」


ビアンキさんはあたしを抱き留めながら、「まぁ、リボーン!今日のコスプレも素敵だわ」とうっとりしながら言った。

え?え?えぇー?!
このクッションお化けがリボーンくん?!

確かにコミックスの中でよく色々な物に変装してたけど、実際にこの目で見ることになろうとは。
可愛らしいその外見に反して、彼はツナくんの家庭教師で一流のヒットマン。
雲雀くんの強さに目をつけ、ボンゴレ10代目雲の守護者に抜擢した人だ。
ずっと会いたいと思っていた人物だけに、この対面はインパクトが大き過ぎた。
…一体彼はいつからクッションになってたんだろう。
ドキドキする鼓動に耐えながらまじまじと観察するあたしに、リボーンくんはニッと笑って見せた。


「驚かせちまったみてーだな」

「い、いえ」

「オレはリボーン。よろしくな」


あたしはビアンキさんから離れて居住いを正し、彼に倣って名を名乗る。


「初めまして。桜塚昴琉です」

「あぁ、噂は予予聞いてるぞ。
 早速だが、こんな事態になっちまった経緯には、ビアンキが言うとおりオレも一枚噛んでるんだ。
 最初にヒバリから結婚についての相談をされたのはオレなんだぞ」


リボーンくんの言葉を引き継いで、憮然とした表情で雲雀くんが話し始める。


「昴琉に逢うまでは結婚に興味なかったから、いざ式を挙げようと思ったら何から手をつければいいのか見当がつかなくてね。
 愛人のいる経験豊富な赤ん坊に訊けば解決出来ると思ったんだよ」


愛人のいる経験豊富な赤ん坊って…すっごく聞えが変。
それ以上に赤ちゃんに相談する雲雀くんが変。
ディーノさんとか草壁くんとか、他にも相談相手はいたでしょうに…。
それだけ雲雀くんがリボーンくんに一目置いているってことなんだろうけど、彼らが結婚について真面目に話してる姿は……しゅ、シュール過ぎる。
あ、リボーンくんって何かの呪いで赤ん坊の姿になってしまったんだっけ?
ということは元は大人だから、彼を相談相手に選んだのは強ち間違いではないのかしら。
あれこれ思案していると、リボーンくんが静かに話し出した。


「ヒバリと昴琉を引き裂いちまったのはオレだからな。
 その罪滅ぼしにと思ってヒバリの相談を受けたんだ。
 女の意見も取り入れた方がいいと思ってビアンキに手伝わせたんだが…オレもまだまだ女心が分かってなかったようだ。
 すまなかったな、昴琉。オレは兎も角、ヒバリとビアンキに悪気はねぇんだ。赦してもらえるか?」


そう告げて、クッション姿のリボーンくんは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
今でこそこうして隣に座っているが、こちらに戻った雲雀くんとリボーンくんの間に一悶着あったのは想像に易い。
目的の為には恨みを買っても遂行しそうなタイプだもんね、リボーンくん…。
マフィアという社会を生き抜く為には、そういったことが必要な時もあるだろう。
リボーンくんは自分があたしと雲雀くんを引き裂いたと言ったけれど、あたしとしては雲雀くんを送り帰すと決めたのは自分だから、彼に対して恨むという感情は抱いていない。
ビアンキさんに対しても、真相が分かった今となってはとばっちりを食らわせてしまって申し訳ないばかりだ。
雲雀くんも自分と同じ考えだろうと勝手にあたしが思い込んでいただけで、そもそも彼と結婚についてちゃんと話し合ったことはない。
今回の擦れ違いの元は、ひとりひとりの他者を思い遣る行動が招いた結果。
第一、こんなに親切にしてもらってどうして怒ることが出来ようか。
そうなれば答えは簡単。


「あたしの為にしてくれたことですから、赦すも赦さないもありません。
 逆にお礼を言わなくちゃ。雲雀くんにも、御二人にも」


「ありがとうございます」とみんなににっこり笑顔を向けると、重かった室内の空気が一気に軽くなるのを感じた。
―――約一名、未だ不機嫌そうだけれど。
その一名をからかうように隣に座るビアンキさんは、


「ふふ。京子達から聞いていたとおり、優しくて可愛らしい人」


とあたしをぎゅっと抱き締めた。
挑発に乗るかと思われた雲雀くんは、眉間の皺をこれでもかと深くしたけれど、不愉快そうに彼女を睨んだだけで咎めることはしなかった。



2010.9.7


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