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05


朝食が遅めだったから昼食は軽く済ませ、あたしは雲雀くんを連れて駅前のデパートまでやって来た。
荷物も多くなりそうだったから車でここまで来たんだけど、久々に運転したわりには無事に着いた。
まぁ、ちょこーっと助手席の雲雀くんの顔が引き攣っていたような気もする。
「昴琉ってハンドル握ると性格変わるタイプなんだね」って青い顔してたような気もしないでもないが、そんなの気にしない!

それにしても、流石に土曜日だし人多いなぁ。
家族連れとか、カップルとか、女同士のショッピング客とか。
そんな中に紛れても尚、雲雀くんは存在感がある。
元彼の服を外に着て行くのは嫌だと駄々を捏ねた彼が今着てるのは元々着ていた学ラン。
しかも上着は肩に羽織って、その左袖部分には『風紀』と書かれた赤い腕章。
正直デパートに似合わない出で立ちなわけですよ。
それで肩で風を切るように歩かれたりしたら…ねぇ?
雲雀くんは周囲の目を気にする様子もなく、あたしの半歩前を歩いている。
ズンズン進んで行っちゃうから、後をついて行くあたしの歩調は自然速まる。
これは足の長さの違いか?!
大体雲雀くん初めて来たデパートなのに、何処に何が売ってるか分かって歩いてるのかな。

あたしの心配を余所に前を行く彼は、寝具売り場、紳士服売り場でテキパキと選んでは購入していった。
これでは一緒に買い物というよりあたしは付き添いだ。
段々年頃の息子を持つお母さんの気持ちになってきた。
雲雀くんが選んだ物のお金を払うだけ。
その後荷物を全部持って、また早歩きで彼を追いかける。
つ、疲れる…!
幾つか売り場を回り、あたしは下着売り場に足を踏み入れようとする雲雀くんを引き止めた。


「ひ、雲雀くん!」

「何」

「荷物持つの疲れちゃったから、あたしそこのカフェで休んでるよ」

「僕を差し置いて自分だけ休憩しようっていうの?」

「いや、だって荷物いっぱいだしさぁ。それに…」


何となく視線を泳がせる。
それだけで雲雀くんはピンと来たようで、ちょっと意地悪な笑みを浮かべた。


「下着売り場に行くのがそんなに恥ずかしい?」

「は、ハッキリ言わないでよっ」

「どうせ貴女が洗濯するんだから、別にいいじゃない」

「と、兎に角!あたしは休憩してくるからっ。はい、これお金!」


あたしが洗濯するのは決定事項ですかっ?!
まだ意地悪そうに笑っている雲雀くんにお金の入った封筒を押し付けて、あたしは近くのカフェに入った。
窓際の席に案内され、荷物を空いている椅子と邪魔にならないようにテーブルの下に置く。
注文を取りに来たウエイトレスにミルクティーを頼んで一息ついた。
店内は休日とティータイムも重なって、それなりに賑わっている。

しっかし、雲雀くんはマイペースだなぁ。
値段見ないで気に入った物を買うから、金額も高かったり安かったりまちまち。
安いのはいいけど、高いのはあたしがお金出すんだからちょっとは考えて欲しいよ、もう。

わりとすぐにミルクティーが運ばれて来た。
いい香りが鼻腔を擽る。
飲もうと思ってカップに手を伸ばした時、急に声をかけられた。


「ねぇ、彼女ひとりで買い物?」

「え?」


声の方を向くと隣のテーブルに男の二人連れが座っていた。
二人ともにこにこと爽やかな笑顔をこちらに向けている。
な、何よ、急に…。
相手が話しかけてきた意図が分からず固まっていると、男達は互いに顔を見合わせて苦笑する。
あたしの席に近い方の男がずぃっと身を乗り出してきた。


「あのさ、暇だったら俺達と遊ばない?」

「え、いや、あの」

「いいじゃない。荷物はコインロッカーにでも預けてさ!」

「あの、こ、困ります」

「困ります、だって!反応可愛いね、君」


やっと理解した。
これは世に言うナンパってヤツですか。
そんなものに縁のないあたしはどう切り返していいのか分からない。
アタフタしている間に相手は距離を縮めようと徐々に寄ってくる。
ああぁぁぁ!どうしよう!
何言ってもついてきちゃいそうだし、もう面倒だから荷物持ってお店出よう、そうしよう!
そう思って立ち上がろうとした矢先、「何してるの」と声が聞こえた。
見上げるとそこには冷笑を浮かべた雲雀くん。


