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―――――本当に遠慮しなかったよ、この子。


『甘える』という名目で雲雀くんに咬み殺されてしまったあたしは、隣で眠る彼に恨めしい視線を送っていた。
同時に自分の迂闊さを呪う。
んもう…気持ち良さそうに寝ちゃって。
薄明かりの中、こちら側を向いてスヤスヤと眠る雲雀くんが愛おしくて自然と頬が緩む。

本当に雲雀くんカッコいいなぁ…。

羨ましいくらい白い肌。
それとは対照的に真っ黒なふわふわの髪。
整った眉。
意外と長い睫毛。
その奥に隠された漆黒の瞳。
スッと通った鼻筋。
愛してると言ってくれる形の良い唇。

うーん、上げたらキリがない。
顔だけじゃなくて、モデルさんみたいにスタイルもいいし。
少々自分勝手で天邪鬼な性格すら、彼の魅力を引き立てるスパイスになってしまう。

―――――何よりもあたしには飛び切り優しい。

改めて考えると、こんな素敵な子が自分の彼氏だなんて信じられないよ。
…しかも今は婚約者だもんね。

不意に彼の頬に触れたくなって、そっと手を伸ばす。
起きちゃう、かな…。
気配に敏感な雲雀くんのことだから、きっと触れたら起きてしまう。
それでも愛しい人に触れたい欲求が我慢しなくてはという思いに勝る。
躊躇いがちに触れると、今までスヤスヤ寝ていた雲雀くんはちょっと眉を顰めた。
そして薄く目を開ける。


「ん…」

「…ごめんね。起こしちゃった?」

「どうか、した?」

「何でもないの。ちょっと触りたくなっちゃっただけ」


あたしの言葉に彼は目を瞬かせたが、穏やかに微笑んだ。


「好きなだけ触れば?貴女ならいいよ。いくら触っても」


眠そうにしながらも、雲雀くんはその大きな手で頬に触れたままのあたしの手を上から包んだ。
そしてもう一方の手をあたしの首の下へ滑り込ませ、腕枕をしてくれる。
逞しい腕から伝わる雲雀くんの体温に安心する。
彼の言葉に甘えて、暫く柔らかい頬をツンツンしたり、髪を梳くように頭を撫でてみたりする。
心地好さそうに瞼を閉じてそれを受けていた雲雀くんが、ふと何か思い出したように目を開けた。


「そういえば昴琉。昼間何か渡されていなかった?」

「あ、うん。まだ開けてないのよね」


あたしは雲雀くんに触れていた手を枕元に伸ばし、彼がくれた携帯と一緒に置いてあった小さな封筒を取った。
京子ちゃんが別れ際にくれたものだ。
ピンク色で普通の封筒の半分くらいの大きさ。

何だろう…。

可愛らしいマーガレットのシールで封をされたそれを、破らないように気をつけて剥がして中身を取り出す。
封筒と同じピンク色のメッセージカードが二枚。
それぞれに違う筆跡。
そこには京子ちゃんとハルちゃんの簡単なプロフィールと携帯番号、そしてメルアドが書かれていた。


「ワォ。タイミングいいね」


覗き込んできた雲雀くんの顔をハッとして見る。
タイミングが良過ぎる。
もしかして雲雀くん根回しした?
彼はあたしが何を考えたのか分かったのだろう。
フッと笑うとあたしの髪に手を伸ばしてそっと梳いた。


「僕は何もしていないよ。
 出来れば昴琉を独り占めしたいんだからね」

「…んもう」


彼の優しい微笑みに気恥ずかしくなって、視線をメッセージカードに戻す。

…君はどこまであたしを溺れさせる気よ。
あんまり甘やかされるとそれが当たり前になってしまいそうで怖い。

雲雀くんだけじゃない。
こちらの人達はみんなあたしに優しくしてくれる。
だからこそ自分は違う世界の住人なのだという孤独を感じること無く生活が出来ている。

それは凄く、凄く幸せなこと。

自分の『居場所』があるということなのだから。


―――――遥…。


会社の同期で、一番の親友。
両親と養父母を失ってひとりぼっちになったあたしの『居場所』になってくれた遥。
彼女には気兼ねなく色々なことを話せたし、沢山支えてもらった。

そんな彼女の存在を忘れていたわけではないけれど、骸くんに夢で会ってからは思い出す頻度も多くなっていた。

…今頃どうしているだろう。
突然居なくなったあたしを心配してくれているだろうか。
それとも雲雀くんの時みたいに忘れてしまっている?
ちょっぴり淋しいけれど、彼女が平穏に暮らせているのならその方がいいと思う。
けれどもし探してくれていたら……そう思うと胸が苦しくて居た堪れない気持ちになる。

彼女には雲雀くんとの関係を告白出来ずにこちらに来てしまった。

一番に打ち明けたかった人なのに。
許されるのなら骸くんの手を借りて、一言無事なのだと夢でもいいから伝えたい。
こちらでもあたしは元気にやっていると。
大好きな雲雀くんと一緒に暮らして、新しい友達も……。

