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「ねぇ雲雀くん。
 そろそろ何処へ行くのか教えてくれてもいいんじゃないかな〜?」

「秘密」

「…うぅ」


車中で何度も繰り返される同じ問答に、あたしは小さく唸った。

日曜の午後。
突然出掛けると宣言した雲雀くんは、あれよあれよという間にあたしを車の助手席に押し込めた。
思いついたら即行動の雲雀くんだからそれは構わないのだけれど。
何処へ行くのかと訊いても、意地悪な笑みを浮かべるばかりでちっとも教えてくれない。
車で出掛けるくらいだから何処か遠い所だろうか。
未だ口元に意地悪な笑みを浮かべたままハンドルを握る雲雀くんを見て、あたしは助手席で小さく溜め息を吐いた。

ところが。
予想を裏切って彼が車を停めたのは、以前バイトでお世話になった『ラ・ナミモリーヌ』の前だった。
な、何でここ…?
こんなに近くならば車で来る必要ないのに。
助手席に座ったままポカンとしていると、先に車を降りた雲雀くんに「降りて」とドアを開けられてしまった。
慌てて車を降り、今度はお店のドアを開ける雲雀くんの後に続いてあたしも中に入る。
店員さんの「いらっしゃいませ」の声に続いて、すぐさま「あ!こっちです!」と元気な声が飛んできた。
声の方を見るとにこにこしている女の子が二人。


「ハルちゃん!京子ちゃん!」


久し振りの再会に思わず駆け寄ったあたしを、二人は椅子から立ち上がって明るい笑顔で出迎えてくれた。


「昴琉さん、お久し振りです!」

「こんにちは!」

「こんにちは。お花見の時は会えなくて残念だったわ。
 今日は二人でお茶?」


二人は顔を見合わせてふふっと笑った。
後ろからゆっくり歩いてきた雲雀くんが二人に声をかける。


「時間通りだね」

「はい!でも待ち切れなくて1時間前に来ちゃいました!」

「そう。じゃ君達、昴琉を頼むよ」

「「はい!」」

「え?え?何?」


自分を置き去りに進む会話に混乱する。
時間通りってことは事前に約束してたってことよね?
訳が分からず彼と二人の顔を交互に見るあたしの頭を雲雀くんはポンッと軽く叩く。


「帰る頃電話して。迎えに来るから」

「ま、待って、雲雀くん…!」


あたしはその場から去ろうと踵を返した雲雀くんの腕を思わず掴んでしまった。
だって話の流れだとあたしをここへ置いて、彼は何処かへ行っちゃうってことだよね?
ひとりで外出させることをあれだけ嫌がっていた彼が、こんなにあっさりあたしを残していこうとするだなんて…。

不安が胸の奥から迫り上がって来る。

もしかしたらまたビアンキさんに会いに行くとか…?
それとも危険な仕事?
雲雀くんは不安げに見上げるあたしの頬に手を当てると、漆黒の瞳を少し細めた。


「僕はちょっと用事があるんだ。
 最近ずっと貴女を閉じ込めていたからね。ゆっくり羽を伸ばすといい」

「でも…」


言いかけたあたしの唇に、彼は頬に当てていた手の人差し指を押し当てる。


「大丈夫だよ。必ず迎えに来るから。
 …それに僕には話せないことも女同士なら話せるんじゃない?」

「え…?」


雲雀くんは意味ありげに笑って、もう一度あたしの頬に手をやって撫でた。
そして胸元のオルゴールボールを指で軽く弾くと、「じゃぁね」とお店から出て行ってしまった。
雲雀くん、あたしが悩んでること…知ってる?
取り残されて呆然とするあたしに京子ちゃんが声をかけた。


「折角ヒバリさんのお許しも出たんですし、一緒にお茶しましょうよ」

「そうですよ!楽しまなくちゃ絶対損ですっ
 ささ、昴琉さん!まずは座って下さい」


ハルちゃんもグッと片手で拳を握って力説すると、あたしを椅子に座らせた。
…そうよね。
折角こうして雲雀くんが機会を用意してくれたんだもの。
ハルちゃんの言う通り、楽しまなきゃ損よね?


「それじゃ、お言葉に甘えて」


そう言ってはにかんだあたしに、ハルちゃんと京子ちゃんは嬉しそうに微笑み返してくれた。


***


アフタヌーンティーのセットを注文して、暫く三人で取り留めもない雑談に花を咲かせた。
あぁ、女同士でこんなに長話したのいつ振りだろう。
京子ちゃんもハルちゃんも本当に良い子で、話していてとても楽しい。
そういえばツナくんは京子ちゃんが好きなんだっけ。
あれ、でもハルちゃんはツナくんのこと好きなんだよね?
バレンタインの時三人でここへ来てたし、彼らの関係は上手くバランスが保たれているのかな。