「雲雀くん…!」

「君達、僕の連れに何か用?」

「何?知り合い?俺達男には興味ねぇんだよ。
 ねぇ、彼女!こんなガキ放っておいて俺達と遊ぼうぜ?」

「え?!あ、ちょっと!い、嫌っ」


雲雀くんを無視して男の一人があたしの手を掴んだ。
瞬間雲雀くんのただでさえ冷たかった笑みが、より一層冷たいものに変わった。
多分無視されたからだな、うん。
掴まれた腕を引かれたせいで腰が椅子から浮く。
引っ張られて立ち上がったあたしとあたしを連れて行こうとする男の間に、雲雀くんが身体を滑るように割り込ませた。
彼の羽織っている学ランがあたしの視界を塞ぐ。


「おい!邪魔すんなよっ」

「煩いよ。これは僕の連れだって言ったでしょ。
 ヒトの言葉が理解出来ない草食動物には、こっちで分からせた方が早いかな」


ひらりと学ランの裾が揺れたと思ったら、雲雀くんは何処に仕舞っていたのか素早くトンファーを取り出し、男の顎に突き付けた。
今朝あたしも同じようなことされたなぁ…。
その時の恐怖を思い出し、思わずゴクリと唾を飲んでしまった。
事態の急変に驚いたんだろう。
それとなくこちらの様子を窺っていた周りの客もウエイトレスも固まってしまった。
当の男達も同じように固まっていたけど、すぐに我に返り、掴んでいたあたしの手を離すと「ば、馬鹿馬鹿しい!」と捨て台詞を吐いて店を出て行ってしまった。
そりゃあたしなんかをナンパして怪我するなんて見合わないもんねぇ。
中学生相手にビビッて逃げた男達が段々哀れに思えて、同時に可笑しくて思わず吹き出してしまった。
すると雲雀くんがくるりとこちらを向いた。
さっきまでの冷たく怖い雰囲気はなくなっている。


「何笑ってるの」

「ご、ごめん。助けてくれてありがと、雲雀くん」

「僕を差し置いて休憩するから、こういうことになるんだよ」

「ごめんなさい。悪かったってば!」


両方の掌を合わせて雲雀くんに謝る。
ちょっと下から覗き込んでもう一度ダメ押しで「ごめんね」と言ってみる。
雲雀くんはちょっとだけ切れ長の目を見開いた後、ぷぃっと横を向いてまだ固まっているウエイトレスに「ブレンド」と注文して席についてしまった。
お、怒らせちゃったかな。
あたしも座っていた椅子に腰を下ろす。
向かい側に座った彼は足を組んで頬杖をついて、窓の外に視線を投げている。
遠くを眺めている雲雀くんの横顔からは感情が読み取れない。
正確には色んな感情が入り混じっているように見えて、一つに断定出来ない感じ。
気まずい雰囲気のせいかはたまた先程の騒動のせいか、ウエイトレスが恐る恐るブレンドコーヒーを運んで来て置いていった。
ウエイトレスが離れると、遠くに視線を向けたまま雲雀くんがポツリと呟いた。


「……こちらの世界で僕の知り合いは、昴琉しかいないんだからね」


その言葉にハッとした。
自分がもし雲雀くんの立場で、さっきみたいにひとりきりで買い物をして同じ状況を見たなら……。
淋しくて、怖くて、不安に、なる。
胸を締め付けられるような痛みを感じてあたしは俯いた。


「貴女がいなくなったら僕の活動資金はどこから出るのさ」

「…へ?!」


顔を上げると雲雀くんは意地悪な笑顔を浮かべてあたしを見ていた。
顔がいいだけに本当に意地悪そうに見える。
あれ?からかわれた?!
さっきは「これ」扱いだったもんね…。
淋しいとか不安とかそういう感情はないのかね、この子は。
一瞬でも気落ちして反省したあたしの労力を返せ…っ


「ハンバーグ」

「え?」

「夜、ハンバーグ作ってよ。そうしたら許してあげる」


許すも何もないような気もするけど、機嫌損ねたら面倒そうだしこっくり頷いて答えた。


「じゃぁ仲直りね」


にっこり彼に笑いかけたら、またちょっと驚いたみたいに目を見開いたけどすぐククッと喉を鳴らして笑った。
笑ってくれたことに一先ずホッとする。
それにしてもハンバーグって…好きな物は中学生なんだなぁ。

……可愛いと思ったなんて口が裂けても言えない。

これからは雲雀くんの機嫌を損ねたらハンバーグで機嫌とろうと思いつつ、さて何ハンバーグを作って彼を喜ばせてあげようかと考えを巡らせた。


買い物を終えて乗り込んだ帰りの車で、雲雀くんが酔ったのはまた別のお話。



2008.3.16


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