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06


雲雀くんのハンバーグ好きは筋金入りのようで、初めての買出し以降何を食べたいか訊くと殆どハンバーグと返ってくる。
訊いておいて違う物を作るとムスッとするくらいハンバーグが好きらしい。
お陰で3日に一度はハンバーグという、何とも身体に悪い食生活が続いている。
体重計に乗るのが怖い……。
なるべく何食べたいか訊かないようにしよう。

でもハンバーグ食べてる時の雲雀くん、ちょっと嬉しそうに見えて可愛いんだよなぁ。

あたしが作ったハンバーグをもぐもぐ食べてる彼を思い出してほんわかした気持ちに浸っていたら、隣で仕事をしていた遥に「昴琉、さっきからニヤニヤして気持ち悪いっ」と引かれてしまった。


***


何だかんだで雲雀くんと一緒に暮らすようになってから1ヶ月半が過ぎた。
本当は学校に行かせてあげたいけど、身元が不確かな以上通えるわけもなく。
あたしが仕事でいない間、彼が何をしているのかハッキリとは分からない。
心配じゃないと言えば嘘になる。
けど、訊いてもあの雲雀くんの性格からしてまともに答えてくれるとも思えない。
多分元いた世界、並盛町に帰る方法を探しているんじゃないかと思う。

何故こちらに来たのか分からない。
いつ帰れるか分からない。


いつか雲雀くんはいなくなってしまう。


それは雲雀くんにとって、とても良いことであるはずなのに。
彼がいなくなると考えた途端、あたしは胸をきゅっと冷たい手で握られるような感覚に陥った。

玄関を開けて「ただいま」と言えば、「おかえり」と返してくれる人がいることの嬉しさと安心感。
こういうのって普通は既婚の男性が感じるモノなんだろうけどね。
いつか失ってしまうかもしれない、期間限定の同居人。
知らず知らずのうちにあたしにとって雲雀くんは心の拠り所になっていた。

だからこそ、あたしが雲雀くんにしてあげられることは悔いが残らないように全てしてあげたい。

いつものように駅からマンションへの帰り道を歩いていたあたしは、頭を左右に振ってマイナス思考を振り払い、踵を返して元来た道を小走りに戻った。


***


この時期、この場所の独特の喧騒の中、きょろきょろ辺りを見回して目当ての人物を探す。
暫くしてうんざりした表情を浮かべた彼を視界に捕らえた。
学ラン姿もカッコいいけど、私服もカッコいい。
見つけてもらえるように手を上げて、頭の上でブンブン振って彼の名を呼ぶ。


「あ、雲雀くん!こっちこっち!」

「いきなり電話で呼び出して、一体どうしたの、昴琉」

「ジャーン!これを見よ!豪華特製デパ地下お花見弁当!」

「……」

「何よぉ、その顔は」

「…僕群れるの嫌いなんだけど」

「まぁまぁ、そんな引きこもりみたいなこと言わないで、たまには付き合ってくれてもいいじゃない。
 お弁当も買っちゃったしさ、ね?ダメ?」

「……全く。それ食べる間だけだよ」

「うん!ありがと、雲雀くん!」


仕方なさそうに観念した彼を笑顔で見上げれば、「どっちが年上か分からないね」って溜め息混じりに言われてしまった。


やって来たのはわりとマンションから近い神社の境内。
そこそこの大きさで沢山の桜が植えてあり、この時期は花見客とそれ目当ての屋台でごった返す。
堤燈の光が辺りを照らす中、あたしの前を行く雲雀くんは人の隙間を縫うようにズンズン進んで行く。
一生懸命後をついていこうとするんだけど、あっという間に雲雀くんが通った隙間は塞がれてしまう。
擦れ違う人と肩がぶつかって謝っている間に彼の姿を見失ってしまった。
うぅ、これは足の長さの違いなのかしら…。
小柄な部類のあたしには辺りを見回しても雲雀くんを見つけられる自信がない。

どうしよう…。

途方に暮れかけたその時、誰かに手を握られた。


「ひゃぁ!」

「変な声出さないでよ」


握られた手の方を見れば、すぐ横に眉を顰めた雲雀くんが立っていた。


「雲雀くんかぁ、驚かさないでよぉ」

「驚いたのはこっちだよ。振り返ったらついて来てないし。案外昴琉ってとろいんだね」

「…悪かったわね」

「本当に貴女は世話が焼ける。でも、これでもうはぐれないでしょ?」


彼はからかうように繋いだ手をあたしの顔まで持ち上げて見せた。

や、やだ。ちょっときゅんっとしちゃったじゃない……!

あたしの手を引きながら再び歩き出した雲雀くんの背中がちょっと逞しく見える。
喧騒の中でドクンドクンと波打つ心臓の音がはっきり自分の鼓膜に響く。
繋いだ手から雲雀くんに伝わって気付かれてしまうんじゃないかと心配になる。

って、あたしったら何中学生にときめいちゃってるのよ。

どんどん恥ずかしさが込み上げてきて真っ赤になった顔を上げられず、お弁当が人にぶつからないか気にする振りをして俯いたまま、ただただ雲雀くんに手を引かれるままに歩いた。


「ここなら静かだね」


立ち止まって呟いた雲雀くんの声に顔を上げると、いつの間にか拝殿の裏側まで来ていた。
ここに来るには長い石段を上らなければならない。
それに気が付かないほどあたしはテンパっていたのか…。
喧騒も遠くなっている。
雲雀くんの視線を追えば、その先には小さいけれど満開の桜の木が一本、花見客から隠れるように咲いていた。
薄暗い夜の闇の中でも尚毅然と咲き誇る桜の花とそれを見上げる雲雀くん。
……絵になるなぁ。
思わずボーッと見惚れてしまった。


