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「昴琉、今日は並盛川へでも行ってみるかい?」
僕の誘いにキッチンで朝食の用意をしていた彼女は目をぱちくりさせた。
「え!今日お休みなの?!やだ、あたしてっきり仕事かと…」
「昨日漸く大きな仕事が片付いたんだ。
世間も大型連休だし、たまには財団の連中も休ませないとね」
僕の仕事に世間一般の行事や休みは関係ないが、いざという時に疲労で役に立たないなんて論外だ。
今日は哲にも休暇を取らせている。
アルバイトの一件以来、昴琉は僕の言い付けを守って必要以外の外出はしないでいてくれた。
彼女の自由を奪っている自覚はある。
だから出来る限り休みの日、僕は彼女を連れて外に出るようにしていた。
あちらにいた時、昴琉が僕を連れ出してくれたようにね。
…まぁ、僕は彼女が仕事に出ている間好き勝手にやっていたけど。
「そう」と返事をしながら、昴琉は口元に手を当てて少し考える仕草をした。
いつもだったら二つ返事で喜ぶクセに…まさか僕に隠し事?
「今日僕が休みだと何か不都合があるの?」
「あ、ううん。そんなことあるわけないでしょ。
確か河川敷あったよね…よし!お弁当作って軽いピクニック気分でも味わいますか。
雲雀くんも手伝ってね?」
訝しんで訊ねた僕に昴琉はいつもの笑顔を向けた。
***
あれから二人で…と言ってもほぼ昴琉が弁当を作り、散歩も兼ねて徒歩で並盛川までやって来た。
流石に連休だけあっていつもより人が多い。
親子でキャッチボールをしていたり、サッカーをしている子供の群れもいた。
僕達はそれを避け、河川敷の一角にビニールシートを敷いた。
「わぁ〜いっぱい咲いてるのね、シロツメクサ!」
昴琉はシートの上に膝をついて荷物を置きながら、ちょっと感動したように辺りを見回した。
僕も釣られて周囲を見回す。
確かに彼女の言うとおり、辺り一面シロツメクサが群生している。
真上に上がった太陽の光を浴びて、深い緑色の葉と白い花が目に眩しい。
「こんなに咲いてるの見たのいつ振りかしら。凄く綺麗…」
「僕は昴琉の方が綺麗だと思うけど」
傍に寄って抱き寄せて耳元でそう囁けば、彼女は見る見る頬を赤らめた。
「―――ッ雲雀くんたらまたそうやってからかう」
「ククッ顔真っ赤」
半分以上は本心なんだけど。
ちょっと恨めしそうに僕を見上げる昴琉が可愛くて、額に唇を寄せると彼女は益々赤くなった。
「んもうっ……あ、そうだ。
ねぇ雲雀くん、お花少し摘んでくれる?茎のなるべく長いの」
恥ずかしそうに頬を朱に染めていた昴琉は、何か良いことを思いついたとでもいうように微笑んだ。
「いいけど。何するの」
「ふふ、後でのお楽しみ!」
昴琉は楽しそうに笑って僕の腕から抜け出すと、辺りのシロツメクサを物色し始めた。
ただ持ち帰りたいだけなら茎の長さなんて関係ないだろうに。
不思議に思いながら、僕も茎の長いシロツメクサの花をいくつか摘むことにした。
そこそこの本数を摘んで彼女のところに持っていく。
「これくらいで足りるかい?」
「うん、十分よ。ありがと」
昴琉は僕からシロツメクサの花を受け取ると、ビニールシートに戻って腰を下ろした。
そして数本重ねて持つと、その茎を束ねるように他の花を巻きつけ始める。
僕は彼女の後ろに座って細い腰に腕を回し、肩越しにその作業を覗く。
僕の脚の間で鼻歌を歌いながら、昴琉は器用にひとつ、またひとつとそれらを巻きつけていく。
徐々に形を成してきたそれに、僕は彼女が何を作っているのかやっと検討がついた。
「花冠…」
「うん。子供の頃よく作ったの」
「へぇ、昴琉も女の子だったんだね」
「な、何で過去形…今だって一応女の子ですよーだ。
……よっと、これで完成」
「上手いもんだね」
「ふふ、そうでしょ?はい、雲雀くんにあげる」
昴琉は身体を捻ってこちらを向きにっこり笑うと、僕の頭に出来上がった花冠をふわりと載せた。
きょとんとする僕に貴女は飛び切り綺麗な笑顔を向ける。
「お誕生日おめでとう、雲雀くん」
あ…そうか。
あまりそういうことに執着しない僕は、彼女に言われるまで今日が自分の誕生日だということを忘れていた。
「憶えていてくれたの?」
「当たり前でしょ?大好きな君の誕生日なんだから」
「昴琉…」
「ごめんね。本当は仕事行ってる間にご馳走作ってお祝いしてあげようと思ってたの。
今朝休みだって聞いて本当に驚いたんだから。
ご馳走は後で作るとして、一先ず花冠でお祝いね?」
だから今朝誘った時反応が変だったのか。
すまなそうに微笑む昴琉の姿に胸が熱くなる。
―――けど、僕に花冠って…。
気恥ずかしくて彼女から視線を外して小さな声で「ありがとう」と言った。
クスクスと笑って昴琉は僕の頬を両手で包む。
「大好きよ、雲雀くん」
綺麗な彼女の瞳に愛おしむように見つめられて、僕の心臓はトクンと鳴った。
優しい昴琉の声が僕の心の奥の方まで響いて、揺さぶって、締め付ける。
言葉に出来ない気持ちが溢れそうになって、僕は微笑を湛えたままの昴琉の唇を塞いだ。
少し身体を強張らせたが、彼女はすぐに力を抜いて僕を受け入れる。
きつく抱き締めて、角度を変え何度も口付けて。
そっと唇を離して目を開ければ、頬を上気させた昴琉の潤んだ瞳と視線が絡む。
「…外なのに嫌がらないんだね」
「今日は特別」
呼吸を整えながらそう言って微笑む貴女は、さっきまで無邪気に花冠を作っていたのと同一人物かと疑わしいほどに艶やかで。
いつだって貴女は僕をドキドキさせるんだ。
彼女に誕生日を祝ってもらうのはこれで二度目。
昴琉が傍に居るだけでどうでもよかった誕生日が特別なモノに変わる。
「……凄く損した気分だ」
「へ?」
「ねぇ昴琉。離れていた分の誕生日も祝ってよ」
「どうやって?」
「…分かってるクセに」
僕は彼女の顎を掬って、やっと呼吸の整った唇をまた塞いだ。
貴女が花冠を作ってくれたシロツメクサの花言葉は『私を思って』だって知ってるかい?
貴女が望むなら、僕の想いを飽きるほどあげる。
だからどうか貴女を求めてやまない僕に、溺れるほどの深い情愛を。
誕生日なんだからそれくらい欲張ってもいいよね?
愛しい彼女を自分の腕に閉じ込めて、僕は心行くまで昴琉を堪能した。
2009.5.5
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