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68


あたしはコーヒーメーカーをセットしながら、もう何度目かも知れぬ欠伸を噛み殺した。

……結局昨夜は上機嫌になった雲雀くんのいい様にされてしまった。

雲雀くんと仲直り出来たのは嬉しいんだけど、当分チョコレート食べたくないかも…。
昨夜のことを思い出しかけて、あたしは頭をブンブンと振った。

過ぎたことより朝食よ、朝食。

トーストでも作ろうかと食パンを袋から取り出していると、急に背後から抱きつかれる。
勿論正体は雲雀くんだ。


「顔洗ってきた?」

「うん。昴琉、ホットサンドがいい。ハムとチーズのヤツ」

「はいはい」


苦笑混じりに食パンの耳を切り落とすあたしの顔を雲雀くんは肩越しに覗き込んだ。
そして口角を上げると耳元で囁く。


「顔が赤いね……もしかして昨夜のこと、思い出してた?」

「なっ…!」

「図星だったの?益々顔が赤くなったよ」

「んもう、意地悪!ほらこれ。ベランダにヒバード来てるわよ?」


あたしは話題を変える為に、抱きつく雲雀くんの手に切った食パンの耳を持たせた。
雲雀くんは「何で僕が…」とか言いつつ耳をひとつ口に運び、それをもぐもぐ食べながらベランダに止まる黄色い小鳥のもとへ向かう。
何だかんだ言いつつ餌をあげるあたり、彼は結構あの小鳥を気に入っているようだ。
雲雀くんに懐いているヒバードに出会ったのはこちらに来てすぐだった。
ヒバードはあたしにも懐いてくれて、雲雀くんが仕事に行っている間なんかもベランダに訪れる。
最近ではあの子と一緒にお茶をするのが日課になりつつあった。
雲雀くんがヒバードと戯れる微笑ましい姿に頬を緩めながら、あたしは朝食の支度に取り掛かったのだった。


***


「昴琉、デートしようか」


食後のコーヒーを飲みながら、雲雀くんは唐突に口を開いた。
しかも内容はデートのお誘いだ。
あまりに出し抜けだったから、あたしは一瞬彼が何言ったのか理解出来ずパチパチ瞬きをした。


「で、デートって…いつ?」

「今日」

「え…お仕事じゃないの?昨日早く切り上げてきたって言ってたじゃない」

「確かに言ったけど急ぎの仕事じゃないし。
 僕はいつでも好きな時が休日なんだ。だから今日は休みに決めた」
 

ま、また無茶苦茶な…。
こんないい加減でよく財団のトップになんて立てるわね。
草壁くんが如何に敏腕かが窺い知れる。
まぁ、雲雀くんの圧倒的な強さと変なカリスマ性で部下を纏めちゃうみたいだけど。
どうせ仕事に行けって言っても、一度言い出した彼が素直に言うことを聞かないのは経験済みだ。
それに雲雀くんがデートに誘ってくれるなんて…正直嬉しい。
あたしは彼の申し出を受け入れることにした。


「…ちゃんと草壁くんに休むって連絡入れてね?」

「分かってるよ。で、何かしたいことはあるかい?」

「んー、急に言われてもなぁ…」

「まぁ無理に何かする必要もないけど。
 たまには日がな一日、二人でベッドに潜って惰眠を貪るのも悪くないしね」

「……きゃ、却下」


両手でマグカップを持ち不敵に微笑む雲雀くんをちょっと恨めしく睨んで、あたしは首を横に振った。
あの顔は絶対惰眠を貪る顔じゃない。
悪戯を考えている時の表情だ。
―――昨夜の二の舞はごめんだわ…っ
また思い出しかけて顔を赤くしたあたしを見て、雲雀くんはクスリと笑う。


「じゃぁ何処かに出掛けよう。…そうだ、スケートにでも行ってみるかい?」

「スケート?」

「うん。冬の間市民プールを凍らせてスケートリンクとして解放してるんだ。
 屋外だから寒いかもしれないけど、今日は天気も良いし気晴らしになるんじゃない?」


おぉ、スケートかぁ…何だか冬のデートっぽくていいかも。
子供の頃に何度か両親と行った記憶は薄っすらあるが、今でも滑れるかしら。
誘うくらいだから雲雀くん滑れるんだろうし、滑れなかったら彼に教えてもらえばいい。
それにこんな素敵な提案を断る理由なんてないしね。


