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79


あれから数日が過ぎて。

まだ雲雀くんからひとりでの外出許可は出ていない。
けれど彼が休みの時は今までどおり連れ出してくれるから、全く外出していないというわけではない。
買い物も雲雀くんが一緒について来てくれる。
流石に仕事があるから毎日は無理だし、彼の負担を減らす為にも何日か分をまとめて買い込む。
でもそういう時って、うっかり買い忘れたり材料が足りなくなっちゃったりするのよね。

今が正にその状態だった。


「あちゃ〜卵昨日使い切っちゃったんだっけ…」


あたしは冷蔵庫の中を覗いてひとりごちた。
折角雲雀くんの好きなハンバーグ作ろうと思ったのにな。
どうしよう。
最悪卵なしでも作れるけれど…。
挽肉は解凍しちゃったし、玉葱も炒めて冷ましてある。
もう夕方だけど真っ暗になるにはまだ時間があるし。
彼の好きなハンバーグだし、ちゃんとした物を食べさせてあげたい。

…控えてと言われただけだし、卵買いに行くくらいなら大丈夫だよね?

あたしはお財布を手に急いで商店街へ向かった。


***


ツいてない時ってとことんツいてないもので。
いつも買っているお店で今日に限って卵の特売をしていたらしく、ひとつ残らず売り切れてしまっていた。
ちょっと高い卵でもいいから1パックくらい残っててくれたっていいのに。
こうなると頼みの綱は駅前のコンビニ。

どうか売っていますように…!

祈るような気持ちであたしはコンビニへ足を運んだ。
駆け込むように店内に入って卵を探すと、棚に積まれたそれを見つけた。
良かったぁ…これでハンバーグ作れるわ。
ホッと胸を撫で下ろし会計を済ませてコンビニを後にする。

急いで帰って料理の続きをしなくちゃ。
そう思いながら幾分早足でホテルの前にさしかかった時だった。
ホテルの中から誰か出てきた。


なんと出てきたのは仕事に行っているはずの雲雀くん。


わわ、こんな偶然もあるのね。
勝手に買い物に来てしまったし、今ここで彼と鉢合わせるのは非常に不味い。
でも思いがけず逢えたことが嬉しくて、怒られるのを覚悟で声をかけようと息を吸って、そこで止まる。

もう一人、彼と一緒に出てきた人がいたからだ。



とても綺麗な女の人。



あたしは反射的に近くに植えられていた街路樹の陰に隠れた。

え、えっと…見間違いかもしれないよね。うん。

ゴクリと唾を飲み込み、ドキドキする胸を押えてコッソリ覗く。
そこにはやはり雲雀くんと女の人。
少し距離はあるがあたしが雲雀くんを見間違うはずはない。
そして彼と話している女の人には見覚えがあった。
あの女の人…何処かで…。
混乱する頭で彼女が誰なのか必死に記憶を探る。


…あっ思い出した!ビアンキさんだ!


コミックスで何度か見ている。確か獄寺くんのお姉さんだったよね。
モデルさんのようなスラリとした体型に、腰にまで届きそうな長い髪。
全身から醸し出される美人オーラに、女のあたしでさえクラクラしてしまう。

そんな彼女と雲雀くんが何で二人きりでホテルから出てきたの…?!

パッと頭に浮かんだひとつの可能性に、思わず「あっ」と声を上げそうになって口元を押える。
その拍子にビニール袋が指から滑り落ち、ぐしゃっと嫌な音を立てて歩道に落ちた。
傍を歩いていた何人かの人が怪訝そうにこちらを見たが、そんなの気にしてる余裕はない。

やだ…あたしってば何考えてるの。
雲雀くんに限ってそんなこと………あるはずがない。

じわりと汗ばむ掌をぎゅっと握り締める。
こちらに背を向けている雲雀くんの表情は見えない。
その彼に向けられたビアンキさんの穏やかな笑顔が、自分の抱く浅ましい了見を増長させる。