「下に敷く物持ってる?」

「あ、うん!」


雲雀くんの声にハッとして、ちょっと勿体無いなぁとか思いつつも、繋いでいた手を離してコンビニで買っておいたレジャーシートを桜の木の下に敷いた。
靴を脱ぎ、二人でその上に並んで座る。
ガサガサとビニール袋からお弁当とお茶を取り出して雲雀くんに渡す。


「ワォ。自分だけビール?」

「ふっふっふ。だってあたしは大人だもーん」

「さっき迷子になりかけてたくせに」

「ぐっ。それはそれ、これはこれ!
 ささ、お弁当食べよ?ちょっと奮発したんだよ?」


呆れ顔の雲雀くんを横目に捕らえながらプルタブを引き上げ缶ビールを開けると、プシュッと小気味好い音が響いた。
「かんぱーい」とひとりごちてビールをゴクリと喉の奥に流し込めば、彼もお弁当の蓋を開けて食べ始める。
お互い暫く黙ってお弁当をつついたり、ビールやお茶を飲んだり、頭上を見上げて桜を愛でたりした。
こんなに落ち着いて桜を見たのは初めてかもしれない。
お花見の時期って何処も彼処も人だらけで、みんなゆっくり眺めることよりも宴会の方が中心になっちゃうからね。
段々気分の良くなってきたあたしが何本目かのビールに手をかけた時、桜の花を見上げたまま雲雀くんがポツリと呟いた。


「……昴琉は僕が怖くないの?」

「へ?怖い?雲雀くんが?何で?」

「だってさ、素性が分からない上に貴女の部屋に突然現れて。
 寝起きとはいえトンファー突きつけたこともあったし」

「あー…あれは流石に怖かったかなぁ。でもそれ以外で雲雀くんを怖いと思ったことはないよ。
 生意気だなぁとか、何するか予想出来ないから心配だったりはするけどね」

「……僕にそんな口がきけるのはあちらでもこちらでも昴琉くらいだよ」

「そりゃどーも」


ふふふ、と笑ってビールを呷る。
今度はあたしが雲雀くんに訊ねる。


「ねぇ、雲雀くん。桜、嫌い?」

「…そう見えるの?」

「んー、なんていうか好きなんだけど嫌いって顔してる」

「何それ。まぁそう外れてはいないけど。
 ……ちょっとね、嫌なことを思い出すだけだよ」


桜を見上げる雲雀くんの目がスッと細くなる。
その視線は氷のように冷たくて。
何があったのかなんて、とてもじゃないけど訊ける雰囲気ではなかった。

あたしは日本人なら桜の花はみんな好きなんだと勝手に思っていた。
少しでも彼の気分転換になればと思ってお花見に誘ったけれど。
これはやっちゃったかなぁ…。


「ごめんね」

「何で貴女が謝るの」

「気分転換になるんじゃないかと思って誘ったんだけど、逆効果だったみたいだから」

「別に気にしてないよ」

「そう?ならいーけど。…でも、勿体無いなぁ〜」

「勿体無い?」


桜から視線をあたしに移して、雲雀くんは不思議そうな顔をした。
そんな彼に笑顔で答え、今度はあたしが桜を見上げる。


「だって、こんなに綺麗なんだもん。
 何があったかは知らないけど、好きなのに心から楽しめないのはやっぱり勿体無いよ」


「そう思わない?」と雲雀くんに視線を戻せば、ちょっと驚いた顔をしてあたしを見ていた。
でもすぐにクックッと喉の奥で笑い出した。
あれ?変なこと言っちゃったかな。
まぁ笑ってるからいいか、なんて酔っているせいか楽天的に考えて、はらはらと舞う薄紅色の花弁を眺める。

……飲み過ぎたかな…ちょっと眠くなってきた。


「ねぇ、昴琉」

「ん〜?」


思ったよりも近くで聞こえた声に若干驚き横を向くと、目の前に雲雀くんの綺麗な顔があった。
いつの間にか彼の手が後頭部に回されていて、顔を背けられないよう固定されている。


「貴女なら僕の桜の思い出を塗り替えてくれる?」


なんか今凄い事言われた…?
早鐘のような鼓動とは裏腹に、あたしの思考には霞が掛かり、ただでさえ近かった雲雀くんの顔がもっと近くなってもう瞳しか見えない。

このまま近付いたら、キス、しちゃう…

そう思ったのに。
夜の闇より深いんじゃないかと思われる彼の瞳に吸い込まれるように、あたしの意識はフェードアウトした。


***


唇が重なる寸前、昴琉の身体から力が抜けた。
近付けた顔を離して見れば、頬を上気させ薄く開いた口からはスースーと気持ちよさそうに寝息が漏れていた。


……いくら酔ってるからって、あの状況で普通寝る?


思わず脱力して彼女の肩に顎を乗せて僕は溜め息を吐いた。
自然と彼女の身体は僕に寄りかかってくる。
崩れ落ちないように背中に腕を回して支えてやる。

不思議な人だ。
こんなにも僕の心を掻き乱す。

並盛にいた時はみんなが僕を恐れて近付かなかったのに。
僕の前で貴女みたいに屈託なく笑う人も、思ったことを素直に口に出せる人もいなかった。

無防備に眠っている昴琉の髪に唇を寄せて軽く音を立ててキスをした。

今日はこれで勘弁してあげるよ。

レジャーシートの上に視線を投げれば、そこには空き缶と中身の無くなった特製弁当の箱。
これを片付けて寝てしまった昴琉をおぶって帰るのか…。


「……面倒くさいな…」


僕の独り言は、はらりはらりと落ちる桜の花弁と一緒に風に攫われて消えてしまった。



2008.4.2


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