「うん、スケート行ってみよう」


あたしはにっこり笑って彼の提案を快諾した。


***


「ほら昴琉、腰が引けてる」

「う、うん…ひゃっ」

「おっと」


転びかけたあたしを雲雀くんは逞しい胸で抱き止めた。
は、鼻打った…!
雲雀くんの胸に強かに鼻をぶつけ涙目になって上を見ると、彼はクツクツと喉の奥で笑った。
彼のコートにしがみ付きながらあたしは頬を膨らませた。


「んもう!笑わないでよっ
 おかしいなぁ。子供の頃はもうちょっと上手く滑れたと思ったのに…」

「子供は重心が低いし身体が柔らかいからね。バランス取り易いんじゃない?」

「あぁ、そっか。そうかも」

「さぁ、もっと腰を落として。怖がらないで前を見て。
 大丈夫。僕がついてる」

「う、うん」


ちょっと緊張して頷くと、彼はあたしの両手を持ってゆっくりとバックで滑り出した。
右、左とリズムを取ってくれる雲雀くんに合わせて、足を運ぶ。
あ、ちょっといい感じかも。
彼が一緒に滑ってくれる安心感と、多少慣れてきた事もあってスイスイと氷の上を滑る。
少し調子に乗って蹴り出した時、他の人が滑った際に出来たであろう少々深い溝にエッジが嵌ってしまった。


「ひゃぁっ」

「!!」


バランスを崩して後ろに倒れそうになる。
普通の状態ならそのまま尻餅をついて終わるのだか、今はスケート靴を履いている。
勢い良く足だけが前に進み、雲雀くんに両手を掴まれたままあたしの身体は彼の両脚の間を滑り抜けた。
ちょ、止まらない…!
咄嗟に足を踏ん張って共倒れを免れた雲雀くんとバッチリ目が合う。
彼はニッと口角を上げて笑うと、完全に股下を通り過ぎ万歳状態のあたしを軽々引っ張り上げた。
わわ!!
再び彼の両脚の間を通り、ちょっと宙に浮いた身体を彼に支えられあたしは氷上に着地した。
フィギュア顔負けのアクロバティックな動きに、周囲を滑っていた人達から「おぉ〜」と感嘆の声が漏れた。
雲雀くん、もしかしてあたしが転んで恥をかかないようにしてくれたの…?
どっちにしろ注目を浴びてしまったけれど。
恥ずかしさに頬を染めながら、雲雀くんを見上げてお礼を言う。


「あ、ありがと」

「どういたしまして。お礼はキスでいいよ」


素早くあたしの腰を攫い自分の方に引き寄せ顎を掬うと、雲雀くんは悪戯っぽく小声で呟いた。
えぇ!こ、こんな所で無理だから…!
近付いてきた綺麗な彼の顔を手袋を嵌めた手で咄嗟にブロックすると、年下の彼は不満そうに目を細めた。


「そ、そんな顔したってダメなんだから」

「…仕方ない。帰ってからの楽しみに取っておくよ」


そう呟いて雲雀くんは口元に当てられたあたしの手にちゅっとキスをした。
艶っぽい彼の視線に心臓がドクンと大きく脈打つ。
手袋越しだというのに何だかとても熱を感じて、パッと手を引っ込めた。


「ちょっと疲れちゃった。休憩してもいい?」


取り繕うように笑うと、少し不思議そうな顔をしたが雲雀くんは頷いてくれた。
彼に支えられながらリンクから上がり、お化粧を直したいからとトイレに逃げ込んだ。
ふと見た鏡に映ったあたしの顔は、茹蛸のように真っ赤だ。
ドキドキと煩い胸を押え、それを落ち着かせるように溜まった息をゆっくり吐き出す。


―――――彼の仕草が一々カッコよくて、困る。


こちらに来て1ヶ月半が過ぎたけれど、正直成長した雲雀くんにまだ慣れないのだ。
年下に変わりないけれど、中学生と二十歳を越えた大人じゃやっぱり違う。
普段は成長してないように感じるが、ふとした瞬間に彼の見せる男の部分に魅せられてしまう。

好きな人がカッコいいってこういう苦労もあるのね。

今更ながら贅沢な苦労に気をやり、お化粧直しをしている内に段々落ち着いてきた。
あんまり待たせると心配かけちゃうし、そろそろ戻らなきゃね。
最後に大きく深呼吸。
よし!戻ろう。
雲雀くんの元へ行こうと外へ一歩踏み出した時、トイレに入ってこようとした女の子とぶつかってしまった。
お互いによろけて支え合う。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


女の子はこくんと頷くと顔を上げた。
そしてあたしを見るとハッとしたように目を見開いた。


「桜塚、昴琉様…?」



2009.3.21


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