まぁそんな不躾な質問出来るわけもなく。
あたしが首を突っ込むことではないし、その上二人からは雲雀くんとのことでさっきから質問攻めで考える余裕はなかった。


「本当に素敵ですよね、その指輪!」

「こっちへ来てすぐ婚約だなんてロマンチックですー!」

「止めてよ、何だか照れるわ」


やっぱり女の子。
二人の視線はあたしの左手の薬指に嵌められた婚約指輪に釘付けだ。


「でも突然こっちの世界に呼ばれて、プロポーズされて迷いませんでしたか?」


ハルちゃんの質問に、不意にホテルから出てきた雲雀くんとビアンキさんを思い出してしまった。


「迷わなかったわね…あの時は」

「昴琉さん…?」


表情を曇らせたあたしを二人は不思議そうに見つめた。


「…何か悩んでいるなら、私達で良ければ相談に乗りますよ?ね、ハルちゃん」

「勿論ですっ!年下で頼りないかもしれないですけど」

「京子ちゃん…ハルちゃん…」


二人ならビアンキさんとも仲がいいだろうし、何か知っているかも。
ハルちゃんと京子ちゃんなら信頼出来ると思うし。
あたしは思い切ってこの間目撃してしまった事実を打ち明けてみることにした。


「実はね、この間駅前のホテルから雲雀くんと綺麗な女の人が一緒に出てくるの見ちゃって…」

「はひ?!う、浮気現場ですか…?!」

「分からない…出てきたところを見かけただけだから」

「綺麗な女の人…もしかしてスタイル抜群で髪が腰位まである外国の人じゃありませんでした?」

「うん、そう」

「ねぇ、ハルちゃん。その人ビアンキさんじゃないかな」


京子ちゃんに尋ねられたハルちゃんは「あぁ!」と妙に納得した声を上げた。
少し引っ掛かったけれど、あたしはビアンキさんは会ったことがないから知らない振りをして二人に訊く。


「知ってる人?」

「はい!よくショッピングしたり、お茶したりしますよ」

「とっても優しくて良い人ですよ」

「そう…。えっと、あの…ビアンキさんって雲雀くんともそういうことするのかな」


あたしの問いかけに二人は「あっ」と顔を見合わせた。
そしてクスリと笑い合う。
へ?やっぱり変なこと訊いちゃった?
京子ちゃんがその愛らしい顔に人好きする微笑みを浮かべた。


「二人の仲を疑っているなら、そんな心配要らないと思いますよ?」

「え…?」

「ビアンキさんには他に好きな人がいますし、ヒバリさんも昴琉さんのこととっても大切に思ってます。
 今回こうやって私とハルちゃんを呼んでお茶の機会を作ってくれたのもヒバリさんなんです」

「そうなんですよ!
 ツナさん曰く、あのデンジャラスな風紀委員長さん直々に連絡があったそうですよ。
 昴琉さんが何か悩んでいるみたいだから、気晴らしに手を貸して欲しいって!」

「雲雀くんが…?」


まさか彼がツナくん経由で二人を呼んでくれたなんて。
先程の意味ありげな雲雀くんの笑顔の意味がやっと分かった。
出来る限り普通に過ごしていたつもりだけれど、雲雀くんはあたしが不安に駆られていることを見抜いていたんだ。
それで自分には打ち明けられないのならばと、この場をセッティングしてくれたのだ。

…あたしの、為に。

結局雲雀くんの手を煩わせてしまった。
彼の気遣いはとても嬉しいけれど、同時に申し訳なくて胸が痛む。
しっかりしなきゃという気持ちばかりで行動が伴わない。

―――――本当にあたしは至らない。

再び表情を曇らせたあたしを見て、京子ちゃんとハルちゃんはまた顔を見合わせると申し訳なさそうに微笑んだ。


「…実はヒバリさんとビアンキさんが二人で会っていた理由を、私もハルちゃんも知ってるんです」

「え…?!どういう、こと…?」

「ごめんなさい!私達の口からは…。
 でも時期が来たら、ちゃんとヒバリさんが説明してくれると思います」

「だからそれまではドーン!と構えて待っていてあげて下さい!
 謎が多くてデンジャラスな方ですが、昴琉さんへの愛は本物ですから!
 ハルはそう確信してます!」

「うんうん、羨ましいくらいだよね」


両手を広げて力説するハルちゃんに京子ちゃんも相槌を打つ。


「…ここだけの話、中学時代からヒバリさん一匹狼って感じで、ちょっと近寄り難い存在で。
 そんなヒバリさんが自分以外の誰かの為に何かをしてあげるなんて姿は、正直今まで想像もつかなかったんですけど。
 今日お二人が一緒にいる姿を見て、ヒバリさん本当に昴琉さんのこと好きなんだなぁって私も感じました」

「ヒバリさんの昴琉さんを見つめる視線は、誰が見たって『好きだ』と言わんばかりの熱〜いラブ光線でした!
 大丈夫ですよ、昴琉さん!愛の力はグレートですっ」


ハルちゃんの意味不明な勢いに気圧されつつも、その言葉にあたしは安堵を覚えていた。
理由を知っている二人が大丈夫だと言ってくれるのであれば、これ以上勘繰る必要はないはず。
目の前で屈託なく笑う彼女達の笑顔のなんと逞しいことか。
それはあたしの心を覆っていた不安の雲を忽ち吹き飛ばしてくれて。


「…うん。ありがとう」


あたしは心の底から二人にお礼を言った。
そして自分が数日振りに自然に笑えていることに気が付いた。



2010.3.22


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