……ッ


これ以上二人の姿を見ていられなくて、あたしは落としたビニール袋を拾い上げると逃げるようにその場を走り去った。

マンションに到着するまでの道程は殆ど憶えていない。


―――――ただ、早鐘のように脈打つ心臓が酷く…痛かった。


***


「ん…いつもと違うね」


夕食のハンバーグを一口食べた雲雀くんは、ぽつりとそう零した。


「あ、うん。ごめんね。卵切らしちゃってて…美味しくなかった?」

「いや、大丈夫。肉抜きじゃ怒るけど」

「やだ!それ最早別物じゃないの」


クスクスと笑うと雲雀くんも「そうだね」と口角を上げた。

―――いつもの、彼だ。

いつものように帰宅し、いつものようにただいまのキスをして、いつものように夕食を食べている。
彼の態度に何ら変わりはなかった。
あたしもいつもと変わらないように振舞った。
いつものように出迎えて、いつものようにお帰りなさいのキスをして、いつものように食卓に着いた。


ただハンバーグだけは誤魔化しようがなかった。


歩道に落としてしまった卵は案の定割れていて全滅。
細かく砕けてしまった殻を取り除く気力もなくて、勿体無いけれどそのままゴミ箱へ捨てた。
卵が入っていないだけなら大して味に支障はないと思ったのだけれど、やっぱり彼の鋭さは侮れない。
実際作った本人でさえその違いがあまり分からないというのに。

野生動物ですか、君は。


ハンバーグを機械的に口に運びながら、あたしは昼間の出来事を思い出していた。
あれは確かに雲雀くんだった。
群れるのが嫌いだという彼が、草壁くん以外の誰かと一緒にいること自体珍しい。
何故ビアンキさんとホテルから出てきたのか。
あの時頭に浮かんだ二文字。


『浮気』


雲雀くんに限ってそんなことはあり得ない。
彼は5年もかけてあたしをこちらに呼び寄せてくれたんだ。
疑うなんて、罪だ。

でも『5年』もあった。

大晦日の夜もそんな話をしたけれど、雲雀くんは否定してくれた。
興味が持てるのはあたしだけだと言ってくれた。
それに確かビアンキさんってリボーンくんを追いかけて日本に来たんだよね。
そんな二人が浮気なんて…ないない。
でもホテルから出てきたのは事実で。
最近雲雀くんはあたしに隠れて電話をすることが多くなった。
てっきりディーノさん関連だと思っていたけれど、もしその相手が彼女だったら…。
そこから先を考えたくなくて、あたしは無理矢理マイナスだった思考をプラスに変えた。
……きっと仕事よね。彼女もヒットマンなんだし。
それならそれで危ない仕事かもしれないから不安なんだけれど…。
何も言わないのはあたしを心配させないように気を使っているんだよね?
雲雀くんは優しいから。


―――――昼間見たことは忘れよう。


食器を洗っている時も、お風呂に入っている時も、沢山沢山考えてしまったけれど、ベッドに入る頃にはそう決めた。
彼に外出は控えてと言われていたのに、外に出たあたしが悪いんだ。
出なければ、あんな光景見ないで済んだのに。
何より一瞬でも彼を疑ってしまった自分が情けない。
過去、元彼に浮気されてあっさり捨てられたという経験がそうさせたのだけれど…。

あぁ、本当にあたしってばバカだ。

何か起きているらしい今この時に、自分のくだらない疑念で彼を困らせたくはない。
きっと杞憂に終わる。
何があってもあたしは雲雀くんが好きだし、信じると決めた。
それに変わりはないのだから。

自分の気持ちを再確認して、背後から回された彼の腕にそっと触れ瞼を閉じる。
愛しい彼の温もりを感じて嘘のように心身の緊張が解け、あたしは深い眠りへと落ちて行った。


……その途中「昴琉…」と誰かがあたしの名前を呼んだ気がした。



2009.10.6


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