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ディーノさんが帰ってしまった後。
あたしが夕食の支度をしている間や、食事中ですら席を立って、雲雀くんは誰かと携帯で話していた。
携帯が鳴ると寝室の方に行ってしまうから、当然話の内容は分からない。
如何にも『密談』という雰囲気が感じられて、あたしの胸は落ち着かなかった。
雲雀くんはあたしの心配するようなことじゃないって言ったけど、『聞かれたくない話』=『危険な話』だとどうしても思ってしまう。
彼が強いのだということは理解している。
けれど、どんなに強くたって『絶対』ということはないんだ。
―――――嫌な夢を見た後は、いつも嫌なことが起こる。
あたしは食器を洗う手を止め、いつの間にか吸い過ぎて胸に溜まっていた空気を大きく吐き出した。
そして悪い考えばかり浮かぶ頭をブンブン振る。
こういう時こそ空元気でも笑顔でいなきゃ、雲雀くんに心配を掛けてしまう。
……しっかりしなくちゃ。
気合を入れ直してあたしは途中だった洗い物を再開した。
***
「昴琉、ちょっといい?」
一段落ついたのだろうか。
先程までやはり誰かと携帯で話していた雲雀くんが戻ってきて、あたしに声をかけた。
何の話だろう。
少しドキドキしながら先を促す。
「何?」
雲雀くんはソファに座ってテレビを観ていたあたしの横に腰を下ろした。
そして両手であたしの頬を包んでそっと上向かせる。
「貴女にお願いがあるんだ」
「…お願い?」
「うん。暫く僕と一緒の時以外、外出は控えてくれるかい?」
―――やっぱり…何か起きてるんだ。
今回は雲雀くんの独占欲から言っているのではないと、彼の真剣な表情から察することが出来る。
再び迫り上がってきた言い知れぬ不安と、事実を知りたい気持ち。
それらを極力抑えてあたしは首を縦に振った。
「分かったわ」
「不自由な思いをさせて悪いね、昴琉」
「ううん」
雲雀くんはちょっと微笑んで、あたしの頬を優しく気遣うように親指で撫でた。
それが逆に胸の奥に押しやった不安を煽る。
「……ねぇ、雲雀くん」
「何だい?」
何が起こっているのかは訊いてはいけない。
でもひとつだけ、どうしても確認しておきたい。
決心するように一度深呼吸をして口を開く。
「雲雀くんは大丈夫なんだよね?危なくないよね?」
彼はあたしの問いに一瞬目を見開いた。
けれどすぐにいつもの生意気な笑みを浮かべ、あたしの額に唇を寄せる。
「本当に貴女は心配性だね」
「だって…」
「昴琉。貴女は僕を誰だと思ってるの?」
「…雲雀、恭弥」
あたしの答えに雲雀くんはククッと喉の奥で笑った。
「分かってるじゃない。僕なら大丈夫だよ。
今までに僕が嘘を吐いたことがあるかい?」
「…ないわ」
「でしょ?それよりも僕は貴女の方が心配。
これからは幾ら知っている人物でも、簡単に部屋の中に入れてはいけないよ。
こちらの世界では他人に成りすますなんて簡単なことなんだ」
「…ごめんなさい」
上目遣いで謝るあたしに彼は鼻先が触れそうなほど近付くと、ちょっと不機嫌そうな声色で言う。
「分かったのなら、大人しく咬み殺されて」
「えぇ!な、何で?」
「跳ね馬を簡単に部屋に通した上に二人きりで談笑してたこと、怒ってるんだからね。
でも僕は広い心の持ち主だからそれでチャラにしてあげる」
「そんな…!ぁ…っ」
雲雀くんは唇を重ねてくると、慌てふためくあたしをゆっくりとソファに押し倒した。
そ、それって心が広いの…?!
そんな疑問も雲雀くんの前では無意味。
深く探るように求められて、あっという間に翻弄されてしまう。
「貴女は誰にも渡さない」
キスの合間に囁かれた彼の言葉。
時折見せる雲雀くんの内なる激情にあたしの心臓は鷲掴まれて。
独占欲なんて言葉じゃ甘過ぎる。
もっと心の深遠から湧き出て来る強い感情。
それに負けないくらいあたしだって雲雀くんを想ってるのに。
…君から離れるわけないじゃない。
それでも君は逃がすまいと言葉と行動であたしを縛る。
どうしてそんな言葉を言ったのか分からない。
今起きていることに関係があるのだろうか?
分からないことだらけの中で、それでも君があたしを守ろうとしてくれているのは分かるから。
そんな君をどうしたら支えてあげられる?
こんな時に笑顔でいることしか出来ない非力な自分が恨めしい。
だからせめて祈らせて。
―――――どうか君が危険な目に合わないようにと。
2009.7.22
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