京子ちゃんとハルちゃんがくれたカードをジッと見つめたままのでいると、雲雀くんがそっと声をかけてきた。


「…もしかして楠木遥のこと思い出していたの?」

「うん。ちょっと思い出してた。雲雀くんは本当に何でも分かるのね」


いつも通り笑ったつもりだったけれど、きっと情けない顔していたのだろう。
彼は少し眉根を寄せてあたしを見つめ、ぎゅっと胸に閉じ込めるように抱き締めてきた。
あまりに強く抱くから、肺に溜まっていた空気が吐息になって身体の外へ逃げる。
雲雀くんはあたしの耳元で小さく囁いた。


「あちらが、恋しい?」

「…少しだけ」


彼の言葉に素直に答え逞しい胸に顔を埋めると、雲雀くんは大きな手で労るようにあたしの頭を撫ぜた。
彼の手が往復する度に優しさが沁み入って、鼻の奥がツンとする。


「ねぇ、雲雀くん。こっちで友達作っても、遥を裏切ることにはならないよね?」

「…そんなことも許せないほど貴女の親友は心が狭いかい?」

「ううん」

「―――彼女が貴女の幸せを望まないわけがない」

「…そうだと嬉しいな」


言外に何か含まれているように感じたが、あたしは雲雀くんの言葉に同意した。
あたしを抱く彼の腕に再び力が篭る。


「一方的にこちらへ呼ばれた貴女に選択権はなかった。
 貴女と楠木遥を引き裂いたのは僕だ。責めるのなら自分ではなく僕を責めて」

「何バカなこと言ってるのよ。この世界で君と一緒に暮らすのを選んだのはあたし。
 君を責めるなんてお門違いなことしないわ」

「昴琉…」


雲雀くんはあたしの頭に優しくキスを落し、どこかホッとしたように小さく息を吐いた。
その仕草に彼も少なからず罪悪感を感じていたのではないかと思い至る。
あたしが無理矢理彼を送り帰した、あの時と同じように。

暫しの沈黙の後、少し腕を緩めた彼は躊躇いがちに口を開いた。


「彼女は…楠木遥は僕達の関係を見抜いてたよ」

「えぇ?!」


彼の口から出た予想外の言葉に驚いて、あたしは胸に埋めていた顔を勢いよく上げた。
目が合うと雲雀くんはちょっと気まずそうに視線を逸らす。
え?え?何それ。
それじゃあたし知ってる相手に必死に嘘吐いて誤魔化してたってこと?!
追求の視線に耐えられなくなった雲雀くんは、一度瞼を閉じて溜め息を吐くと言葉の先を続けた。


「社員旅行の時に従兄弟じゃないんでしょって言われた」

「ひひひ、雲雀くん何て答えたの?!」

「否定も肯定もしなかった。それでも彼女には分かったんだろうね。
 昴琉をひとりにしないでくれって頼まれたよ」


あたし、嘘吐いてたのに。
怒られたって仕方がないと思っていたのに。
それどころかあたしの知らないところで、雲雀くんにそんなお願いしてくれていたなんて…。
―――――唯唯、遥の懐の深さに頭が下がる思いがした。


「だからね、彼女が貴女の幸せを望まないわけないんだよ」


雲雀くんは指先であたしの頬を撫でながら、先程の台詞を言い聞かせるようにもう一度言った。
そしてその手を頬に当てて包み込み、少しあたしを上向かせる。


「楠木遥の為を思うなら、昴琉はこちらの世界で幸せにならなきゃいけない。
 心配は要らないよ。僕には貴女を幸せにする絶対の自信があるからね」

「い、言い切ったわね」

「こんなに貴女を愛しているのに、幸せに出来なかったら嘘でしょ」

「雲雀くん…」


不敵に微笑む彼の視線は真っ直ぐあたしを捉える。
その揺るがない自信に満ちた漆黒の瞳を見ていると、そうならない方がおかしいという気さえしてくるから不思議。
君は本当に凄いね。
いつだって一言であたしを幸せにしてくれる。


「昴琉は僕に幸せにされる自信があるかい?」

「…勿論。―――って変な質問。ふふ」

「ちょっと。僕は真剣なんだから笑わないでくれる?」

「はいはい」

「………咬み殺す」

「へ?ん…っ」


あたしの反応が気に入らなかったらしい雲雀くんは、不機嫌顔に早変わり。
あっという間に上に覆い被さり、あたしの唇に自分のそれを重ねた。
呼吸する暇を与えないほど深く激しいキスに翻弄される。
優しいものに変わった頃には、既にあたしは骨抜き状態。
何度かゆっくりと啄ばんで離れた雲雀くんは、涙目のあたしを見下ろした。


「分かったかい?僕の本気」


呼吸を整えるのに精一杯だったが、あたしはこくりと頷いて答えた。
彼は満足そうに口角を上げて笑うと再びあたしにキスの雨を降らせる。


―――――こんなに愛されて幸せになれないなんて、それこそ嘘でしょ。


ごめんね、遥。
もしも帰れるのだとしても、あたしは雲雀くんのいる世界を選ぶ。
離れていても、歳を取っても、絶対に遥のことは忘れない。

ずっと、ずっと。

だからどうか遥も幸せになって。
あたしも幸せになる努力をするから。


―――――雲雀くんと一緒に、幸せになるから。



2010.6.9


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