×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

77


寝室のドアが閉まったのを確認して、僕と跳ね馬はリビングに移動する。
僕は腕を組んで窓際の壁に背中を預け、彼はソファの肘掛に腰を下ろした。


「まずは僕の質問に答えてもらうよ。何故貴方がこの場所を知っているの」

「あぁ…悪いが昴琉をつけさせてもらった」

「昴琉を…?彼女を尾行したって部屋までは分からないはずだよ」


表札は出していないし、このマンションはオートロック。
仮に他の住人に紛れてエントランスを突破出来たとしても、昴琉には念の為に毎日違う階でエレベーターを降りるように言ってある。
中に入る時は周囲に不審人物がいないか確認してから入れとも。


「おまえに懐いてる黄色い鳥、ヒバードだったか?あいつ頻繁にベランダに飛んで来てたからな。
 それなりに防犯対策はしているようだが…。
 恭弥、おまえにしては詰めが甘いんじゃねーか?」

「……」


彼の指摘に僕は心の中で舌打ちをした。
ヒバードから足が付く可能性は勿論考慮していたが、敢えて目を瞑っていた。
彼の来訪は外出を控えさせている昴琉の数少ない楽しみだから。
唯でさえ不自由を強いているのに、これ以上彼女の楽しみを奪うのは気が引ける。
黙っていると跳ね馬は話を続けた。


「おまえ、自分がどういう仕事をしてるのか昴琉にちゃんと話してないのか?」

「……」

「まぁ、必要以上に怖がらせる事もないが、何か事が起こってからじゃ遅いぜ?」

「分かってるよ」

「ならいいんだが…昴琉の様子に何か変わったことはないか?」


変わったこと…。
昨夜彼女が夢に魘されていたのを思い出したが、関係ないだろうと踏んで僕は首を横に振った。


「特にないよ」

「そうか…」


腑に落ちない。
どうしてそんなに昴琉に拘る。
はっきりしない跳ね馬の態度がイラつく。


「回りくどいな。そろそろ本題に入ったらどうだい?」


跳ね馬は僕の質問に何か決意するように大きく息を吐き出した。
そして少し眉根を寄せて口を開いた。


「いいか、恭弥。落ち着いて聞けよ?
 ―――あの男の部下が黒曜町に戻ってきている」

「その情報は僕の方でも掴んでいるよ」

「流石に情報が早いな」

「でもあの男はいないんだろ?」

「あぁ」

「なら僕には関係ないよ」


そう。関係ない。
僕が知りたいのはいつか必ず咬み殺すと決めたあの男本人の動向についてだけだ。
だが、跳ね馬の次の言葉に僕の心は少なからず動揺した。


「念の為にオレの部下に動向を探らせていたんだが、ここ数日、奴ら昴琉の近くで何度か目撃されている」

「…!」

「昴琉に何らかの形で接触しようとしているのは間違いないだろう」

「目的は?」

「それはまだハッキリしねーが…今はボンゴレ側にいるとしても、奴らが忠誠を誓っているのはあくまであの男にだ。
 杞憂ならいいんだが…気をつけておけよ、恭弥」
 
「余計な心配だよ」


その返事に跳ね馬は「そうだな」と肩を竦めて笑った。

言われなくたって分かってる。
僕だってあの男が善意だけで昴琉をこちらに呼び寄せる協力をしたとは思っていない。


明らかに彼女に興味を持っていた。


それが僕が昴琉に向けるモノと同種である可能性は低くない。
引けを取る気は毛頭ないが、神出鬼没なあの男を相手にするのは少々厄介だ。
いくつか対策は講じているが、お人好しの昴琉に直接接触を持たれでもしたら…。
いや、そうならないようこちらから手を打てばいいだけのことだ。


誰が相手だろうと、絶対に昴琉は渡さない。


***


コンコンとノックする音がしたかと思うと、寝室のドアが開き「待たせたね」と雲雀くんが顔を覗かせた。
弾かれるように立ち上がりあたしは彼の傍に駆け寄った。
何の話をしていたのかと訊きかけて止まる。
あたしに聞かせたくなくて席を外せと言ったのに、教えてくれるわけないじゃない。
きゅっと口を結んだあたしを雲雀くんは不思議そうに見たが、それも彼の後ろにいたディーノさんが口を開くまでの一瞬だった。


「すまなかったな、昴琉。仲間外れにしちまって」

「いえ…。あ、折角ですし夕食うちで食べていかれます?
 今日はピザ作ろうと思ってて」

「え、いいのか?」


ディーノさんはあたしの言葉に目を子供のように輝かせた。
カッコいい外見とは裏腹にその親しみやすい態度が、不安でいっぱいだった心を少し和ませてくれる。
思わずその笑顔に釣られてあたしも笑顔になる。


「お急ぎじゃなかったら、どうぞゆっくりしていって下さい」

「いいよ昴琉。この男に貴女の手料理は勿体無い」


雲雀くんはムスッとして、肩越しにディーノさんを睨みつけた。
それを受けてディーノさんも不満そうに口を尖らせる。


「何だよ、恭弥。ケチケチすんなよ」

「煩いね。用が済んだのならとっとと帰りなよ。
 帰らないと言うのなら…」


雲雀くんはまたどこから取り出したのか、その手にトンファーを握り胸の前でチャキッと構えた。
そこまで邪険にしなくても…。
流石にディーノさんも雲雀くんを相手に事を荒立てるのは面倒だと思ったようだ。


「ちぇ。わーったよ!
 まぁそういう訳でまた今度な、昴琉」

「は、はい。何だかすみません…」

「いいって!恭弥もたまには飯くらい付き合えよ?」

「僕は群れないよ」

「おまえなぁ…おっと!じゃ、またな」


ディーノさんは雲雀くんに一言言おうとしたけれど、再びトンファーを構えられ慌てて玄関へ移動し靴を履き帰ってしまった。
もう少しお話したかったなと思ったけれど、雲雀くんの機嫌を損ねるのは本意ではないからそれは口に出さず心に留めておく。
雲雀くんは「全く…」と零しながらトンファーを仕舞いカチャンと鍵をかけた。
そしてあたしの方を振り返り、不機嫌そうに口を開いた。


「あれほど気をつけるようにと……昴琉?」


お説教をしようとしていた彼は、あたしの顔を見て軽く目を見開いた。

きっと凄く顔に出てたんだと思う。

どうしてディーノさんが直々に来たのか。
あたしに聞かせたくないくらい危険な話だったのかとか。
そういう心配が、全て。

彼の前では笑顔でいたいのに。

雲雀くんは小さく息を吐くと、ジッと彼を見つめていたあたしを優しく抱き寄せた。
そして安心させるように大きな手で頭を撫でてくれる。


「貴女が心配するようなことじゃないよ」

「でも…!」

「僕が信じられないかい?」


堪らなくなって雲雀くんを見上げたあたしに、彼は優しい笑みを浮かべた。
それは優しいけれどこれ以上の追求をはっきり拒む笑みだった。
あたしは仕方なしに首を横に振る。


「…ううん」

「だったらそんな顔をしないで、貴女は余計なことを考えずに僕だけを愛して」


そう言って頭を撫でていた手を後頭部に回し、雲雀くんはあたしの唇を塞いだ。

勿論雲雀くんを信じてる。
けれどキャバッローネのボスであるディーノさんが直々に訊ねて来たってことは、マフィア絡みの話なんだよね?


―――――昨夜見た夢のせいか嫌な予感が頭から離れないよ。


優しく啄ばむようなキスは不安に揺れる心を落ち着かせてくれたけれど、完全にそれを拭い去ってはくれなかった。



2009.7.7


|list|